2 仇ではなく
響いていた怒りの声が、苦しみの声に変わった。それを聞いてチョウカはニヤリと笑う。
「さて。本来の拮抗を取り戻してもらおうじゃないか」
陰と陽、お互いを保つために引っ張り合う力。今はサカナシの陽の力が圧倒的に強い。強制的に陰気に書き換えられた玉は、力の帳尻を合わせるために一気に陽気を己に引っ張り込んでいるはずだ。
「があああ!!」
サカナシはとにかくシバリを作り出し人間の魂を奪おうとしているようだ。だがそんなことをすればますます陰気の引っ張る力が強まるだけ。そんなことを知らないサカナシは、どんどん自分で自分の力を打ち消していく。
その機を逃さない二人ではない。まっすぐサカナシに向かって突っ込むように飛び込んでいく。二人の力を合わせて雷雲を呼び寄せた。
「あの向きじゃ雷当たらねえな! 俺が行く、雷溜めててくれ!」
「狙いは!?」
「顎!」
チョウカがラオの口に足を突っ込んだ。牙が刺さらないように気をつけながらも思いきり咥える。そして尾を軸にして勢いよく横に回転した。さながら竜巻のように。
そして凄まじい勢いをそのままに、サカナシの喉に向かって思いっきりチョウカを投げつける。投げつけられている間チョウカ自身も高速で回転している。そして。
「上向けぇ道具箱!」
叫びとともにサカナシの顎を渾身の力で蹴り上げた。放り投げられた時の力、回転の力、もともとの馬鹿力。全てが重なって巨大なサカナシを下から殴り付けたかのように上向かせる。
喉元が宙にさらされる。そこはラオが突っ込んで穴を開けた場所。完全に塞がっているが傷は治っても、少しだけめくれ上がった鱗はそのままとなっている。
そこめがけて特大の雷が叩き落とされた。以前二人が協力して落とした雷とは比べ物にならない。
「がああああ!!」
一瞬でもなくひたすらに雷が落ち続ける。鱗がめくれたところはすでに大穴が開き、雷は内側すべてを焼き尽くしていく。
大好きな祖父の仇。だが、ラオには怒りも達成感も喜びもない。不思議だ、憎い相手なはずなのに。
憎いのかな、俺。よくわかんないや。じいちゃんがいなくなって寂しくて。アイツに八つ当たりして、すぐ謝って。
ここまで来れたのは、アイツがいたから。憎しみとか仇撃ちとか、そんなんじゃない。コイツは、そう。いつも高い所にいるから相手を見下して、態度でかいんだな。
だったら。
「たまには地面這いずれ! 弱虫!!」
もう一度雷を呼ぶ。明らかに自分が呼ぶものより遥かに強い雷雲。それを使い特大の落雷を落とし、チョウカが同じ場所へと狙い撃つ。
そして。
「たす ア さ」
サカナシは、ゆっくりと地上に落下していく。人が住んでいない場所とはいえサカナシが落ちればかなりの衝撃だ。ラオはチョウカを回収して急いで空に向かって飛んだ。衝撃と突風に巻き込まれたらどこに飛ばされるかわかったものではない。
すると、チョウカが血相を変えてラオに叫ぶ。
「動くな!」
「!?」
ほぼ条件反射でピタリとその場にとどまった。するとサカナシを覆う形で巨大な術が空から舞い降りてきた。まるで蜘蛛の巣のように網目状だ、チョウカが止めていなかったら術に引っかかっていたかもしれない。ギリギリをすり抜けて術は下に降りていく。
「あぶね! 今のは!?」
「三家のババアどもだな。さすがにサカナシが地上におっこちたら大災害となる、何かやったんだろ」
あれだけ二人で暴れ回ったのだから、様子を見られていても仕方がないとは思うが。二人が術に巻き込まれてもいいだろうというその態度が相変わらず胸糞悪い。
「サカナシは一応上でも記述が残ってる。厄介者として考えているだろうから、後は年寄りどもで何とかするさ」
「あいつって結局どうなるんだ?」
「自分自身で陰陽が成立している。人の魂を食わなければ力が付けられないが、それをやろうとすると玉の力で抑制される。だが食わなければあいつは弱って死んじまう。今度は玉が死なせないようにギリギリで力を与える」
「生殺しの自家栽培だな」
ラオの例えがツボに入ったらしくチョウカはケラケラと笑った。
「そういうことだ。完全にトドメを刺すのは……仇撃ちは、無理だけどな」
今後は仙人たちの思惑によってどうなるのかが決まる。自分たちが手を出せる相手ではない。サカナシを滅ぼすのかもしれないし、封印するのかもしれないし、自分たちの道具として操って利用するのかもしれない。
「仇じゃないさ、じいちゃんはこの世の理にならって果てただけなんだから」
「そっか。そうだな」
サカナシが落ちたところはシュウセンの落ちた場所からはかなり遠い。戦っているうちに一山分は東にそれていた。吹き飛ばされていないだけでも十分だ。
「なんとなくすっきりしない気もするんだけど、一応これで一件落着ってことでいいのかな。俺たちがあいつに狙われることもないんだし」
「その事なんだけど。いくつかはっきりさせておきたいことがある。と、その前に」
チョウカは晴れはじめた空を見上げて小さくポツリと呟いた。
「ありがとうございました」
「あ、そっか。感謝いたします」
ラオも気がついて素直に礼を述べる。サカナシに雷を食らわせるために二人で雷雲を呼んだが、叩き落とされた雷は二人の力の数倍あった。そのことにむしろ二人が驚いたほどだ。