1 サカナシの正体
お望み通り、苦しみから解放されたのだから。そんなことを皮肉と共に考えているとサカナシからの殺気を向けられる。フーフー、と鼻息が荒い。
もともと矜持が高いのは間違いない。それがこんな半人前どもに好き勝手されたのだ、怒りが収まらない。目が血走って鱗が逆立っている。
「お前さあ、実は結構弱いだろ」
チョウカの言葉に氷が吐き出される。しかしチョウカたちには当たらない。
「強いと思ったんだよ、それだけの巨体だ。だが明らかに戦い慣れてない。氷、突風。これしか使えないし戦いの先読みをしない。まるっきり素人の戦い方だ」
「小童がぁ!」
「俺が喋ってる最中だ、黙れクソガキ」
その声は底冷えするような冷たさと殺気だ。本当に黙りこんだサカナシに、ラオは内心驚く。
(まさかビビった? 嘘だろ。気迫に押し負けたってことか)
「シュウセン様が負けたなら強いはずだと思っていた。だがこの程度なら負けるはずない。お前は陽、シュウセン様は陰。玉をシュウセン様が隠し持っていたなら、陽の力が強すぎて拮抗した」
陽が陰を引っ張り、そして弾けた。戦って負けたのではない、強すぎる陽の力に抗えなかっただけだ。
「どうせ雲の上でぬくぬく過ごしていただけだろ。雲の下では力が出ないだろうからな。そんな雑魚にシュウセン様が負けるか」
「黙れ! 俺の一撃であの年寄り蛇は砕かれたと言ったろうが!」
「お前が倒したんじゃない。尾で叩かれた時すでに亡くなってたんだ」
ラオを頼む。そう言ってシュウセンは戦いに赴いた。陰陽の拮抗をわかっていた、最後はそうなると悟っていたからラオを託したのだ。
「いいこと教えてやる半端者。お前の体の中な、胃なんてなかったぞ」
「……なんだと?」
「え?」
ラオも驚いた様子だ。
「ま、シバリがうじゃうじゃしてたからブチキレて思わず雷使っちまったが。空っぽだ」
「戯言を」
「人間の魂を食べるならそれもまああるかな?と思ったが。違うな、お前は龍じゃない」
龍ではない。その言葉にあたりは静まり返る。サカナシはハン、と鼻で笑ったようだ。
「玉、シバリ、そしてお前。どれもこれも陽気ばかりだ。陰に拮抗して力が引っ張られるはずがやりたい放題だ、おかしいだろ。この世の理から大きく外れている」
「龍じゃないなら一体何だ?」
「呪具だ」
その言葉に一瞬ラオもサカナシも理解できなかったようだが、立ち直りが早かったのはラオが先だった。
「呪具? あいつが?」
「ああ。腹の中はがらんどう、虫まみれだったがデカい八卦が描かれていた。体の中にお絵かきをしてもらう趣味でもあるのか? ねえだろ?」
自分の腹の中にそんなものが描かれているなど、当然知らないのだろう。サカナシは先ほどから目を見開いて黙ってしまっている。
「お前があの玉を求めたのも本当は自分じゃ理由がわかってないんじゃないのか。あの玉がなければだめだ、絶対にそばになければだめだ。お前はそういう風に作られているだけだ。玉は本来八卦の中心に収めておくものなんだろう」
知らない、そんなこと。だが言われたようにあの玉がなければダメだという思いで探し続けてきた。なぜそんなに必要なのかと聞かれても答えることができない。考えたこともない。
「シバリを使い、集めてきた魂をお前が食う。そして玉に魂を集めて陽の力を増す。お前のために玉があるんじゃなくて、玉のためにお前がある。要するにな」
あ、これ次の瞬間にはサカナシが怒り狂うこと言うな。そんな予感がしてラオはいつでも逃げられるように飛び出す準備をする。
「お前はただのお道具箱だ、馬鹿め」
「やっぱり煽ったか」
そう言うやいなやラオは急旋回をしてその場を飛び去った。少しして背後から凄まじい叫びが響く。もはや声なのか地鳴りなのかわからないほどだ。
「策は?」
「あいつの腹の中の落書きを少し俺好みに書き換えといた。多分もうすぐだ。ちなみに玉も置いてきた」
「お前が書き換えた落書きによって玉がとんでもないことになるってところかな」
長い付き合いの二人だ、それぐらいの事はなんとなくわかる。ラオの答えにチョウカは満足そうに笑った。
「さっきは八卦っつったが、正確には少し違う。そもそも八卦は占いに使うものだ、そんなことあいつを知らないだろうとは思ったが本当に知らなかったな」
「確かに俺も知らないや。なんかすごい術に使うものなのかと勝手に思った」
「だろうな。一体どこの天才が作り出したのか知らんが。あの落書きは陰陽どころか五行も打ち消すとんでもねえもんだった。だから、陰以外を雷で吹っ飛ばしてきた」
「陰だけ残した? あ、もしかしてお前。玉を陰気に置き換えてかのか!」
「そういうこった」




