全力疾走
「レオム、仲直りってどうしたらいいと思う?」
「謝れば」
「だよな」
試験から何日か立ったある日、神妙な顔でラエルに呼び出されたレオムは至極当然だと頷いた。
「師匠さん、最近雰囲気すんごいけど喧嘩してたのか」
「あー、まあ、んん」
あの騒ぎについて、シラゼタは誰に聞かれても何もなかったと貫き通しているし、ラエルも固く口止めされている。
だが、彼の様子が変わったのは明らかで、ラエルからしてみればなんとなくしみったれてるな位なのだが、他から見ると鬼気迫るものを感じるらしい。
それより、グレイアム家について血眼になって調べ始めたことがまずい。大いにまずい。
出来れば、シラゼタには何も知らないままでいて欲しかったのに、あの幽鬼め。余計なことをしてくれたものだ。
レオムと別れて家に帰ると、ぼうっとした目でシラゼタが虚空を見つめていた。
仕事の書類が山積みになっていた机は今やグレイアム家について書籍された本や資料で一杯だ。
「師匠」
「……ああ、ラエル、おかえり」
微塵も感情が込められていない声音だった。
「何か分かったの?」
「どうだろうね」
わざとはぐらかせられた。
でも、とシラゼタが続ける。
「彼に会わなければ」
「シラゼタ」
強く呼んだ訳ではないのに、叱咤するな気迫があった。
驚いて目をパチパチさせる兄にやっと人間らしい反応が見れたと安堵する。
今、引き留めなければ。彼が暗い道に進まないように、何が何でも繋ぎ止めなければ。
「お前以外にグレイアム家の生き残りはいないし、ラルエルは自分がしたことに後悔していない」
俺、また殺されるかも。
「兄さんのことを恨んだことなんて一度もない」
シラゼタはおそらくまだ全部を知るに至っていない。
引き戻せ。そっちに行かせるな。
兄の幸せを願うなら自身の正体を明かしてまた死ぬことになっても構わない。
「は、……ラルエ、ル?」
全身を震わせながらシラゼタが立ち上がる。
積まれた本が一気に崩れ落ちた。
「兄さん」
極限まで目を見開いて唖然と見つめてくるシラゼタを脳裏に焼き付けると、ラエルはその場から全力疾走で逃げ出した。
完全にこちらに意識を向けさせればあの胡散臭い幽鬼の元に行くこともないだろう。
他者ではなく、本人と疑われる人間が生きているのだから。
焦燥にかられる叫びを背に、ラエルはぐっと歯をかみしめた。
***
グレイアム家は決まり事の多い一族であった。
かの有名なネフィファネ家も厳格な一族として知られているが、グレイアムはそれを越えていた。
しかし閉鎖され、外界との接触を断たれたため気付く者はおらず、幼い頃からそれが当たり前として育った大人も特に疑問を持たず、むしろ家訓が絶対として教えられていた。
そこに落とされた不穏がラルエルだった。
どんなにきつく言い付けて罰を与えても外への興味を募らせる当主の子供。
かたや世紀の問題児。もう一方は弟がいなければ自分の意見も言えない程の弱虫なのだから、同郷の魔道士達はこぞって憂いの溜め息を吐いた。
それぞれの一族に子供は一人で、双子というのは異例であり、グレイアムでは不吉とされあまりよく思われていないことも大きい。
よって、二人の風当たりは強いものであった。
やられたらやり返せるラルエルはともかく、やられたらやられっぱなしのシラゼタは特に同年代からよく嫌がらせを受けていた。
それに対して周囲の大人は静観するばかりで、もしかしたらその頃からどちらが次の当主に相応しいか選定していたのかもしれない。
意外なことに、より強く当主を望んでいたのはシラゼタであり、下っ端でもなんでもとにかく自由を好んだのがラルエルだった。
そんな二人の願いは、思わぬ形で叶うことになる。