第26話 古河公方攻めの前に
1550年11月。
今年の評定は全て終わり、家臣たちはそれぞれの領地へと帰っていった。今年、那須を吸収したことで宇都宮家は下野国の7割方を獲ったと言える。逆を言えばまだ下野一国すら平定できていないのが実情だ。
しかし下野国南方の古河公方は朝廷の権威そのものと言っていい。迂闊な攻め手では周辺国を全て敵に回すことになる。高定が策を練り、正当後継であるはずの足利藤氏を擁立することができる手筈になった。
宇都宮家は来年の夏、古河公方を攻め落とす。そんな不穏な話を評定で言えるだけの結束は、今の宇都宮家には望めない。関係者数名だけを宇都宮城に残らせ、真の評定を始めた。
「つまり、電光石火の攻め手でなければならんとのことですな?」
「そうだ」
俺の長い説明が終わり、意を汲んで一言にまとめてくれたのは益子安宗だ。険しい表情だがどことなく嬉しそうに見えるのは、手柄を立てる機会がやっと回ってきたからだろうか。
「総大将は安宗を考えている。七井勝忠、糟谷又左衛門、伊王野資宗をまとめて壬生城と小山城、古河城を落としてくれ」
「はは!!」
「お任せくだされ!!」
「我が君に勝利を!!」
俺が言うや否や、七井と糟谷と伊王野が応を発した。伊王野の返答だけ妙だが放っておこう。ここに伊王野が混ざっている理由は、武勇もさることながら、宇都宮家に降るや否や下野国北部の諸領主の引き込みに奮闘してくれたからだ。
宇都宮家に来て、何故かやる気に満ちた不思議な奴だ。
参陣する家臣たちの手勢に加え、宇都宮城下の兵を動員すれば4000余名。少なくはないが多くもない。各家に反撃の機会を与えぬようにするには3、4日で2城を落とすくらいでないと。
「安宗、木砲があれば4日以内に小山城まで落とせるか?」
「何発撃てるのでしょうか。弾はあまり無いと聞いておりますが」
硫黄は那須領から産出できる分を加えて、なんとか量が調達できるようになってきた。しかし一方、今度はまだ量産できていない硝石がボトルネックになり始めた。なかなか上手くいかないもんだ。
来年の夏までに火薬がどれほど作れるだろうか......木砲20発分程度が限界だろう。そして古河公方攻めに全てを投入することもできない。万が一の防衛策も必要だし、北条の動きも心配だ。
ならば、射程は短くなるが、火薬の量を減らして節約するか。
「北条家と連戦になる可能性がある。威力を弱めた10発分を持たせるのが限界だろう。門を破るには至近距離での射撃が必要だが、それでも大丈夫か?」
「門さえ容易に破れれば、兵の損耗は限定的になりましょう。10発あれば十分でございます」
「よし、頼んだ。高定には申し訳ないが、今回は結城城や周辺国への牽制を───
高定に視線を向けると、何か言いたげだ。なんとなく言いたいことは分かる。阿吽の呼吸と言うのだろうか、俺は高定と人間的な相性がいい。
「高定、何か言いたそうだな。どうせ俺が仔細に口を挟むことに関する小言だろう?」
「お分かりならば、なぜそうなさいますか。若様は当主として御立派、政に謀、かように優れた主君は周辺にはおりますまい。ならばこそ用兵くらいは我らを頼りなされ。我らのやることが無くなってしまいますぞ」
家族には事細かに話をして家臣の心を1つにしなさいと怒られ、家臣からは事細かに指示を出すなと言われる。
これもうどうしたら良いんだよ.....。あっちもこっちも気を遣わなければならず、俺の心が先に壊れそうだ。
「分かった。鞠でも蹴って藤氏と遊んでおく」
「分かって頂けたなら結構ですが、最近はずいぶん素直になりましたな」
「気のせいだ。それでは安宗、高定、頼むぞ。古河御料を何としても抑えてくれ」
「「「「ははっっ!!!」」」」
*****
夏まで工業区で鉄弄りでもするか。まぁ戦の仔細に口を出すなと言われると、春以降も暇になってくるな。勢力が大きくなってくるとこんなもんなんだろう。何やら寂しさもーーー、んん?
俺が考え事をしながら城内を歩いていると、向こうからツルピカ禿げ頭がやってきた。あの頭は岡本宗慶だ。越後に行っていたはずだが帰ってきたのか。
「若様、お久しぶりにございます。拙僧、昨日越後から帰ってまいりました。若様にご報告と暮れの挨拶をと、参じた次第にございます」
「おお、宗慶じゃないか。長旅ご苦労であった。首尾よく進んだか?」
芳賀家の庶流である岡本宗慶。現当主の芳賀高定は益子から養嗣子で芳賀家を継いだだけなので、岡本と直接の血縁関係はない。しかし今のところ上手くやってくれてるので問題はなさそうだ。
宗慶は史実で宇都宮家家中の親上杉の筆頭であったから、長尾とうまく繋がってくれるだろうと送り出したのだ。これから宇都宮家が古河公方を攻め、北条家を敵に回すなら上杉家と繋がらない手はない。
「ええ、色々ありましたが.....最終的には景虎殿も、是非に縁を深めたいとのことでした」
「それはよかった。詳しく聞きたい。客間に行って話───な?!
宗慶に気を取られていたが、ふと視線の端に違和感を感じた。見れば顔を意図的に隠している者がいる。城内を歩くのに顔を隠すなど異常な状態だ。そいつがズンズンと近づいてきて、俺と目が合うと駆け始めた。どう考えても暗殺者か何かだ。当然、手には抜き身の刀が握られており、すごいスピードで下段に構えて.....
「く、曲者っっ!!!!!」
宗慶の前で、そう叫ぶだけで精一杯だった。俺にそれ以上のことはできない。なにせ6歳児の身体だ。大人のそれとは全く異なる。いや、大人でも対応できたかは分からない。それくらい一瞬の出来事だった。
距離はもう3メートル程しかない。ドーパミンやセロトニンのような脳内物質がドバドバ出てるのだろう。暗殺者の斬り上げがゆっくり見えた。もうダメだ、俺は斬られるに違いない。
ああ、道半ばにしてこれか。うまくいっていたと思ったんだが.....これで宇都宮家の血筋も絶え、また関東に混沌とした時代が訪れるのかもしれない。さらば栃木県、さらば下野国。
俺は覚悟を決めて目を瞑り、ズシャアアアア!!という音を聴いた。
関東見取図
連載中に「栃木県が都道府県魅力度ランキング最下位を脱す」の報せが舞い込んできました。
栃木県の皆様、おめでとうございます!!





