第25話 御輿
真岡城。
重要な用があるとのことで呼び出された俺は、護衛と共に馬に揺られながら真岡に来た。真岡に来るのは久しぶりだ。そろそろ自然薯が収穫の時期じゃないかな。うまくできてるだろうか。
「お、爺や自らお出迎えですか」
「誰が爺やですか。まだ耄碌はしてませんぞ」
「いやしかし寒いな。早く建物に入りたい」
「そうですな。ささ、早う入りましょう」
俺は馬を降りて高定と一緒に歩き出した。
城内の石畳を登り終えると真岡城下が一望できる。収穫前の実った稲穂と、紅葉に染まりつつある樹々。現代の感覚からはなんとも違和感のある不思議な光景に足を止め、寒さも忘れて見入ってしまった。
「そういえば自然薯はどうだ?上手くいってるか?」
それを聞いて、顔を顰る高定。
「また食い物の話ですか....今日は来客がありますゆえ、しゃんとしてくだされよ」
「来客?重要な用というのはそれか?」
「左様」
「相手は誰なんだ?」
「足利藤氏殿にございます」
そう言うと、先を進む高定は振り返って俺の顔を見た。何やら俺の顔色を確認しているような視線。主君を試そうとはけしからん奴だ。
「予想通り笑っておられますな?いやはや恐ろしいことにございますよ。名前を聞いただけでその反応とは」
俺は笑ってたのか?
「若様、念のためお尋ねしますが、意図は伝わりましたな?」
「もちろんだとも。高定が腹黒いヤツだと言うのもよく分かったよ」
「ははは、若様には敵いませぬよ」
*****
客間に入ると上座に烏帽子を被った男性が1人、お供を伴って茶を飲んでいた。恐らくあの公家然とした男が足利藤氏だろう。
古河公方、足利晴氏の嫡流が長子。正当後継であるにも関わらず、北条の策により庶子に家督を奪われそうになっている哀れな男だ。
「宇都宮家当主、伊勢寿丸にございます。藤氏殿にお会いできまして大変光栄に存じます。遅れて参じましたことお許しください」
「いや、よい。われが早く来ただけのこと。芳賀殿から書状を頂き、居ても立っても居られなくてな。この日を待ち侘びたというもの」
「はは!恐れ入りまする」
はは!じゃない....内容を聞いてないぞ。だいたい想像はつくが、どこまで書いたんだ。
「畏まらずとも良い。まずは本題について話してから宴席に入れればと思う。われが古河で復権できるよう宇都宮家が槍となってくれるということに相違はないな?」
なるほど、解説ありがたい。
「もちろんでございます。足利家は藤氏殿が嫡流の長子。家督を継ぐのに何の躊躇いがございましょうか。むしろ横から当主の座を掠め取り、古河公方を傀儡にせんと画策している北条家には天誅が下って当然のこと。宇都宮家は必ずや足利義氏を排斥してみせまする」
「ほほ、お若いのに弁が立つの。伊勢寿殿はかような田舎にはもったいない逸材に思うな。いやしかし其方の言、誠に胸に染み入ったぞ」
くそ、大して離れた土地でもないのに田舎者呼ばわりか。これだから公家は......都会人ぶりやがって。
「しかし小山の高朝殿が既にわれの味方として名乗りをあげてくれておる。宇都宮家と小山家は水と油と聞くが、大丈夫かの?」
「藤氏殿。敵は強大な北条家です。小山殿が北条を押し返せるとは到底思えませぬ」
「だから心配しておるのよ。小山家と宇都宮家が上手く馬を並べて戦えるのかと」
「仲良く馬を並べるつもりはありませぬ。宇都宮家はこれから、小山家を攻め落とすつもりです」
「な、なんとな.....」
「馬を並べられぬなら呑み込んだ方が良いでしょう。それすらできぬのなら、北条家を押し返すことなど絵空事に過ぎませぬ。またそれは、小山家にも同じことが言えましょう。宇都宮家の侵攻すら防げぬなら藤氏様を家督継承させることなどできませぬ」
「そうだが.....うーむ、分けた場合にわれの立場がな」
なるほど確かに。膠着した場合に藤氏の立場がなくなるか。そんなことは絶対にあり得ないと思うが、目の前の公家は宇都宮家の戦力を知らないだろうし、仕方のないことか.....。
「ならばこうしましょう。決着がつかぬなら、その責は私がとります。藤氏殿は身柄を拘束され、不本意な立場であったと申されれば良いでしょう。さすれば小山殿も納得されるでしょうし、小山殿には私が詫び、反北条作戦については小山殿の指示に従いましょう」
「うむ......そこまで考えてくれているのであれば。鉄は打つほどに強くなるとも言うからの。宇都宮家と小山家が早々に雌雄を決し、われの味方となってくれる、か」
藤氏は身体を揺すりながら考え込んでいる。乗るべきか、乗らざるべきか。いや、乗るはずだ。理にかなっているし、藤氏になんのデメリットもない。頼む、乗ってくれ。
「ふむ.....。あいわかった。して決起はいつになる?」
「ありがとうございます!!決起は.....来年の夏までお待ちください。必ずや藤氏様をお迎えして立ち上がりまする」
そこまで言うと藤氏は満足そうな笑みを浮かべ、うんうんと頷いて、さあさ一献交わそうと続けた。
足利家のお家騒動を利用することで、古河公方を攻める大義を得る策。しかしこれは、いま飛ぶ鳥を落とす勢いの北条家を敵に回すことになる。北条家か.....いずれ避けては通れないなら腹を括るしかない。
藤氏の盃を受けながら、俺はそんなことを思案していた。
*****
「高定、良くやってくれた。まさに我が意、いやそれ以上だ。さすがは知の将、芳賀家の当主。日本一」
藤氏が帰った後、俺は高定と飲み直しをしていた。高定がいくら謀略の天才だとは言え、藤氏を引っ張り出せるとは思わなかった。
俺が頭を使わずとも助けてくれる。俺はそれが嬉しい。
「気持ち悪いですな.....しかし若様、某もお願いがありましてな」
「高定がお願いとはまた珍しいな」
「銀盤写真とやらに、某も映ってみたいのです」
そう、俺はこの夏、信芳とお雪とで銀盤写真を作っていた。
ガラスを作れたことに加え、水銀が手に入ったのでなんとなく工作してみたのだ。水銀の産地は塩谷の船生という地だ。
那須衆を傘下に加えたことで船生の鉱脈が開発できるようになり、水銀鉱石が手に入るようになった。ここから少量だが、水銀そのものと塩化ナトリウムを抽出できるようになっている。
というのも何を隠そう、栃木県の売上高ランキング、トップ3にはあの世界のキ◯ノンがある。ならばカメラを作らなくてどうすると言う話だ。原始的なカメラくらいなら、栃木県民は小学校の夏休みの工作で皆作るもんだ。(たぶん)
「爺はそんなに新しいもの好きだったか?」
「誰が爺ですか。しかしまあ一理あると言うか、某もいつまで生きられるか分かりませぬからな。後世に顔を残せるものなら残したいなと」
最近、そう言い出す家臣が増えているのは確かだ。絵師に肖像画を描かせるのは無理でも、写真ならと。そんなに材料はないんだけどなぁ....。
「分かった。写真のことはなんとかしておくが、高定はあと40年近く生きるから安心しろ」
「なんと.....」
「あ、言わない方が良かったか?」
「いえ、若様の夢の話は信じておりますが、人だけはどう動くか分かりますまい。話半分と頭に入れておきましょう」
全くだ。俺が歴史をいじったことで、死ななくてよかった奴が死に、死んだはずの奴が生き残っている事実がある。俺だって病弱な宇都宮広綱の体に気を遣い、長生きしたい。
「そういえば高定。お雪のことだが、良い嫁ぎ先はないか?」
「げほっっ!!!」
お雪の縁談の話を唐突に思い出した俺が話を切り出すと、高定は盛大にむせた。そんなに予想外のネタだったか。
「いや失礼。若様がそのような話をされるとは夢にも思わず。自分で娶られると言い出したらどうしようかと悩んでおりました。若様にはどこかかの大領主と縁組みして頂かねばなりませんので」
「まさか、私とお雪はないだろう。兄妹だし10歳も離れている」
「そうですな。お任せくだされ、某が探しておきましょう」
「お願いします」
お雪は宇都宮家の工業発展に無くてはならない存在になっている。正直手放したくないが、俺の都合で嫁に行かせぬ訳にも行くまい。辛い決断だが、我慢しなくては。
「若様、大人になりましたな」
「うるさい」
そんなくだらない話をしていたら、いつの間にか寝てしまった。俺の身体はまだ6歳。無理をしないようにしなくてはな.....。
栃木県民ならカメラくらい作れて当然だよなぁ(ニチャア.....





