第22話 家族の説教
1550年8月。
俺には戦後処理の仔細というのが分からない。分からないが、家臣たちが慌ただしく走り回ってるのを見ると相当なものであろうことは察することができた。
那須領は糟谷が切り取ったようなものだから、仕切りの一切を糟谷に任せようと思った。しかし手慣れた益子に支援させた方がいいと高定からアドバイスがあり、糟谷と益子で処理に当たらせている。
一方の俺も暇ではなかった。なんだかよく分からない壬生の庶流の何某だとか、那須衆の何某だとかが訪ねてきては挨拶をされる。それもひっきりなしにだ。
そんなもんだからたまには休息も必要だと感じた。ちょうど良く銀次が山から帰ってきたタイミングを見計らい、一門衆会合と名付けて、皆で食事をすることにした。
「しかし燃え尽きたな.....」
箸を止めてそう呟くと、俺の何気ない吐露をお雪が拾ってくれた。
「お疲れ様にございます。大変な戦だったのでしょうか?」
「俺は戦場には出ていないが.....策を練るのが、だな。なんとなく自分で一切をやってしまった」
「しかしあの木砲は妙計でしたね。火薬が足らないなら敵に撃たねば良いと若様が仰った時には、なんのことやらと思いましたが」
そう、俺は木砲を示威行為に使ったのだ。敵城を落とすのではなく、ビビらせるため。そもそも1、2発分の火薬しか作れなかったんだから、頭を使うしかなかった。
ああまでして火薬を節約しても、もう殆ど使い切ってしまった。木砲を20数個も並べたが、もう1発も撃てやしない。全部ハッタリだ。
「巧いこと騙されてくれて良かったよ」
「しかし若様が以前申しておられた....鉄砲であれば小型のものですし、数は撃てたのではないですか?戦で使えたのではと思いますが」
「同じ下野国の人間を撃ち殺すのは寝覚めが悪いな。他国なら良いって訳でもないが。根絶やしにするのでもなければ、物を壊して降伏させる方がいいんじゃないか」
それに鉄砲なんて精巧なものをチマチマ作るなんて時間の無駄だ。織田信長を始めとして、何故ああも鉄砲をコピーしたがったのか理解に苦しむ。木砲ならば木をくり抜くだけで済んだものを。
俺がそんなことを言うと、根絶やしになんてフレーズに驚いたのか、銀次が恐ろしいことを聞いたかのようにぶるりと震えていた。
「銀次もご苦労だったな。山廻りは大変だったろう」
「若様、そんなことはねえですよ。山は好きだもんで、戦場さ出るのでなければ喜んで山さ行きますだ」
「そうか、人それぞれだな。他の山師は育ってきているか?」
「ええ、ええ。そりゃもう、若様の指示書を頼りさして探すんならば大丈夫そうだで」
それは良かった。硫化鉱石は採れないが、鉄鉱石に大谷石にと色々欲しいしな。それにまだ支配下にはなっていないが栃木県にはあの鉱床がある。
「銀次、足尾には行ったことがあるか?」
「いいえ、聞いたこともねえです。そこでまた何か掘れるんですかい?」
「ああそうだ。足尾には日本一の銅鉱脈がある。下野国の命運を握る鍵の1つだ。いまは当家の支配下にないが、必ず抑えなければならぬ」
足尾銅山。知る人も多い、日本の近代化の礎となった鉱脈だ。良質な銅鉱石が山ほど産出され、佐渡の金、石見の銀、足尾の銅、釜石の鉄と並び称されるほど。
しかし未来では不名誉なことに、足尾銅山は公害事件としての方が有名かもしれない。量が採れると言うことは精錬時の有害物質も多く出る。日本国内の需要の大部分を担ったツケを、栃木県民が支払ったのだ。ここを使うにしても、同じ過ちは繰り返せない。
俺が難しい顔をしていると、銀次と信芳とお雪も神妙な顔つきになってしまっていた。箸を手にしている者など誰もいなかった。
いかんなこれは。息抜きのための食事会なのに、こんなんじゃ評定と何も変わらない。
「すまぬ。仕事の話はやめた方がいいな。そう言うつもりではなかった。許せ」
すると顔を見合わせる3人。
3人とも何か言いたいことがある様子だったが、銀次は目を瞑ってだんまりを決め込み、信芳はお雪に対してお前が話せとばかりに顎で促した。そうしてお雪が代表して話し始めた。
「兄上様、少し気を張り詰めすぎではありませんか?例えば口調ひとつとっても、ならぬ、とか、すまぬ、とか、許せ、とか無理をして言っているように感じます」
「そ、そう見えていたのか....」
「ええ、とても」
こ、これは恥ずかしい。
「作業の指示にしても、これをやれ、あれをやれと命令するだけで詳しくは教えてくれず、困惑することが多いです。家臣のお侍様にも同じようなことをしておりませんか?そんな様子だと、人が離れていかないか心配です」
「う、うーん......それは....」
「だいたいですよ。日頃から何か呟いていると思えば、あの田舎者めが、とか、野侍が、とか、汚い言葉ばかり言っているのはどういうことなんですか?!兄上様だって立派な田舎者ですよね?!」
ぐうの音も出ない。俺が転生者だということを差し引いても、田舎者が田舎者と罵っているだけ。どんぐりのなんとやらで、客観的に見れば滑稽だっただろう。
「もう少し品を良くして貰えますよね?!」
「は、はい」
ザクザクと心に突き刺さる。全くもってその通りだ。俺は何様のつもりだったのだろうか。いつからだろう。前世のいつから、俺は隣人を貶すような言動をしていたのだろう。
憑き物が落ちたような感覚がある。全て抜け切った訳ではないが、なんとなく心が晴れやかと言うか.....。
「分かって頂けて良かったです。もしも、ならん!俺はこのままで良い!などと仰っていたらお尻ぺんぺんして分からせるところでした」
「おし.......」
歳上の妹にお尻ぺんぺんされる大名なんて聞いたことがない。何としてもそれだけは避けなければ。
しかしお雪の言も一理ある。事の背景を伝えなければ人は効率良く動かないし、自立心もなくなるどころか不信感も生む。礼儀に関してもそうだ。無駄に他者と軋轢を生んで良いことなど何もない。
「もっと年相応に振る舞われるたら良いと思います。兄上様はまだ元服もしておりませんし、6歳になられたばかりじゃないですか。6歳と言ったら外で遊んだり、母に甘えたり───
「おい、雪!」
「いやいい。俺は大丈夫さ。気にしないで良いよ」
俺の普段の言動へのダメ出しの方がダメージが大きすぎて、母が云々とか正直かすり傷にもなっていない。
「俺にとっては銀次と信芳とお雪が家族のようなものさ。お雪も気にすることないよ」
無いものは作れば良い。俺はこの時代に手ぶらでやってきた。だから只々作るだけだ、作るだけ。
「なんか急に喋り方さ変わってたまげたが......しかし家族さ言うたら儂は爺さんさなるんねぇ?」
「私にしかできないことなど到底無いと思いますが、なんでも言ってください。肥溜め漁り以外ならやらせて頂きますよ」
「兄上様、私を母か姉かと思って、甘えて頂いても宜しいですよ」
「そ、そっか.....皆、ありがとう」
年相応に泣いた方が良いのだろうが、なかなか涙は出ない。身体は子供だが、精神年齢は良い大人だし。しかし彼らの優しさはしっかりと俺の身体に染みてきた。
「お、おい。なにをするんだよ?!」
いつの間に後ろに回られたのか、女の手に捕まれ、身体を後ろに引っ張られる。
「膝枕をして差し上げます」
「なっ、なんだって?!いや、やめてくれ!」
ジタバタしても所詮は6歳児。大人の女の力には敵わない。ましてや俺は鍛えもせずに頭脳労働ばかりやっていたから、どちらかと言うともやしっ子だ。
「た、頼む!やめてくれ!家臣に見られたら大変だ!!」
お雪の膝に頭を乗せられてしまうと、もう言葉以外に抵抗が出来なくなった。ジタバタしてしまうと更に危険なことが起きるような気がしたからだ。そもそも今日は精神的なダメージが大きすぎて身体に力が入らない。
戦国時代に膝枕なんてあったのか?!いや平安時代からあったらしい!!なんで俺はそんなことを知っているんだ!!おかしい!!なんかおかしい!!
久しぶりの休息に伊勢寿丸の心は癒された。
しかし東西平定が済んだといっても、まだ下野国一国すら掌握できていないのが実情だ。鹿沼と那須を得た一方で、壬生を失っている訳であるから、亀の歩みとも言えるかもしれない。
関東制覇の道のりはまだまだ長そうだ。
新たな策を考えながら、伊勢寿丸は眠りに落ちていった。
関東見取図





