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第21話 那須をうつ


 宇都宮城。


 那須家との戦で捕縛した那須兵は、300人に迫る人数となった。昨年の大敗とはうってかわって大勝と言えよう。

 俺はその戦果を利用し、那須家当主、那須(なす)高資(たかすけ)を居城に呼び出す書状を送った。彼らを解放することを条件としてだ。


 那須家にとって兵300人の命はあまりにも大きいはず。下手をすると領地経営が成り立たなくなる人数だ。くわえて大半が盟友の領民とあっては無視すれば那須衆が瓦解しかねない。


 案の定、那須側からは金銭解決の打診があった。

 しかしこの捕虜は乱取りして捕まえてきた民草や私財ではない。殺されても文句が言えない兵と将であると伝えると、不承不承にこちらの要求を飲む返答が来た。


 あとはホームでボコボコにするだけだ。


「よくぞ参られた。那須高資殿」


「なんだこの小僧は。当主を出せ、当主を。全く宇都宮め、卑怯な手を使うどころか礼までなっておらんとは。野猿どもが調子に乗りおって」


「俺が宇都宮家21代目当主、伊勢寿丸だが」


「なぁぁぁにぃぃぃ?」


 すると俺の身体を頭から爪先まで舐めるように値踏みを始める。気持ちの悪いやつだ。会談なんてせずに斬ってしまっても良かったか。


「ふん。尚綱が死んで当主がこんな童になっていたとはな。会談とはどういう了見だ。ワシをあまり舐めるなよ」


 俺が手を挙げて合図をすると、控えていた糟谷(かすや)家の者が襖を開けた。襖の向こうには那須高資がよく見知った顔が並んでいた。


「貴様らっっっ......!!!」


 怒気を孕んだ声を向けた先は那須衆、大田原(おおたわら)、福原、蘆名、千本(せんぼん)伊王野(いおうの)の5人であった。(くつわ)はしていないが、手を縛られて身動きが取れない。


「貴様らが負けたせいで俺がここまで出向かなければならなかったんだぞ!!!何が那須七騎だ!!役立たずのボケナスどもが!!」


「さて、では始めようじゃないか」


「何をだ!!!」


「何をって、那須家は家督争いをしていたんだろう?」


 那須高資は茹で蛸のように顔が真っ赤にすると、唾を飛ばす勢いで喚き散らした。


「何が家督争いだ!!!おめおめと宇都宮に捕らえられたこいつらが誰かを推挙などできるものか!!!ワシが当主を続けるに決まってるだろうがっっ!!!」


「そうかな?那須の現当主殿はどうやら理性的ではない様子だ。宇都宮家としては那須(なす)資胤(すけたね)殿を当主に据えて貰った方が嬉しいのだがな」


「きぃぃぃいいさまああああああ!!!」


 今にも掴みかからんとする高資を見て、糟谷又左衛門が間に割って入った。大人の対応は大人に任せるべきだ。


「大田原殿はどう思われる?」


資胤(すけたね)に家督をお譲り頂くことが、那須家、宇都宮家、両家のためになろうかと思いますな」


「他の那須衆はどうだ?」


「某も」

「異論はありませぬ」

「同意します」

「虜囚の身なれば如何様にでも」


「ボケナスどもが!!!どの口がっっ!!!!!!!!!」


「しかし困ったな。高資殿ご自身に隠居の意思がない上に、当家の捕虜でもないのだから。ああ、どうしたら良いものか.....」


 俺がそう言い終わる頃には、縄で縛られていたはずの千本(せんぼん)資俊(すけとし)が那須高資の背後に立っていた。その手には抜き身の剣を携えている。もちろん偶然にも縄が緩み、偶然にも落ちていた刃物を拾ったのだろう。


「御免っっっ!!!」


「ぐっっっっっ?!!!」


 暫くすると那須家当主、那須高資は辞世の句を詠む間も無く、事切れてしまった。まあ史実では芳賀高定に唆された千本資俊に毒殺されている訳だし、こんなもんで良いだろう。いやとにかく気持ちの悪いヤツだった。




*****




「さて、伊王野殿」


「.....はっ!!」


 何故に声がうわずっているのか。


「その方が五月女坂(さおとめざか)にて討ち取った我が父のことだが、五月女坂に慰霊碑を建立したそうだな。その意はなんだ?」


「宇都宮家とは.....あの場で偶然にも敵として相対しただけのこと。人の生き死には敬意を払ってしかるべきだと考えております」


「ふむ......分かった。宇都宮家当主として礼を言う」


 現世にも残る五月女坂の慰霊碑の真意が聞けたことに俺は少し嬉しくなった。父・尚綱にさしたる思い入れはないが、礼をはらわれることに悪い気はしない。

 しかし伊王野が何やら恥ずかしそうに口元を歪めているのはどう言うことだ。糟谷からは勇猛果敢で槍捌き1つとっても比類ないと聞いているのだが.....。



「まあそれは良い。茶番はこれくらいにしてこれからの話をしようじゃないか」


 俺がそう言うと太った狸の如くでっぷりとした体型の大田原がずいと膝を前に進めて喋り出した。


「先程も申しました通り、那須家と宇都宮家で同盟を組み、両家ますますの発展を願うものであります。大田原は大関と福原に養嗣子(ようしし)を出しておりますし、新当主・那須(なす)資胤(すけたね)は孫に当たりますれば、私の発言を那須衆の総意と受け取って頂いて構いませぬ」


「同盟か、また大きく出たな。俺は那須衆が宇都宮家に臣従するのが妥当かと思うが?」


「老人をあまりいじめなさるな。伊勢寿丸殿、我が那須衆はただ野戦にて敗れただけにございますぞ。その真骨頂は籠城にこそありますれば、ここで我ら5人の首を刈ろうとも那須の闘志を絶やすことは叶わぬかと」


「那須烏山城か」


「左様。宇都宮城が討つの宮様に守られておりますように、あの山城も誉田別命(ほむたわけのみこと)様の神力を得てございますれば、何度攻められようと那須は絶対に屈しませぬ」


 大田原(おおたわら)資清(すけきよ)の頑なな態度に、伊勢寿丸は顎を掻いた。


 すんなりと臣従に応じる可能性もあると思ったが、やはり駄目か。老い先短い老人が相手というのも厄介だな。

 しかし概ね予想の範囲内。そろそろ仕上げるか。




*****




 いきなり外に出ろとはどういうことだ。


 よもやこの流れで斬首はあるまいな。交渉もまだまだ途上よ。可愛い孫のため臣従は飲めぬが、どこかで折り合いは付けられるだろう。場合によっては割譲もやむを得ん。福原か大関の所領であればワシの腹は傷まぬ。


 拓けた場所に着いたが、何だかよく分からぬ太鼓のようなものが並んでおる。いや太鼓ではないな、筒か。木で作った筒が並んでおるが。はて、一体なんだこれは。


「あまり触るなよ。四肢が千切れ飛ぶぞ」


 宇都宮の小童め。那須を束ねるこのワシに偉そうな物言い、あとあと後悔するぞ。四肢が千切れ飛ぶなど馬鹿馬鹿しい。


「では始めるか。大田原殿、あれが(まと)だ」


「ふむふむ?」


 的などどこにもないではないか。少し先に古びた家屋が1つポツンと建っておるだけ。どれが的だというのだ。目を凝らしてもよく分からぬ。


「撃ていいいい!!」


 ドオオンッッッッッ!!!!!!




 大音響が響き渡ると、視線の先にあった家屋に何かが飛び込み、木材を飛散させながらガラガラと音を立てて崩れた。

 大田原資清は口を開けたまま、閉じることが出来なかった。何が起きたのか分からない、必死に首を回して後ろを見ると、木筒が黙々と黒い煙をあげていた。恐らくあそこから何かが飛び出て、家屋を吹き飛ばした。数十秒を掛けてそれだけをようやく理解した。


 家屋だったものをもう一度見ると、もはや柱が辛うじて2本建っているだけで、見るも無惨に破砕されている。結果は何度見ても変わらない。


「どうだ、当家の木砲(もくほう)は?ご自慢の山城とやらはこれがあれば半刻もたずに瓦礫の山になると思うが。それでも城に籠るか?」


 言葉なく呆然と放心する資清の視線の先には、那須烏山城の未来の姿が見えていた。自分の背後にある20門の木筒、これが一斉に火を噴けば、半刻どころか一瞬にして落ちてしまうだろうことは容易に想像できた。


 資清は力なく膝をつき、やがてゆっくりと(こうべ)を垂れた。見たことも聞いたこともない武器の威力を目の当たりにし、宇都宮家に勝てる道理が見当たらぬと思ったのだ。




 1550年7月。


 日本初の大砲が関東の地で火を噴いた。


 その大砲は田舎の貧乏国を体現するかのような風貌、青銅製ですらなく、ただ木を継ぎ合わせただけの砲身であった。なによりその砲は何一つ破壊せず、唯一撃ち抜いたものといえば、宇都宮家への臣従を渋る那須衆の闘志だけであった。


 那須は宇都宮家の軍門に下り、宇都宮家の下野(しもつけ)国統一は、北部の極一部と南部の大物・古河公方を残すのみとなったのである。



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[一言]  むぅ……。  石火矢(フランキ砲だの国崩しだのとも呼ばれるやつ)があるからそっちが日本初の大砲じゃないか?  なんて言おうとしたら、アレは1573年とかってウィキにあって、1550年に出…
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