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第20話 闇夜の立ち合い


 1550年6月。


 那須と宇都宮のほぼ中間に当たる高根沢の地に、宇都宮家糟谷軍の陣が張られていた。那須の物見の兵は、宇都宮の陣を確認して東へ走った。

 街道を逸れて藪の中に踏み入る。そこには藪を刈り取っただけの簡易陣があった。奥に進み、主君の前で膝を突く。


「糟谷の手勢400、高根沢の平地に本日から陣を貼り始めた模様にございます」


「ご苦労。では今夜か」


 那須(なす)高資(たかすけ)がそう呟くと、周りに控えていた小田原、大関、蘆屋、千本、伊王野が頷いた。全員の顔が引き締まっており、もはや冗談をいう様子もない。

 これは宇都宮家との戦であると同時に、那須家の家督を決める戦でもあったからだ。


「ワシはここで指揮を執る。各家は日が暮れてから散開し、合図の火が見えたら討ち入りせよ。良いな」


 那須高資が最も多い150の手勢。対する他家は50ずつあれば良い方だった。400対400。勇猛轟く那須衆が同数勝負で負ける道理がない。


───ひとり2つの首級をあげよ。成さねば末代までの恥と思え!


 高資は己の手勢150を前に厳命したセリフを思い出した。


 なに、難しいことではない。宇都宮家など雑兵同然。狼狽しながら勝手に首を差し出してくれるわ。




*****




 宇都宮軍が寝静まった頃、那須勢は合図と共に動き出した。光源近くにいる敵兵などものの数ではない。暗闇から忍び寄り、一気に切り捨てる。


 我先にと陣に突入し、無言で首級を上げていく。暫くすると宇都宮軍も夜襲に気が付き、応戦が始まった。

 しかし準備の具合いが全く異なる。形勢は明らかに那須方で、それも一方的なものであった。


「敵が少ない.....これは罠では.....?」


 宇都宮兵を切り捨てながら、伊王野はふと違和感を感じた。不安は焦りに変わり、周囲の兵に退却の指示を伝えた。


「伊王野、撤収する!!我が兵は引け!!!」


 なに、少ないながらも首級は獲った。上出来だろう、そう思いながら外へ駆け出すやいなや、そこかしこで悲鳴が聞こえ始めた。


「ぎゃああああ!!!!なんだこりゃあ!!!」

「うううぐぐ、痛えよぉぉぉ!!!」

「くうううう.....なんだこれはっっっ.....」


 伊王野の本能が動くなと告げていた。危機を察し、足を止めて周囲を見回すと、月明かりの下で兵たちが足を抑えて苦しんでいるのが見えた。


「草結びか......?いや、それにしては.....」


 更に目を凝らすと兵の足には巨大な歯が噛み付いている。なんとか立とうとする兵たちだが、噛みつかれた何かを外すことができず、すぐにまた転んでいた。


 こんなものは見たことがない。一体なにが起きているのだ。伊王野はますます混乱した。

 そうこうしている内に周りは宇都宮兵だらけになっていた。投稿しろと叫びながら槍を向ける兵を、伊王野は握りしめた長槍で一閃した。


「何が何やら分からぬが......敵が見えるなら討つだけよ。宇都宮め、我が槍の錆にしてくれるっっ!!」




*****




「全く凄まじい。若様から頂いた虎鋏(とらばさみ)とやらは......」


 こんなものが戦場で何の役に立つのだろうかと首を傾げた糟谷も、のたうち苦しむ那須兵の惨状に、その効果を認めざるを得なかった。



───糟谷。那須には夜襲をさせる手筈だ。

───壬生兵を餌に釣り出せたなら虎鋏(とらばさみ)を撒いて機を待て

───那須兵は阿呆だから罠にかかる。全て生捕りにせよ。



 那須兵が宇都宮の陣内で交戦していたのは全て壬生兵だった。

 所領の安堵と引き換えに、那須攻めに従軍させて危険な先鋒を任せる。鬼子のものとしか言いようのないその策に、糟谷に壬生兵を引き渡しにきた益子(ましこ)安宗(やすむね)の顔が引き攣っていたのを思い出す。


「生捕りにしてどうされるおつもりか分からんが.....」


 もう那須兵に戦意はなかった。次々と捕縛されていくその姿を見ながら慎重に歩く。すると暫くして何やら騒ぎになっている一角を見つけた。


「おい、何が起こっている?」


「は!!又左衛門様!!罠に掛かっていなかった敵将がその場から動かず暴れておりまする」


「なに?」


 兵を割って前に出ると、確かに精悍な顔つきの武者が槍を突いて立っていた。近くには殴打されてノビている糟谷の兵が目に留まる。


「その方、腕に自信があれば名乗りを上げよ」


 その声に、糟谷と伊王野の視線が交わる。


(それがし)は、稀代の弓取りと謳われた那須与一の流れを汲む伊王野(いおうの)家、左衛門尉(さえもんのじょう)資宗(すけむね)である!」


「良かろう、この糟谷(かすや)又左衛門(またざえもん)が相手をしてやる!!!」


 名乗りを交わした2人の将は、穂先を向けあったまま、虎鋏(とらばさみ)を踏まぬようジリジリと擦り足で近づいていく。


「そりゃあああああ!!!」


 伊王野の叩きつけに、糟谷の槍が大きく沈む。何という馬鹿力だ、と糟谷は舌打ちをした。押し返すことも叶わず、横に払いのける。


 何合目か分からぬほど交わされた槍の応酬。誰がどう見ても糟谷が劣勢であった。周囲で見守る糟谷の兵は、槍の打ち合う鈍い音をただ聴くしかなかった。


 やがて膝を折った糟谷は、伊王野資宗の打突で吹き飛ばされてしまう。

 

 あわやというところで間に割って入った糟谷の兵を見て我にかえり、伊王野はぐるりと周囲を見回した。

 自分の周りはやはり敵だらけ。下を見れば罠が残っており、後ろを向けば、伊王野家筆頭の小滝や秋庭も捕らえられているのが見えた。


「もはやこれまでか。戦に負け、立ち合いに勝ったとあれば悔いはござらん。縛るなり好きにせよ」


 伊王野は槍を放り投げ、そう言った。




 夜が明ける。

 東の空が白みだし、少し南を見やれば朝日に照らされた筑波山の姿が見えた。高根沢の地に転がるのは、崩れ落ち踏み荒らされた陣幕と、いくらかの事切れた壬生兵。そして、捕縛され大人しくなった那須兵たちであった。



───那須兵は全て生捕にせよ



 主命を果たした糟谷は勝ち鬨をあげた。

 しかしその胸中は、主命を完遂できた喜びよりも、伊王野資宗の槍に屈した自分の不甲斐なさで溢れていた。




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