妹、来る その4「作戦」
カリンは自分の女性としての魅力を自覚し理解していたしそれをフルに使ってシャーロットに群がる悪い虫(主に男)を追い払っていた。だがカリンが本気で人を魅了したのは一度だけだ。
それはカリンがシャーロットの側近になって間のない頃、とあるお茶会でシャーロットに近づこうとする1人の有力貴族の子息がいた。とても仲良く喋っている2人を見て子息に対して激しい嫉妬を覚えたカリンは当時の幼女としての自分の全力を持って子息を魅了した。子息はすぐにカリンに心を奪われ夢中になった。しかし異変が起こった。夢見るような面持ちでカリンを見つめていた子息が突然倒れたのだ。慌てて症状を確認すると呼吸をしていなかった。それよりも異常だったのが明かに苦しそうな状況なのにカリンを見つめることを止めず、その顔は終始恍惚な表情だった。
この事件の真相はわからなかったがカリンが影響している事は明かだった。カリン自身もこの事を重く受け止め“本気”での魅了は以後やらなくなった。だが今回はシャーロット自ら“本気”での魅了の命令を出してきた。幼い頃に使って以来本気の魅了は使っていない。当時よりも格段に魅力が上がっている状態で本気を出したらどうなるかわからない。もしかしたら今度は殺してしまうかもしれない。でもカリンの心は決まっていた。
「カリン、大丈夫ですか?」
万が一の護衛としてついてきたクレアが心配するがカリンの声はいつも通りだった。
「大丈夫よ」
カルロスとアーシェスがいる部屋に着いた。中の2人はシャーロットがまだあわてふためいていると思っていて外の2人に気づかない。カリンは髪を整え、少し化粧を直し、ドレスを少し着崩した。
「…いくわ」
カリンは扉を思い切り開けた。中の2人は当然反応し動こうとした。
「誰だ……!?」
「な、に…」
全ては一瞬で終わった。カリンはそこに立っていただけで何もしていない、少し潤んだ瞳を2人に向けただけだ。本当に魅力を持った人間は何もしなくても周りの人間は惹かれてしまうものだ。武器を持ち反撃しようとした2人はすぐに武器を下ろし、頬を赤らめ間抜けた顔でカリンに目を奪われた。カリンが近づくと両ひざを地につけてひざまづいた。カリンは2人の目の前まで進みしゃがみ2人の目線を合わせる。少し動く度に甘美な香りが2人を襲う。完全に魅了にかかっていると判断したカリンは作戦を遂行する。
「アリシアを拐ったのはあなたたち?」
「…はい、実行犯は別にいますが手引きしたのは我々です」
「あなたたちは何?」
「我々は…」
2人はカリンの質問に次々と答えた。カリンの全力の魅了にかかると頭の中は完全にカリンの事しか考えられなくなり、カリンのためなら何でもするという精神状態になる。この状態になると自白魔法や自白薬を使うより時間がかからない。故にカリンは難なく必要な情報を手に入れた。手に入れた情報はクレアがシャーロットに通信魔法で知らせた。新たな情報の中には魔王教の隠れ家とこれからの行動についての情報もあった。
カルロスとアーシェスの2人は本来牢屋に入れるのだが、定時連絡が途切れると怪しまれてしまう。だからこそ魅了状態にして従順にした意味がある。カリンは2人に命令した。
「あなたたちはここで定時連絡を続けるの、『異常無し』ってね。わかった?」
「はい…」
「わかりました…」
作戦は順調に進んでいたが、異常が起こった。
「ぐっ、カハッ…」
「!」
アーシェスが急に苦しみ始め倒れた。隣で仲間が倒れたというのにカルロスはカリンを見たままだ。
「クレア!」
「わかっています」
クレアはアーシェスを起こし症状を確認し、その口に飴のようなものを放り込んだ。すると徐々に体調が戻り始めた。
「危うく窒息するところでした」
「姫様に仇なす輩なんて死ねばいいと思うけど…姫様の命令だからね」
今口に放り込んだのは水中などで呼吸を可能にする魔法アイテムだ。カリンは過去に魅了した対象を死なせかけた。その真相の確かな所はわかっていない、だがそれは公にしていないという意味でカリン本人とシャーロット、クレアは知っていた。カリンに本気で魅了された者の頭の中は完全にカリンの事しか考えられなくなりカリンしか見えなくなる。その状態が続くと次第に“見る”以外の機能を無意識に止めてしまう。文字通り『息をも忘れる美しさ』なのである。なので対策としての今回の魔法アイテムなのである。念のためカルロスにも食べさせた。
そうこうしていると騎士団長が部屋に到着した。クレアは騎士団長に状況を説明しこの場をまかせた。
「ではカリン、私は姫様の元に行き次の指示を受けてきます。あなたはこの2人の監視をお願いします。万が一…はないでしょうが、その時は騎士団長を頼ってください」
「わかったわ、姫様をお願いね」
「わかりました」
クレアは騎士団長に後をまかせてシャーロットの元に急いだ。
その頃、アリシアが捕らえられている魔王教の本拠地。
『というわけでこちらは問題ない』
「わかった、このまま準備を続ける」
そう言ってベルグランドは通信を切った。
「ひひひ、順調だなぁ、レーヴ・アムールを手に入れられれば魔王様復活も夢じゃねぇな」
笑いながら酒を飲む。ボトルを置くと近くの部下に声をかける。
「おい、捕らえた妹はどうしてる?」
「はい、衣服は捕らえた時のままで足枷を片足につけて独房に閉じ込めています。さらにご命令通り両手も縛っています」
「よし、あの2人は足だけでいいと言ったが念のためだ、暴れたりしてないか?」
「はい、抵抗もせず、一言も喋らず大人しくしています」
「…誰も中に入ってねぇのか?」
「はい」
「そうか、まぁ妹のアリシアは化け物みてぇなシャーロットと違って力はないただのガキらしいが監視は怠るな、“魔封じのチョーカー”もつけているが気を抜くなよ」
「わかりました!」
部下は部屋を出ていった。1人になったベルグランドは部下が出ていった扉をじっと見つめる。
「誰も手を出してねぇのか?一応宗教団体だが盗賊みたいな連中も結構いる、今回は今までにヤらかした奴も結構いるんだが、そいつらが何もしてないのか?………まぁ別にいっか、泣かれたりしても面倒だしな」
アリシアは先程の部下の言った通り狭い独房に両手と片足を鎖で繋がれていた。部屋の外ではいかにも悪人といった出で立ちの2人の男が門番をしていた。
「しかし、この女めっちゃかわいいな」
「あぁ、今まで何人も見てきたけどダントツでかわいいな!」
「でもなんだろうな、迂闊に触っちゃいけないような気もするんだ」
『あ!わかるぜ!いつもならすぐに手を出すぐらいなんだがよ、なんだか近づいちゃいけない、触れちゃいけないみたいな気がするんだよ!』
「お前もかぁ、これが王族ってやつなんだな」
盛り上がる2人の門番の声を聞き流しながら鎖に繋がれたアリシアは1人呟いていた。
「まさかこんなことになるなんて…」
出るのは現状を嘆き悲しむ言葉…
「なかなかいいシチュエーションですわ」
ではなかった。
「誘拐されたことは本当に予想外だしお姉様にご迷惑をかけていることは申し訳ないと思うけれど…でもお姉様は今私のために色々考えてくださっているはず!そう私のために!」
シャーロットの妹であるアリシアはベルグランドの言うようにシャーロットと比べると力はない、だがその精神力は場合によっては姉をも越えるかもしれない。なにより姉への絶対的な信頼がアリシアの精神をより頑強なものにしていた。
「それに誘拐されたのが私でよかったですわ、もしユニやレッカだったらさすがに冷静ではいられませんし」
こんな状況で、アリシアは娘たちが無事であることに安堵する。
「お姉様は必ずここまでいらっしゃるわ、だから私は余計なことをせず待っていましょう。ふふふ、まるで王子様を待つお姫様みたい!」
まさか人質のお姫様がそんなことを考えているとはつゆ知らず、事態は刻一刻と変化していくのだった。




