ぼっちになりたいお嬢様の考察
朝日ケ丘大学高等部から徒歩10分ほどの位置に高層マンションがある。
マンションがわたしの家になり、最上階全てがわたしの『部屋』になる。
リムジンやボディガードを必要としないお嬢様なわたしは、入学申請書を無理矢理書かされていた時に『学校まで徒歩15分内に全室が空いているマンションがないと行かない!』と言ったら教育係が『すでに用意してあります』と。『ヘリコプターが……』と言いかけたら『ヘリポート。ヘリコプター。すでに用意してあります。有事の際は沖に停泊させている滑走路付きのクルーザーにミニッツF-22ラプターも搭載しておりますのでご安心を』ときたもんだ。それならそれなら……と色々な無理難題をぶっこんだら『全て揃っています。明日には用意できます』と。
最初から朝日ケ丘大学高等部に入学させようとしていないと、こんな非常識は揃わない。教育係はなにを考えているんだ。
こんな経緯から、わたしの部屋を360度囲っているバルコニーには、有事にわたしを逃がしてくれる頼り甲斐あるナイスガイ【攻撃ヘリコプターAH-64アパッチ軍曹】が鎮座し、沖には戦争から娯楽、研究から始まり医療から漫画家の仕事室までなんでもありまっせと包容力がありすぎる姐さん【ニミッツ級航空母艦少将】が停泊し、姐さんの舎弟【F-22ラプター大佐】を筆頭に世界軍用機ランキングを飾る舎弟が有事に備えている。
条例や国際法を無視した不法滞在。誰が許したこんな非常識。
あきらかに教育係が用意した武力ではない。
宇宙が新垣グループの物である以上、地球にある庶民条例や庶民国際法や庶民法律など新垣法の前には皆無!
無茶苦茶な精子提供者の仕業だと思ってしまう。
こんな武力なんか、こんな権力なんか……
実におもしろいではないか。
帝王であり百獣の王を兼業する傍ら総督も兼任しているお嬢様なわたしは、精子提供者の脛を囓る事になんの躊躇もない。こんな非常識が許される権力なら、おもしろいから貪りまくってもいい。
新垣法こそ世界の法……否!
わたしの意思が宇宙の意思!
ミニッツ姐さんは入場料1000万円のテーマパークで〜す。バルコニーのアパッチ軍曹はオブジェで〜す。……で、OK! そして姐さんはガチでテーマパークを営業中です。上ランク庶民からしか入場できませんから、あしからず。
と、こんなガッチガッチに周囲を固めても、どんな武力や権力があっても、弾丸1発で死ぬのが人間。
従って、周囲5kmにはわたしの部屋50階よりも高い建築物はおろか20m以上の建築物は無い。
遠くの物は大きく近くの物は小さく見える、と何処かの紳士な猫が言っていたように、この高さだと遠近感がいまいち掴めないけど見た感じ10km先にも50階より高い建築物は無い。せいぜいが15階の市営住宅や30階の庶民マンションだ。——狙撃不可能。
愚かな暗殺者よ。
スコープに写るお嬢様なわたしを見よ!
ボヤけているだろ?
そして撃ち抜いてみろ!
5km以上から狙撃できるならな。
発砲音が聞こえた瞬間、狙撃手の最後だ!
高層建築物の無い街でアパッチ軍曹の制圧前進が始まる。くっくっくっ。
逃げられると思うなよ!
ふう。平和な風景でも、いつ何時弾丸が身体を貫くかわからないお嬢様から見ると戦場と大差はないのだ。
本当の意味で安心できるのは自分の部屋だけだな。
特に部屋を360度囲うバルコニーがいい。
人の視線に気を張る必要ないし、暗殺者の気配を気にせず外を歩ける。なによりも、ゆっくりと綺麗な空気を吸えるんだから。
景色も眺められる。
今は暗いから見えないけど北側には山。何処かにお嬢様なわたしが1000年は籠城できる要塞があるらしい。
西側には庶民が娯楽を楽しむ繁華街の夜景。ははははは人間が蟻のようだ!
南側の水平線まで見える海。ミニッツ姐さん、今日もピカピカとパークってますね〜。いつも新鮮な魚、ありがとうございます。
お嬢様なわたしが住むに相応しいと思わないか、庶民!
そして東側。朝日ケ丘大学。
夜の7時過ぎ。
わたしは趣味のバルコニー散歩を中断し、東側で足を止めた。
朝日ケ丘大学の敷地には野球やサッカーのナイター設備やかまぼこ型の体育館がある。屋根にタマネギが乗ってる六角形の建物は講堂かな? 他にも色々な設備があるな。高等部で灯りが点いてる建物は校舎と体育館だけなのに。
お嬢様なわたしには関係ないけど、スポーツが盛んな大学なのだろうか?
夜景としては物足りないけど、わたしとしては夜景が見られる環境があるだけで満たされ、嫌悪し焦燥していた気持ちが落ち着いてくる。
わたしは夜景の中で庶民施設よりも気になっているモノがある。
敷地を囲っている高さ4mの壁。実は気になって下校途中に計った。
規則的に点滅している赤色灯が一定の距離に備え付けられているのは、防犯目的か鳥の激突防止かはわからない。
高い所から見るとよくわかるけど、点滅する赤色灯が綺麗な五角形を描いている。だが、朝日ケ丘大学の敷地と高等部の敷地を区切るような壁があるため、五角形に赤色灯の亀裂が入ってるように見える。
やはり、わたしには高等部が刑務所にしか見えないな。
面接官から『ゆずれないモノはありますか?』と質問され、万の受験者から選ばれた300人の新入生とは、何を基準に選ばれたのだろう。
ゆずれないモノはあるか?
まったくない。と答えたら、逆説的に捉えられて自己犠牲論者に思われた。
悪質なお嬢様モードで社会不適合者に認定された。
社会不適合者の自己犠牲論者だから合格した。
自己犠牲論者で社会不適合者だから合格した。
うん。言い方を変えても犯罪者予備軍と思われてもおかしくないな。わたしならそう思うし。
言い方を面接官が選ぶ、選別対象として分けてみると……
『社会不適合者』と『自己犠牲論者』が合格。
『自己犠牲論者』か『社会不適合者』が合格。
気持ち悪いほど、しっくりくる。……
入学式に、義務教育の時よりも庶民の中に混ざる非庶民が多く感じたし、わたしに嫌悪と焦燥を与えてくれる気配も多かった。
そして貧乏男一条幸太郎。
貧乏男はドリルとの会話でもわかるとおり社交性はある。自己犠牲論者かはわからないけど、庶民とは違う匂いがした。体臭とかじゃないよ。
しっくりくるんだ。……それに、
学力の高い連中が受験しているため、卒業後になんらかのメリットがあるのだろう。
それも、自分の学力に見合った高校に行かないで、他の有力で優秀な大学への道を捨ててまで朝日ケ丘大学高等部を選ぶメリットが。
……メリットか。
卒業後は朝日ケ丘大学へエスカレーターよろしく。
コレはメリットなのか?
いや、考え方を変えてみよう。
将来、大半の庶民の立ち位置を決めるのが学歴。
万の受験者の中、学力が高い連中が受験し入学している時点で、有力で優秀な大学を目指すよりも好条件なメリットがあるはず。
就職先だろうな。……でも、コレは尚早な気がする。
学力の高い連中でさえ選ぶ学校なら、簡単なテストと面接で受かる可能性がある以上、学力の低い連中が殺到する。
筋肉オヤジの話では『ゆずれないモノはあるのか?』だけの質問を重要視しているように言っていた。
偏食すぎる。
学力の低下を生む原因にしかならないし、義務教育でない以上は教育機関として成り立たない。
そして、学力が低下した社会不適合者や自己犠牲論者を朝日ケ丘大学は受け入れる始末。そんな大学からの卒業生を入社させる偏食企業……あるとは思えない。
だが、コレも、社会不適合者や自己犠牲論者を受け入れる朝日ケ丘大学高等部独自の解釈から、見解を変える事ができる。
筋肉オヤジは言っていた。
『入試テストは基本ができているか見るだけだ。もちろん、基本ができていないからといって、『剪定対象』になる訳ではない。誰かさんみたいに、全問不回答でもな』
剪定対象。
学力の高い連中がメリットを感じるほどの餌をぶら下げた朝日ケ丘大学高等部が『ゆずれないモノはあるか?』と問い、返答により『剪定』する。そして優秀な300人が合格。
違う。
万の受験者の中から剪定された……
『社会不適合者』と『自己犠牲論者』が合格。
『自己犠牲論者』か『社会不適合者』が合格。
『ゆずれないモノ』とは、見方を変えると、思想。
その思想の更生か矯正、又は教育が朝日ケ丘大学高等部で学ぶのではないだろうか?
強い思想から剪定される程の人間は、ある意味では中心人物になれる可能性があり、腐敗の中心人物になる可能性を含んでいる。
中心人物になる者として教育し、腐敗を生む中心人物を更生•矯正•教育できれば、朝日ケ丘大学卒業者は『特質した才能だけはある一騎当千の人物』になる可能性がある。偏食企業でなくても、そんな人材を欲しがる企業はある。特に、大企業になるほど各分野のエキスパートが欲しいはずだ。
なるほど、ドリルが筋肉オヤジの事を『宣教師』ではなく『宣教者』と言ったのは、あの強すぎる筋肉自論から師として学ぶモノはないが、者、人としては得られるモノはあるということだな。
朝日ケ丘大学高等部が筋肉オヤジを留年さしているのは正解だ。
社会不適合者を自論で救う宣教者であり、自己犠牲論者をそれ以上の自論で魅了する宣教者なんて、今の不平不満ある社会に出したら、武力のテロがマシに思える程の経済テロが『また』起きる。
あの筋肉オヤジは世界経済に確変を起こした新垣グループ総帥、新垣源十郎時宗のような……
……嫌なヤツの名前を思い浮かべちまった。——嫌悪。
吐き気がする。
お嬢様なわたしらしくない考察だったな。
もうヤメよう。
この世界は、新垣グループと一部の上ランク庶民が創る世界。
庶民は蟻のように働き、生きていける事を新垣グループと上ランク庶民に感謝するべき世界なのだ。
上ランク庶民は庶民万人分の責任と庶民万人分の命を背負い、新垣グループは庶民を背負う上ランク庶民を背負っているのだから。
数字上では、上ランク庶民1人で庶民万人分の値打ちがあるのだ。
同じ命でも、経済的な価値は違うのだ。
そしてわたしは70億人分なのだ。
小さな責任しかなく命の心配を事故と病気しか必要ない庶民の世界はそうやって創られているから、ドヤ顔でのうのうといられる庶民は蟻のように働き、塵も積もれば山となるというように生殖行為に励んで納税製造機を生産しないとならない。
愛ある自由な生産ではないか。
夢が見られる自由な将来があるではないか。
それらに命に危険がまったくないではないか。
新垣グループ上層部や一部の高ランク庶民は、明日に生きている保証はない。
社会的な責任はあるのに命を守られる人権がないのだ。
精子提供者がその上に君臨しているだけで、わたしにも人権はない。
ドリルや筋肉オヤジのようにわたしに関わるなら、その危険は跳ね上がる。
庶民のみなさん。人権って美味しいの?
ミニッツ姐さんやラプター大佐やアパッチ軍曹は大袈裟ではないのだ。
もしドリルが死ねば八王子グループで跡目争いが起こる。せいぜいが株価暴落で何万人かの庶民が路頭に迷うだけだろう。
わたしが死ねば新垣グループ内で跡目争いが勃発し、株価暴落が可愛いぐらいの経済戦争から国同士の戦争が起こるだろう。
庶民が我が物顔でいられる世界は何かの拍子に人権のないお嬢様の世界に変わるのだ。
目先のお金と愛と道楽しか見ようとしない庶民が、
後々の経済的なダメージを考えられない庶民が、
自己満足したいだけの庶民が、
自分の手を汚したくない庶民が、
暗殺者を雇い、わたしやドリルや上ランク庶民の命を狙っている。
だから、筋肉オヤジみたいな偽善者は危険なのだ。
4階建ての朝日ケ丘大学高等部の校舎。
灯りが消える気配がない生徒会室。
筋トレでもしているのかな。
わたしの愛銃なら、ここからその筋肉に風穴を空けてやれますよ。
それがお嬢様の世界です。偽善者様。