ぼっちになりたいお嬢様には喧嘩を売ったツケがある
「お嬢様。ただいま帰りました」
空菱と花菱じいちゃんが帰ってきて、施錠されていたバルコニーの窓が開けられた。
「「「…………」」」
わたし達は2人が帰ってくるまで、春風を、50階のバルコニーで吹き荒れる暴力的な風を浴びていた。
当たり前だが、部屋に繋がる窓が施錠されていたのだ。
一条みたいに『なんでバルコニーに着陸したんだあ?』と言われても『安全圏に一直線で来た』としか言いようがない。
もちろん、スレイプニルで地上に降りようとした。しかし、揚力を得るための滑走距離がバルコニーでは足りなく、何度か試している内に充電が無くなり、馬術競技しかできなくなってしまったのだ。
バルコニーで鎮座しているアパッチ軍曹を見上げていた一条の『免許はねえけど運転はできんぞお』というスキルの公表に歓喜した時もあった。がそれも一瞬のぬか喜び、空菱が鍵と暗証コードを厳重に管理しているのを思い出して地上への行くのを諦めた。
そんなこんなで、空菱と花菱じいちゃんが帰ってくるまでバルコニーで遊んでいたのだが。納得できない事がある。
「どうかされましたか、コーヒー豆畑荒しのお嬢様」
空菱はやっぱり見ていたんだ。
空菱と花菱じいちゃんは、常にわたしとドリルの近くに居る。のが、あたりめえだろお、と一条が言っていた。
たしかに、花菱じいちゃんはドリルが呼べば間髪入れず現れる。空菱は呼んでも来ないけど、わたしの行動が筒抜けで違和感ある時が多々あった。
「空菱、次は勝ちます!」
「…………」
「バハムート計画を赤竜•白竜計画にして赤竜を火炎特化型、白竜をレールガン特化型に……?」
き、教育係様、なんか怒っております?
………………。
…………。
……。
教育係様はリビングへ行ってしまった。
無視、ですか教育係様?
せめて舌打ちだけでもしてほしいのですが……。
「唯衣お嬢様」
花菱じいちゃ〜ん。空菱が無視する〜。怒って〜。
「【黒血を継ぐ魔女】をお遊びで相手してはなりません」
花菱じいちゃんの雰囲気がいつもと違う。もしかして怒っているの?
「あ、遊びじゃなかったんだけど……」
「お遊びでなければ、暗殺者に挑むという愚行はいたしません」
「花菱じいさん。俺の判断ミスだあ」
「そうですね。【黒血を継ぐ魔女】の気配から『不利になれば唯衣お嬢様を逃がせられる』と、ご自分の力量から判断されたのは護衛として大きなミスです。しかし、私や空菱が【黒血を継ぐ魔女】の情報を一条君と共有するのをおろそかにし、彼女の行動に起因する旦那様の行動を把握していなかったのがそもそもの原因。そんな中、唯衣お嬢様を第一に考え、沙織お嬢様を盾にしながら逃亡しようと行動に移せたのは最適な判断です」
「いや、八王子も、と欲張って躱そうとしちまったから、俺は本当の意味での優先順位に従いきれなかったあ」
チッと舌打ちすると、
「都合よくククリ刀は撃ち落とされるしよお。悔しいが、アレは明らかに遊ばれていた。【黒血を継ぐ魔女】はひよこちゃんがいたから、八王子にククリ刀を投げられただけだあ」
「いえ、【黒血を継ぐ魔女】は一条君が優先順位を理解しているとわかったから、犠牲の上に立ち続けなければならないワンランク上の護衛にしようと、沙織お嬢様を狙ったのです。彼女は暗殺者。その技術は磨き上げられた宝石よりも美しく、あらゆる武力を上回ります。そんな暗殺技術を遊びでは……〜」
んっ?
花菱じいちゃんの言葉が止まったぞ。
どうしたんだ?
「花菱。どうされましたの?」
「宝石よりも美しく、あらゆる武力を上回る暗殺技術を遊びで乱用してるんだろ」
「マジか。暗殺技術なんて普段なにに使うんだ?」
「俺の場合は昼飯代を浮かせるために反新垣派から飯をパクってる」
「ゴホン……」
花菱じいちゃんは咳払いすると、
「問題なのは、沙織お嬢様は世界一の椅子の防御力に過信し、唯衣お嬢様はご自分が獲物だという自覚なく【黒血を継ぐ魔女】に油断しながら挑んだのが問題です」
「「「…………」」」
ごまかすように咳払いして逸れた話を戻したのをツッコミたいけど、真面目に聞いてないと本気で怒られそうだ。
花菱じいちゃんの言葉に間違いは無いのだ。
勝てない相手に挑み、勝てないとみるや逃亡。それは自分達の手札を見せただけの遊びになる。命を狙う者に対して命を狙われる者がする行動ではない。
どんな理由があっても、世界一の椅子にどんな武力や防御力があっても、【黒血を継ぐ魔女】と対峙しないのが最高の防御方法なのだから。
「【黒血を継ぐ魔女】の狙いはコーヒー豆畑でした。幸か不幸か、唯衣お嬢様の行動に【黒血を継ぐ魔女】は呆れ、今後の教訓にするように教授をしてくれました」
「教授とはどういう意味ですの?」
「コーヒー豆畑という人が隠れるに適した場所は、罠を仕掛けるに都合良く、木陰に隠れながらの遠距離や中距離からの狙撃など、暗殺者が多数で仕事をするのに適した環境なのです。今回、【黒血を継ぐ魔女】ではなく、多数の暗殺者が潜んでいたら、3人は死んでいたという事です」
「【黒血を継ぐ魔女】みたいな異色な暗殺者なら俺たちのお遊びに付き合ってくれんけどお、暗殺者は弾丸1発ナイフ1刺しが基本だからなあ。お遊びでも、暗殺者とは対峙すんなあつう事だなあ」
「はい。正確には、闘う事ではなく守る事。【黒血を継ぐ魔女】は『殺人術とは相手に殺されないための技術』だと実践から教えてくれたのです。沙織お嬢様が犠牲になれば、殺されないための技術をおろそかにしたツケだ、と唯衣お嬢様と一条君の深層心理に植え付けることができたという事です。覚えておいてください。相手を殺すための技術が必要なら引き金を引く力だけあれば良いだけですが、相手に殺されないための技術は自分自身が自分自身を理解しなくてはならないという事を」
殺人術は相手を殺すための技術ではない。
相手を殺すだけなら武術など必要なく、引き金を引く力があるだけでいい。
簡単な答えだ。
一般的に解釈されている殺人術は弾丸1発で成立するのだ。グングニルやエクスカリバーならボタン1押しでいいのだ。修行は必要ない。
必要なのは知識と知能、そして今回のような、命を天秤に乗せたお遊びをしないようにするための精神修行。
自分自身が自分自身を理解しなくてはならない。
殺人術は相手を殺すための技術ではなく、自分の命を守る技術なのだから。
「一つ、3人に知っておいてもらいたい事があります」
「「「?」」」
花菱じいちゃんの表情が普段みたいに柔らかくなった。
どうしたんだろうか?
実は【黒血を継ぐ魔女】を追い込んだ事を褒めたかったのかな?
もしかして、ちゃんと怒ってから褒めた方がいいという飴と鞭作戦?
「今回の唯衣お嬢様の行動は【黒血を継ぐ魔女】から見れば喧嘩を売られたようなものです。狙う側の暗殺者が狙われる側の獲物に喧嘩を売られた事になります。このまま黙っているほど【黒血を継ぐ魔女】は甘くありません」
「上等だ! ぶっ殺して……!」
殺気!?
リビングの中から殺気が!!
教育係様、ごめんなさい!!!
「に、逃げ回って、やりますのことよ」
「はい。【黒血を継ぐ魔女】は唯衣お嬢様と花道様にプレゼントを用意すると言っておりました。そして、最大レベルの警戒態勢にしておけ、と」
「最大レベルの警戒態勢でいろだと! どんなプレゼントかわからんが調子に乗ってんじゃねぇぞ! こちとら毎日毎時間毎分最大レベルの警戒態勢……!」
殺気!
リビングの中から殺気が!!
教育係様、ごめんなさい! 最大レベルの警戒態勢ではなかったですたい!
「ではなかったから、明日から本気だす!!!!」
「バハムー……赤竜•白竜計画を迅速に進めなくてはなりませんわ」
「花菱じいさん。この2人は反省という言葉を知らねえみてえだからよお、情報の共有と拘束技術の教授を頼むわあ」
「はい」




