全てを守りたい御曹司の挫折
学校内に潜んでいた暗殺者はひよこ女史が非人道的に捕まえてくれた。
そして、抗争した生徒の教育を任せると校長がひよこ女史に依頼した以上は、乱闘騒ぎを起こした新垣派と反新垣派への特別授業は生徒会長でもどうする事もできない。
枡田と麻生、助けてくれという表情を向けられても、自分達の責任の重さを自覚していなかったお前達が悪い。自業自得だ。たぶん、人権のないひよこ女史が人権のない暗殺者を利用した教育は、トラウマレベルの惨劇だと思う。なんとか乗り越えてくれ。
————————
——————
————
——
ひよこ女史は体育館で特別授業をやっているため、1年J組の5時限目と6時限目の授業は自習時間になった。
俺は妹から離れられず図々しくも教室に来てしまった。
妹に邪険にされたが、気を使ってくれた一般生徒が『生徒会長の筋肉の育て方を学びたいです』と言ってくれた事で妹は何も言えなくなり、俺は筋肉授業をする事になった。
筋肉授業と言っても難しい事は一つもない。筋肉が語り、教えてくれるだけだ。その語り方を口頭で説明し、どの筋肉がおしゃべり筋肉かを黒板に書いているだけだ。ちなみに、初心者でも語ってくれるおしゃべりな筋肉は胸筋と上腕二頭筋だ。
妹は筋肉授業に興味を見せず、八王子と一条も興味が無いと言うように正面を見ないで妹の方を向いている。注意するところだが、今は自習時間。俺の筋肉授業は授業と言ってるだけで、学校の授業ではない。妹を注意しても、自習時間に筋肉授業をやっているのは生徒の自主性を邪魔をしている、と言われてしまう。ここは俺の方がおとなしくしないとならない。
妹等の会話に耳を傾けながら、筋肉授業をしていく。
やはりと言うべきか、三人の中でまともな事を言ってるのは一条だった。
一条の育ちは異色だが、良識はある。その良識は一般的な環境で身に付いたモノではなく、客観的な視点から学んできたモノかもしれない。だが、生徒会の会計に抜擢できる程の観察眼があり、知識の使い所を間違えない知能は高校生という枠には収まらない。
5時間目は終わり、6時限目が15分ほど過ぎると、活発そうな男子2人と気が強そうな女子が教室へ入ってきた。
他の生徒が戻ってこないという事は、1年J組でひよこ女史の特別授業を乗り越えたのは3人だけのようだ。俺は、この3人を知っている。妹のクラスメイトを決めた時に名簿を見て知ったわけではない。空菱さんから贈っていただいていた妹の写真や映像の端に3人はいたのだ。幼稚園、小学校、中学校と。
彼等は、妹が自分達を拒絶している事を知っている。言葉や態度で何度も拒絶されているだろう。それでも、彼等は『新垣唯衣が朝日ケ丘大学高等部に入学するなら進学を希望します』と面接官に言い、この場にいる。新垣派という枠に入れればそれだけなのだが、彼等は新垣派の中では異色。八王子と同じ新垣唯衣派と言っていい。
そして、妹の前、一条の隣の席にいる気弱そうな女の子も、新垣唯衣派だと言える。しかし彼女は、新垣派に数えられているわけではない一般生徒。妹は覚えているかわからないが、幼い頃に八王子と同じか以上に仲良くしていたのだ。
妹の席の回りには、俺の独断で、妹を慕う連中にした。今はまだ会話はぎこちないけど、妹が仮面を取る時が来たら……、
「んっ?」
ポケットの中に入れてあるタブレット式携帯情報端末が振動する。端末を出して画面を見ると枡田と麻生からのメールだった。
『生き残った連中とジムで己を鍛えます。枡田』
『生徒会室で特別授業の復習します。麻生』
と書かれている。2人は乗り越えたようだ。他の生き残った連中は誰だろうな。
ふと、視線を妹に戻すと、
(どうしたんだ!?)
後輩達の成長に気を逸らしていたら、妹が哀しい表情になっていた。
「————1年…………わたしには長い時間だな。生きているかもわからない」
その言葉に、思わず、教卓を叩いて壊してしまった、その時。
「頼りないですが、姫様を絶対死なせません!!!!」
「命をかけて姫様を守ります!!!!」
「そんな事言わないでください!!!!」
3人が妹に力強い言葉を送るが、妹の表情はますます暗くなる。
暗くなるな。3人の力強い言葉に嘘はない。頼りない者達は犠牲者なると考えるな。
確かに、空菱さんや花菱さんは強い。心強いかもしれない。だが、頼りない者達はお前の心を強くしてくれる。暗くなる必要はないのだ。お前が上を向くだけで、3人はもっと強くなる。そして、もっと強くなるまで、その心を守るのは、
「俺は死なん! 俺が3人を、一条や八王子を、みんなを、お前を守る! 死なない俺が守る!!!!」
「うるせえ! 100年戦争について語ってんだ! テメェは黙って筋肉授業でもしてろ!」
俺はまた妹を怒らせてしまった。
一条に妹が正しいと言われた。
ひよこ女史に自分の甘さと妹の心を教えられた。
八王子が、俺を呆れるように見ている。
俺は、情けない兄だ。情けない先輩だ。情けない弟子だ。
妹の顔を見られない。俺は15年間も何をしてきたんだ。こんなにも脆弱だったのか。情けない情けない……。
気がついたらコーヒー豆畑にいた。
教室を出たところまでは覚えている。そのままコーヒー豆畑に来たのか、学校内を彷徨いていたのかわからない。
「俺は、なんて弱い男なんだ」
母さんなら、妹に愛を教えられる。
父さんなら、妹に守る強さを教えられる。
俺は、兄として妹に何も教えてあげられない。
母さん、俺にも愛を教えてほしい。
父さん、もっと守る強さを教えてほしい。
4歳までの記憶だけでは、俺は妹に何も教えてあげられないんだ。
コーヒー豆畑に屈み込み、空を見る。
同じ空の下に父さんと母さんがいる。
同じ空の下に妹がいる。
15年間、何度も、何度も、何度も思いを空に向けて神様に祈っても、俺の願いは届かなった。
俺の願いをかなえたのは、時間。
やっと同じ空の下、手の届く位置に妹がいるんだ。
神様ではかなえる事のできない俺の願いに、15年も時間がかかったんだ。
でも、空を、上を見るの、少し疲れたな。
『ゆっくり眠りなさい。唯衣は私が見てますから』
母さんの声だ。
優しい母さんの声だ。でも、母さんではない。
ひよこ女史のいたずらだ。
でも、ありがとうございます。
————————
——————
————
——




