ぼっちになりたいお嬢様の夜遊び
「レンタルビデオ店。時代は変わり、レンタルDVD店と言えばいいのか?」
わたしが見上げているのは、外壁に【YATSUDA】と店名を貼り付けたコンクリート造りのDVDレンタル店。駐輪場の1角に宝くじ屋が併設されている。
宝くじ屋のおばちゃん。オーバル型の乗り物は珍しいかもしれませんが、微笑ましい表情をするのはヤメましょう。
とりあえず、わたしの目的は宝くじではなく、DVDのレンタルだ。
……ドキドキ。
実は、DVDレンタル店、初来店なのだ。
おっ……自動ドアが、開いた。
いや、自動ドアは自動で開くんだけど、なんとなく雰囲気を出した方がいいかなと思いまして。
店内は明るいですな〜。
小説コーナーに漫画コーナー、週刊誌コーナーに……って、あれ?
ど、ど、ど、どうなってる!?
「DVDのレンタル店に入ったのに本屋なんですけど!」
んっ?
何を見ている、庶民女子!
コンコンとオーバル型の特殊ガラスを叩くな、エプロン庶民!
「申し訳ありません。乗り物での来店はお控えいただきたいのですが」
「これは車椅子です」
お嬢様スマイルを1つ。
嘘は言ってないよね?
宇宙に行ける車椅子だけど、ジャンルは車椅子だから嘘は言ってないよね?
「車椅子、ですか?」
「はい。車椅子です」
「言われてみれば車椅子のような」
ちょろいな、庶民!
「わたくし、DVDのレンタル店に入ったと思いましたが、本屋になっております。本を購入すればDVDをレンタルできるのですか?」
「……?」
マジで言ってるんですか? て顔するのをヤメろ、庶民!
そのお下げ髪を引きちぎってぶん投げるぞ、庶民!
「レンタルコーナーは2階になりますが。当店にはエレベーターが無いので……」
「そのお嬢様は俺に任してくれ。ポスを頼む」
庶民女子の後ろに庶民男子が来た。
「一条君の知り合い?」
「同じ学校なんだ」
ドリルに生活費をむしり取られた貧乏男、一条幸太郎ではないか。
学校の時より言葉使いが柔らかい気がしますが?
庶民女子はどっかに行く。
ポスってなんだろ?
とりあえず一条も悪人顔のくせにエプロンしてるからバイトだな。
「DVDを借りてえのか?」
おっと、言葉使いが学校の時みたいに気怠く吐き出す感じになりました。
その口調はドリルにならいいけど、帝王でありお嬢様なわたしには無礼千万だぞ、庶民!
そんな無礼千万な一条にも、帝王でありお嬢様なわたしは譲歩しないとならないんだけどな!
「はい」
「何を借りてえんだあ?」
「屋久杉の成長観察あたりがありましたら」
「あるわけねえだろ」
………………?
…………?
……?
あるわけないの?
「それではカイワレダイコンの成長観察を」
「ねえよ」
「アスパラの成長観察は?」
「品揃えが悪いつうわけじゃねえから気を悪くすんなよお。お前が今言ったDVDはどこのレンタル店を探してもねえんだ」
マジ?
だってドリルは持ってるよ。
「邦画とか洋画は見ねえのかあ?」
「映画は見ます。将来有望な少年を産む母親を自軍にスカウトするため、殺人アンドロイドAlois-800と反アンドロイド軍の兵士カナリ•イースが過去に時空間移動し、庶民を巻き込んで闘う。という近未来SFならまた見たいです」
「そのシリーズは映画だけで8作、ドラマは結構な数が出てるなあ」
「全てください。……?」
なんですか?
お前バカだろって顔するのをヤメてもらえます?
「映画なら1作約2時間。ドラマなら1話1時間。たぶんドラマは30話ぐらいあるから映画とドラマで約46時間。レンタル期間は最長1週間だけどよお、ひきニートなみのひきこもり力がねえと見れねえぞお」
無礼者!
ぼっちに定評のある帝王でありお嬢様なわたしが庶民ひきニートに劣るわけないだろ!
1日7時間。家ではドリルがいないとDVDは見られないけど、授業中に見れば1週間で足りる。
「見られます」
「レンタルだから他の客も借りるんだからよお、全部見られなくても1週間以内に返せよお」
なるほど。庶民は1枚のDVDを買えないから、1枚のDVDを低価格でレンタルしないとならない。
なるほどなるほど。
塵も積もれば山となるという言葉があるとおり、庶民は微々でもお金を落とさないと庶民的な経済は不景気なままなのに、自己保身レベルの高い庶民は娯楽の向き先を外出からインルームにしてお金を落とさない。
そんな不景気の中でも庶民にお金を落とさせるレンタルシステム。考えた人は天才だな。
んっ?
このレンタルシステム……。
お嬢様には問題有りだ!?
庶民はDVDを購入できないからレンタルするしかないのだ!
DVDを購入できる上ランク庶民やお嬢様なわたしがレンタルしたら、庶民の中でできあがっているレンタルという循環を止める行為になる。
コレは庶民に譲歩しない行為!
空菱に怒られる!
なんでわたしは今の今まで気づかなかったんだ!?
「レンタルではなく売ってください」
「購入?」
「DVDを買えない庶民でレンタルするという循環ができているのに、DVDを購入できるわたくしがレンタルするのは循環を止める行為。わたくしは許容できません」
「お前よお、レンタル店に何しに来たんだあ?」
バカを見るような顔するのはヤメましょう。
わたしも言っててバカとしか思えませんけど、そういう顔は人に向けてはいけません。
「今、気づきました」
「……〜」
ため息を吐くのヤメましょう。
めんどくさい相手にも笑顔と丁寧な言葉使いが接客業の基本です。あれ、一条は最初から笑顔ではないし言葉使いも汚いぞ。お客さんだと思われていないのかな?
「中古になるけど販売コーナーもある。欲しいのがねえかもしんねえけど、見に行くかあ?」
「はい」
「2階なんだけどよお、その非常識な椅子は階段を登れるのかあ?」
余裕。
学校の階段を疾走したからね。
操縦桿を握り、いい具合に操縦して世界一の椅子を階段に向ける。
操縦桿を前に倒して世界一の椅子を前進させる。
4本の車輪は四つ足で歩くように動き、階段を登っていく。
「大丈夫です」
「金持ちってよお、非常識だよなあ」
八王子グループが作った椅子だから八王子グループが非常識だよ。
わたしは生活費の五百円玉をむしり取るような非常識はしないから、常識人。
「ここが販売コーナーだ。お前が探しているシリーズ物は…………」
2階のフロアには規則正しく棚が並び、DVDが大量に陳列されている。
庶民はこの中から1枚のDVDを探しているのか?
無謀だろ。
何考えているんだ。
時間は有限と言われている時代なのに、探す時間を無駄に感じないのか?
「おい。映画【ターミゲート】の殺人アンドロイドVS兵士カナリ•イースから殺人アンドロイドVSヤクザまでの8作とドラマ30作が全部あったぞ。何故か、新品でな」
「運が良かったようです」
「……。運、なのか?」
「はい」
帝王であるわたしの運は計り知れないのだ、庶民!
「全部でいいんだなあ?」
「はい」
「会員カード作ればポイントが入るけどよお、作っていくかあ?」
「お願いします」
会員カード?
よくわからないけど、ドリルが世界一の椅子にカードを登録すれば便利みたいな事を言ってたから作る。
貧乏男一条幸太郎は商品棚から【ターミゲート】全作を手に取り、庶民が作る列へと歩を進める。
「どうかされました?」
「順番待ちだあ。見てわからねえのかあ?」
「これが順番待ちですか」
「見てわからなかったみてえだな。ちなみによお、周りに溜まってんのは、非常識な椅子が珍しいから見てるだけだあ」
周りに?
なんかいっぱいいるな。
子供庶民、ベタベタ触るな! 叩くな!
お嬢様スマイル。お嬢様スマイル。お嬢様スマイル。
疲れる。疲れる。疲れ————んっ?
あのヨレヨレの背広を着たオッサン……。
——背広のボタンを外した。
——あらあら。
——ソレを隠すためにサイズの合わない背広を。
——セミプロにも劣る素人丸出しではないですか。
でも……。
はぁ〜……もう〜……。
こんな所でヤメろよな。
庶民に被害が出たり、愉快犯と勘違いされたら、警察に捕まった後は法律に裁かられるんだぞ。
——おっと、懐にあるのではなくナイフを出しましたか。
——マジで素人だな。
——出すタイミングも早いし。
仕方ないなぁ。
依頼を受けて仕事をするプロやセミプロの暗殺者ではないかぎり、暴漢レベルの素人は庶民。庶民なら、お嬢様は譲歩しないとならない。
「一条さん。わたくし帰ります」
「やっぱりなあ」
「急用ができました」
「まぁあぁ〜〜アレだあ。店員が接客してお客さんがDVDを購入してくれるとよお、バイト代に売上の何パーセントか入るんだよなあ」
小銭よりも命です。
「お嬢様は買いに来ただけかもしんねえけどよお、お嬢様を接客したから、俺にお金が入るんだよなあ」
そんなに小銭が欲しいのか?
違うな。
わたしが買うと言ったから一条はDVDを探さしてくれた。理由を言わずに帰ると言われたら、焦燥するのは当たり前だ。
お嬢様の世界を知らない庶民にしてみれば、お嬢様のワガママが始まった状態だ。
でも、このままではマズい。
貧乏男一条幸太郎や子供達を巻き込んでしまう。
「お金が入るのによお、今、お嬢様に帰られたら困るんだわなぁ、オッサン!!」
吐き捨てると同時に、シリーズ物のDVDを全作持ったまま、背後に迫っていたヨレヨレの背広を着た暴漢の顎へ回し蹴りを放つ。
ゴキリッと鳴るのは顎が外れた音か歯が砕けた音か。
暴漢は不意な衝撃に握っていたナイフを落とし、両足を中空へ浮かせる。
それだけで、一条の回し蹴りにどれだけの威力があるかが予想できる。
一条の身長は高校生男子の平均よりも低い。撫で肩で見た目から筋肉質でもない。にも関わらず、頭2つ分は高い暴漢の顎先に回し蹴りを炸裂させ、両足を浮かした。
そして、衝撃を全て一点に集中させた証拠に身体の芯には一切のブレがなく、落ちそうになるDVDの束を掌を軽く動かすだけでバランスを取る。
身体能力と戦闘技術からの威力、そして暴漢の気配に気づいていた感の良さは、お嬢様の世界から見てもセミプロレベルと評価できる。
お嬢様なわたしは思わず、
「あっぱれ」
と非常識にも言ってしまった。
キキィンと刃先から地面に接触したナイフが綺麗な音を鳴らす。
周りにいるお客さんは一条幸太郎の急な回し蹴りに驚き、地面に落ちたナイフを見て驚愕する。
庶民店員や庶民客が悲鳴を挙げる。
その悲鳴は暴漢と一条幸太郎どちらに向けているかは判然としない。
しかし、情けないものだ。
わたしの周りにいた子供達は、絶句するか悲鳴しか挙げられない大人達とは違い、世界一の椅子の後ろに隠れている。
子供達。こんな椅子に座っていますが、わたしは正義のヒーローではないし、ましてやフリーザ様でもない、お嬢様です。
んっ?
子供達がこれでもかってぐらい世界一の椅子第三形態に張り付いてるぞ。
…………。
逃げられなくなった!!
まぁいいか。とりあえず——
素人の喧嘩、スポーツ選手の試合だと、これで終わる。
nextは野次馬が止め、審判が止めるからだ。
だが、お嬢様の世界には野次馬好きな庶民が入られるような遊びはないし、審判もいない。
「動くな、庶民!」
わたしは暴漢へ歩を進めた庶民男性に怒鳴る。
調子にのるな。いいカッコしたいだけの馬鹿庶民が。
ナイフが落ちてるからもう大丈夫だ。ここは俺が良いところを見せてやる、と思ったのか、馬鹿庶民。
油断すれば命を失うのが、お嬢様の世界。
一条幸太郎、お前はどうだ?
next。
合格だ。
一切の油断がない。
違う。
口元をニヤつかせた一条を見る限り、お嬢様の世界では定番アイテムになっている黒光りした硬いモノを待ち望んでいた節がある。
一条は調子にのりたい馬鹿庶民や暴漢のような素人ではない。
「おいおい、オッサン」
汚く吐き捨てるように言うと、口元を吊り上げ、
「DVDの売上から何パーセントかじゃバイト料としては安くなっちまうじゃねえかあ」
尻もちを付いた暴漢は床に落ちたナイフには目もくれず、右手を懐に入れる。
その瞬間——
不作法な蹴り。何の武術の心得も見受けられない喧嘩キックが暴漢の右手首に炸裂。
ゴキリッと不快な音が店内に響く。
暴漢の呻き声は喧騒に消された。
先ほどの鮮やかな回し蹴りとは大違いだな。
暴漢。ここからが本番だぞ。
もちろん、自分が殺られるという事もわかっていて、ナイフとソレを手にしたんだよな?
人殺しの道具を持っていて、ソレを人に向けたんだから、わかっているよな?
10カウントや骨が折れた程度で、勝負は付いた、と思えるのは庶民だけだぞ。
わかっているな、一条幸太郎。ここからが本番だ。
next。
暴漢はヨレヨレの背広から右手を出す。
指に引っかかっている自動拳銃がガチャリと地面に落ちる。
左手を伸ばすが、自動拳銃を一条に踏まれ、拾われる。
「……〜!」
おっ!
暴漢さん。命乞いではなく舌打ちですか。
あなた、お嬢様の世界を知らない素人ではありませんね。かと言ってセミプロでもありませんけどね。
「ナイフに自動拳銃かあ」
一条は、手慣れた手つきで自動拳銃の弾倉を取り外し、装填された弾薬を薬室から輩出させると、知恵の輪をバラすように自動拳銃を分解……て、おい、カチャガチャバラバラと分解しすぎだ。
部品に変わり果てた自動拳銃は、一条の手に弾倉だけを残して、暴漢の目の前、床に散らばる。
更に一条は、手に残った弾倉から弾薬を右掌に出して握り込むと、そのまま右手を暴漢の頭上にやり、ボタボタと落としていく。
「オッサンをぶっ殺しちまっても、か弱いアルバイト店員は、正当防衛を主張できるなあ」
暴漢、相手が悪すぎたな。
一条はきっちりと自分のできる仕事だけをこなすセミプロだ。依頼主の悪辣な要望に応えられるプロでなかったのが救いだったと思いなさい。
一条はオラッという怒声と同時にナイフを拾おうとした暴漢の左腕につま先蹴りを放つ。
ポキィン! と鉄琴を叩いたような高い音が鳴ると、間髪入れず、一条は折れた部分を踏む。
暴漢の絶叫と女性の悲鳴が重なる。しかし、ナイフから手が離れたのを見た女性の悲鳴はピタと止まり、口に手を置いたまま一条幸太郎と暴漢を戸惑いながら見る。
それが庶民の目だ。
庶民が我が物顔でいる場所は、次の瞬間にはお嬢様の世界に変わる。
庶民のいる世界は、一部の高所得者がいるから保たれている世界であり、一部の高所得者はこのお嬢様の世界を常識にし、日常にしている。
意味がわからないよな。
人権人権と口でほざけられる庶民にはわからないんだ。
人権だなんだと言えるのは幸せだな。
悲鳴を挙げて何か解決しましたか、庶民。
一条幸太郎の狂気を思わす表情に喉を詰まらせていますが暴漢が可哀想ですか、庶民。
ナイフがあなたのお腹に刺さっていたら?
弾丸があなたの愛する人の肉に抉りこんでいたら?
庶民の皆さん。ナイフが自分に刺さり、弾丸が大事な人を抉ってからでないと、暴漢という意味を理解できませんか?
その場の都合や感傷でしか人権を計れない庶民の皆さん。
加害者、被害者の区別ができない庶民の皆さん。
自分達の精神衛生上の都合で後日談を作る庶民の皆さん。
美談に酔いたい庶民の皆さん。
歯や骨が砕けて血だらけになっているヨレヨレの背広を着た不幸顔の中年男性と一条幸太郎、どちらが被害者ですか?
過剰防衛とか言い出すのが庶民ですね。
自分が被害者じゃないから言える戯言ですよ、偽善者のお馬鹿さん。
あなた達庶民はヨレヨレの背広を着た暴漢の見た目に理由を付けて美談にするでしょう。
キレた少年という事で一条幸太郎を加害者にするでしょう。
暴漢がナイフや自動拳銃を向けていた事など、もう忘れているでしょう。
それがあなた達、庶民、です。
現実を見ろよ。
一条幸太郎はお嬢様なわたしの近くにいたからナイフで刺されそうになり、自動拳銃で撃たれそうになった。
これが現実だ。
自衛行為だと判断できないか、庶民?
過剰防衛だと言ってたら、肉から突き出した骨で心臓を刺されますよ?
それをやってくるのが、人間です。
庶民はあり得ないと言いながら鼻で笑うでしょうけど、ほら。
「がああああ!」
あり得てしまいましたよ、後日談好きの庶民さん。
暴漢は大口を開けて、一条の首根っこに嚙みつこうと飛び上がる。
美談好きの庶民さん、一条はコレで殺られたら良いですか?
まぁ、庶民さんには懇切丁寧に説明しても、理解しないでしょうね。
人権人権と偽善者丸出しに嘯いていたいから、理解したくないんですよね。
一条は暴漢の口に容赦のないつま先蹴りを放つ。
歯と血を中空に散らしながら倒れる暴漢。
一条は暴漢の右足首を踏む。
一条は暴漢の左足の膝を蹴る。
一条は腿を、一条は脛を、一条は胸を、一条は腕を、一条は——一条は——一条は————暴漢を蹴り続ける。
それら全ての蹴りは、手に持つDVDの束を崩さず。
それら全ての蹴りは、ポキィンパキィと高い音を鳴らしている。
暴漢の絶叫と混ざる高い音は、なんだ?
庶民、お前達は女が目の前でレイプされていたら助けるか?
正義感ぶるな。
お前等は、今、一条幸太郎と暴漢の『両方を止めていない時点』でレイプに参加する側の庶民なんだよ。
もう一度聞く。
暴漢の絶叫と混ざる高い音は、なんだ?
人間という楽器を使った音色だと思わないか?
レイプされてる女の喘ぎ声と何が違う?
青ざめる庶民さ〜ん。少年犯罪と後から嘯くなら止めてくださーーーーい。
えずく庶民さ〜ん。美談にする前に今やる事ないですかーーーー?
震える庶民さ〜ん。そんなに後日談にしたいんですかーーーー?
お前等は偽善者だから、後日談や美談にしたいから、誰も止めないんだ。
止められない、じゃなく、庶民さんは人の不幸を美談や後日談にして楽しみたいから、止めないんですよね?
子供達の方が理解してますよ。
大人達は脳内で一条の犯罪談と暴漢の美談や後日談を妄想している最中だってのに、子供達はコンコンとオーバル型の特殊ガラスを叩いて「お姉ちゃん、お兄ちゃんは悪いヤツ倒したよ」って。
呆れてしまうな。
この子供達もいつかはああいう大人になるんだよな。
そうでないと精神衛生上の都合で生きられないんだよな。
そんな庶民だから、お嬢様なわたしと関わってはならないし、わたしは庶民に譲歩しないとならないから、ぼっちでいる。
「一条幸太郎。わたくしは満足しました」
ごめんなさいね。
わたしが浅はかだったのです。
わたしが家に帰らなかったから起きた、現実ですから。
誰かの責任にしたい庶民の皆さんは、ご遠慮なくわたしの責任にしてください。
ナイフや自動拳銃を持っていた暴漢という犯罪者を目の前にしても、暴漢を被害者だと認識してしまう、庶民さん。
「まいどあり。お嬢様」
膝上まで血で染めたジーパン。返り血で汚れたエプロン。非日常の中の日常で、生ある人間を楽器にして独奏会を開催した演奏者は、平然と血溜まりに立つ。
「ご苦労様です。後の処置は悪いようにはしません」
「何が悪いようにだ。これだから金持ちは非常識なんだよ。ナイフや拳銃を向けてきたオッサンから殺人事件を阻止したんだ。常識ある人間なら罪にならない事ぐらい理解できる」
ナイフを投げて子供に刺さったら?
弾丸が放たれ子供に当たったら?
暴漢が子供を人質にしたら?
ソレを防ぐのを自衛行為だと理解できないのが庶民。
そして、子供が撃たれ刺され人質になったら、それこそ美談と後日談に花を咲かせるのが庶民。
「そうですね。常識ある人間なら理解しますね」
「まぁアレだ、世間的にはか弱い庶民の正当防衛でも、店としてはここまでやっちまったらクビだけどなあ。ここでの最後の仕事として、お嬢様が購入するDVD分の割り当ては貰っとく」
非日常の中の日常で平然とする一条幸太郎は、庶民ではない。
でも————
「会員カード作るのに身分証明とかいるんだけどよ、あるか?」
「わたくしが身分証明です」
「めんどくせ。ポイントは俺のカードに入れる。お嬢様を狙ったオッサンを沈めてやったバイト代だ、いいな?」
————一条幸太郎は庶民みたいに装う。
そんな男に対してお嬢様のメッキは、必要ない。
「店ごと、お前にくれてやってもいいぞ?」
「お嬢様らしい言葉使いになったじゃねえかあ。その方が好感持てるぜ」
「お前も、こっちの世界の方が活きているぞ、庶民」
「庶民でねえよ。庶民以下の貧乏人だバカヤロウ」




