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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
血の轍
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無意味な言葉

「大したことはない。風邪をこじらせただけだ」


泡立つ血を唇から拭いながら、格好つける王女に俺は見とれそうになる。が、気を取り直して迅速に動く。


イリスが血を見ないように俺の服を血の上にそっとかけた。ヒロコを座らせ、弱った体を後ろから支える。


「今日が初めてじゃないな? いつからだ」


「血が出るようになったのは十日ほど前かな。面倒だから黙っていた」


ヒロコは重篤な症状を忘れたように、言い切る。


俺を頼ってくれとは言わないが、そんなに信用がないのか。結構長く一緒にいるのに情けない。


「風邪こじらせたとか嘘だろ。なんでそんな嘘をつく。そんな自分勝手な奴と旅なんか続けられない。村に戻るぞ」


「断る。もうその話は済んだはずだ」


俺はヒロコを無視して櫂を握り、元きた航路を辿ろうとし始めた。


「やめろと言ってるだろう!」


無我夢中のヒロコに手を叩かれ、櫂は水中に没した。


「付き合いきれない。俺はもうこの旅を降りる」


俺はヒロコに背を向けて、どかっと舟の底に腰を下ろした。ヒロコがどうしてここまで強情になるのか俺にはわからない。医者じゃなくても、ヒロコが衰弱していってるのが一目瞭然なのだ。どんな病気か知らないが、もう猶予はない。


「お前、どうせあれだろ、叔父さんに怒られるのが怖いんだろ」


「……」


「一緒に怒られてやるよ」


「……」


「俺、お前が死ぬの嫌だわ」


弱々しい声で俺は言った。頭を抱えながら。


何でそんな素直な言葉が言えたのか、後になってから絶対後悔しそうだ。でも今言わないともっと後悔すると思って口にした。


「嫌なんだ」


力強く繰り返した所で、届かないってわかっている。ヒロコと一緒にいると、言葉は無意味なんじゃないかと思うことがこれまで何度もあった。生まれた環境も違うから仕方ないと諦めかけてたけどそれじゃ駄目なんだ。


「お前が勝手するなら俺もそうする。お前は絶対死なせない」


ヒロコは舳にもたれてうなだれている。聞いてないのか。聞こえてないのか。どっちにしろハテナイに引き返す。俺がムショにぶち込まれようが、構うもんか。


「待ちな!」


川中に響きわたるような活の入った声に、俺の体は硬直した。誰だ。目に入るのは木々と暗い水の色だけなのに。


「あんたの頭ん中に直接話しかけてる。その子、あたしの所に連れてこないと死ぬよ」


俺はどう返事をしようか迷った。相手が敵か味方かとっさに判断しかねた。


「もたもたしない! その子が大事なんだろ? 薬を煎じて待ってるから早く連れておいで。丘の上の神殿にあたしはいるから」


「あ、あんた、まさかタマって人なのか?」


「そうだよ、タロウ=オオツダ。ヌイーダから話は聞いてる。お前にとっても、大事な話がある。急いできな。返事は?」


タマというのはアテナの師匠にして、これからイリスがお世話になる予定だった人だ。だが妙なことがある。この声の主、かなり年若な印象を与えるのだ。


「早く返事をしなよ! あたしは時間を無駄にする奴が嫌いだよ」


激烈な雷のような声が俺の脳を揺さぶる。姿なんか見えないのに、威圧感がある。俺こういう人苦手だ。煮えきれない返事しかできない。


「あ、はい。ただいま向かいます。でも櫂を落としちゃって」


「それなら心配いらないよ。ここいらはあたしの庭みたいなものだから。しっかり掴まってな」


突如、小舟が動き出し、水面を滑るように発進した。激動にあらがうように、俺たち三人は鎖のようにしっかり手を握り合い、吹き飛ばされないように懸命に堪えた。


俺たちだけでなく、舟も水面を叩く激しい振動で木っ端みじんになりそうだった。イリスは水を飲んでしまったらしく苦しげにむせる。ヒロコも全身ずぶ濡れで目を閉じこの試練が早く終わるように祈っていた。


対岸に近づくたび、周囲の景色が徐々に寂しくなり始める。あれ、これどうやって止まるの。


「皆、ショックに備えろ!」


俺が言い終わるか早いか、舟は岸に乗り上げ停止した。疾走の反動は驚くほど小さく、本当に俺たちは川を渡ったのだろうかと顔を見合わせ疑ってしまう。


ヒロコのシャツは水で濡れて透けていたし、イリスはせき込んで涙目になっていた。舟は浸水していたものの五体満足の状態だ。狐に摘まれたような体験だったがようやく一心地ついた。


「老師らしい歓待の仕方だったな。どれ、イリス。もう平気だぞ」


ヒロコの胸に抱かれ、イリスは顔を拭ってもらっている。束の間の平穏に俺の気もゆるむ。


「メー」


一頭の白いヤギが、舟の近くに寄ってきた。体は小さくて、目尻が垂れている。首を数度上下に動かした。念のため警戒だけはしておく。


「あれ、何ー?」


イリスが興味をそそられ、ヤギに手を伸ばそうか迷っている。そうか王都で家畜を見る経験はなかったのか。


「ヤギだよ。草とか食べる。でも何でこんな所に」


俺が説明している間に、ヤギは背中を向けていた。可愛いしっぽを振り振りして崖に近づいている。 


煉瓦色の崖をヤギは器用に登っていく。わかりづらいが、薄い出っ張りが所々にあるようだ。それらを足場にしている。


「あのヤギの後を追うぞ。早く服を着ろ」


ヒロコがまるで汚いものを扱うみたいに指二本で俺のシャツをつまんでよこす。おまけに俺から顔をそむけている。


「うわ……、血だらけ。まあいいけど」


俺がうっかり本音を漏らすと、ヒロコは屈辱に精一杯耐えているように唇を噛んだ。


「悪かったな。早く服を着ろ」


「別に責めてるわけじゃ」


「早く着ろ!」


ようやくヒロコが俺の半裸姿を嫌がっているのに気づいた。湿ったシャツを慌てて被る。


「タロ、ママの気持ちわかんないの」


イリスが哀れみのこもったまなざしをしながら俺の背中を叩いた。幼女に責められる俺って。


イリスを背負おうとしたが、自分で登ると言って聞かない。せっせと岩のくぼみに手をついて崖を登りだした。


「では王女殿下、我が背中にどうぞ」


「ふざけてるのか。このくらいわけない。モタモタしてたら置いてくからな」


ヒロコは俺の援助を断ると、勇ましく崖に手をかける。空元気なのかどうかは俺の目から判断できなかった。でも血を吐くくらいだから大丈夫なはずがないんだ。タマって人も不吉な事を言ってたし。


気づけば、ヤギもヒロコもイリスも遙か頭上にいた。俺は焦ってしまう。


「やっべー! 置いてかないデー」


びっこを引きながら崖に向かい合った。その時、側の茂みが怪しく動いた。

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