送別会(後編)
親方達を送り出し、夜も深まった頃には客も大分少なくなっていた。
ランカちゃんは同じ年頃の女の子たちとずっとお喋りしている。その輪に入りづらいので、適当に食べ物を摘んで時間を潰した。
庭の方が明るいので行ってみると、来賓用に置いておいたテーブルで、ヒロコが船をこいでいた。酒瓶が散乱している。とっくに帰ったと思ったのに、ずっと一人で飲んでいたらしい。
「おい、こらあ! 座らんかあ!」
俺を見るなり、いきなり指を突きつけられる。首がふらふらしてるぞ。見て見ぬ振りもできず、寂しい酔っぱらいの相手をすることにした。
「お前はそんなに嬉しいか!」
「な、何がです」
テーブルにあった蝋燭の明かりにヒロコの姿が照らされる。目は泣きはらしたように腫れているが、ゴシック調の黒のドレスはヒロコによく似合っていた。さっきは観察するゆとりがなかったけど、デコルテのラインがきれいで、ついチラ見してしまう。
「お前は僕から離れるのがそんなに嬉しいか? 顔に書いてあるぞ」
「そんなことない。寂しいよ」
軽く本音が出た。相手が素面だったらとても言えないんだけどね。結局、怪我までしたけど、この子のことはわからずじまいだ。心残りではある。
「じゃあ、責任を取れえ、責任を……」
ヒロコは目をそらし、コップを持ってブツブツ言っていたが、急にテーブルに突っ伏した。
「飲み過ぎだって。もう帰んなよ」
「今日は帰らない。ここに泊まる」
それから肩をゆすっても、うんともすんとも反応しなくなった。
食堂から、俺を呼ぶランカちゃんの馬鹿でかい声がする。ヒロコと俺が一緒に居るところを見てどう思うだろうか。
かといって、ヒロコを放置して風邪でもひかれたら寝覚めが悪い。辺りを見回しても、SPらしい人影もない。この間襲われたってのに危機感が足りてない。
「仕方ねえな、よっこいしょっと」
俺はヒロコに肩を貸し、寮の玄関に回って中に入った。ヒロコは俺より背が高い。その反面、体重はないらしく、運ぶのは思ったより難しくなかった。怪我しててもこのくらいは我慢できる。
ヒロコのミュールが階段に落ちた。拾うのが面倒だったので、そのまま俺の部屋に向かった。
「さあさ、着きましたよ、王女様」
真っ暗な部屋のベッドにヒロコを寝かせる。運んでいる間に、酒の混じったヒロコの吐息をかいで変な気分になってしまった。間違いを犯さないうちに俺は素早く部屋を出た。
「!?」
俺の部屋の前にランカちゃんが立っていた。ヤバい、見られたか。
「あれー、ここにいたんすか? 呼んでも返事がないから探しにきちゃった」
ランカちゃんは俺がヒロコといたことは知らないらしい。セーフ。
「友達に、タロウさんのこと彼氏として紹介しようと思ったんすけど。あ、そういうの迷惑ですか?」
「いや、人脈が広がるのは悪くないよ。異業種交流会みたいなね。社会人だからね、俺ら」
余計なことを口走る俺をランカちゃんは頼もしそうに眺めた。
「人見知りだったタロウさんが、積極的になってるー。やだー、すごーい」
「はっはっは! で、友達どこ」
「さっき帰りましたよ。私、タロウさんのとこ泊まっていっていいですか? もう眠くなっちゃって」
俺の脇から部屋に入ろうとしたランカちゃんを押しとどめる。
「え? いや、なんですか」
「いや、今夜は人多いから、まずいよ。色々と」
「みんな知ってますから(自分で言いふらした)私たちのこと。問題ないっす」
ドアノブを回そうとするランカちゃんを俺は何とか押しとどめる。中に入られるとまずい。ドア前の攻防はおよそ三十秒続いた。
「いやいやいや、ただ寝るだけなんすけど。ほんと眠いんで」
「ヌイーダさんに言って部屋用意してもらいなよ。広いベッドの方がよく眠れるよ」
俺の説得が効を奏したのか、ランカちゃんはあくびをして頷いた。
「そうですねぇ……、そうする」
俺はランカちゃんの腰をつかんで引き寄せる。そのままどさくさにまぎれておやすみのキスをしようとした所、
「あ、そうだ」
ランカちゃんが突きつけたものは、俺の心の臓を凍らせた。
「ヒロコ様の靴落ちてたよ。渡しといてくれます? それじゃお休みなさい」
ランカちゃんが階段を下りる音が遠ざかっても、俺は暫く動けなかった。
「ヤバい……、見られてた」
ずるずると扉の前に座り込む。
偶然か。でもあの言い方は間違いなく扉の向こうにヒロコがいるという確証があってのことだろう。
「向こうも俺に隠し事してるし、おあいこだろ」
ヒロコはランカちゃんが嘘をついていると言った。俺もヒロコが嘘を言ったとは思えない。但し、ヒロコも隠し事をしている。
皆、隠し事が好きなのだ。
「それにしても」
俺は自分の部屋に入り、扉に鍵をかける。
寝ぼけてたのか知らんけど、ランカちゃんがタメ口をきいてたのが可愛かった。また距離が縮まった気がする。
ヒロコはぐっすり眠っているようだ。起こさないように注意深く壁際の床に座った。
ヒロコが目覚めるまで、今夜はここで過ごすしかなさそうだ。今更下に行くの面倒だし。
嘘はついても本当に浮気するわけにはいかない。
三
明け方、俺はようやく深い眠りに落ちそうだった。壁にもたれて寝るとか、生まれて初めての経験だ。時代劇でこういうシーンがあったが、自分がそうすることになるとは思わなかった。
ベッドでヒロコが寝返りを打った。一晩で何回寝返りを打つか数えてみようかと考えたが、五回であきらめた。女の子の寝返りを数えるなんて変態みたいじゃねえか。
ベッドで動きがあった。寝返りではなく、ヒロコが上半身を起こし、目をこすっている。細い腕にちらっと光が当たると、俺の意識は冴えてしまった。
このまま何事もなく部屋を出てくれないかな。よく考えたら、王女様に朝帰りをさせたことになる。失敗だったか。でも警備が機能していないことも原因じゃないか。あのまま放っておいて誘拐でもされたら誰が責任取るんだよ。
「タロウ=オオツダ」
ヒロコが小声で俺を呼んだ。いつものように偉そうに。
「何だ、まだ寝てろよ。それか、帰れ」
「やだ」
やだと来た。こいつ時々すごい子供っぽくなるよな。立場上誰にも甘えられないから俺の所でこうなるっていうのは、うぬぼれ過ぎか。
ヒロコはベッドの上で身なりを整えると、靴を履いて俺の前まで歩いてきた。綺麗な膝小僧が俺の視界に現れた。
「タロウ=オオツダ。僕と来い」
「どこへ?」
駆け落ちしようとか言われたらどうしよう。絶対ないだろうけど。
「お前は僕と城壁の向こうに行くんだ」
耳を疑う。マジで恐れていたことが現実になりそうだった。
「王女様、落ち着きましょう。きっと一時の気の迷いですよ」
王女は俺の胸ぐらを掴んで壁際に持ち上げた。
「いいから。来い」
王女の目は二日酔いで充血してギラギラしている。逆らったら殺される予感がした。
「はいぃ……」
床から離れた足をぶらぶらさせて、俺は情けなく返事をした。
ようやく明るくなってきた早朝ということもあって、街は静まり返っている。誰とも出会わない。ドレス姿の可憐な王女の後ろに俺はついていく。歩いているうちひょっとするとまだ夢を見ているんじゃないかって気がしてくる。
十字路に小さい人影を見つけた。
むっつりと腕を組んだブロンドの女の子だ。髪をおかっぱにし、肉付きのよい頬はつやつやと輝いている。
朝早くから妙に頑張っているなと俺は感心したが、女の子は勢いよく走ってきて俺の指に噛みついてきた。とうもろこしを食べるみたいに何度も歯を立てる。
「いってー! 何すんだ。このガキ!」
振り払うと動物みたいに涎を垂らして、俺を見上げている。近くで見ると、かなり幼い。まだ二、三歳じゃねえか。
「タロ!」
確信を得たらしく俺を指さして幼女は叫んだ。どうして俺の名前を知っているんだろう。
「イリス、これは食べ物じゃない。教えただろうが」
ヒロコが子供に目線を合わせ諭しているが、俺のこと、これ、扱いはひどくね?
「タロ、食べ物じゃない?」
「そうだ」
幼女は指をくわえて俺を見上げていた。この子、尋常じゃなくきれいな目をしている。まるで目の中に小さな銀河が泳いでいるみたいだ。
「どうやら暫くお前と会っていないせいで、忘れてしまっているみたいだ。抱いてやってくれないか」
「う、うん」
ヒロコに言われるがまま、幼女を抱き上げる。あったけえ。ミルクみたいな匂いがした。妹が小さい時に似ている。懐かしい。
幼女は指をくわえたまま抱っこされていたが、目を閉じ眠ってしまった。
「なあ、この子、ヒロコの知り合い?」
ヒロコはにやーと、赤い唇を持ち上げる。
「イリスはお前の娘だよ」
「へー、俺って娘がいたんだ。娘がぁ……、ね」
腕の中の幼女が急に重たく感じられた。記憶の欠落よ、いい加減俺を翻弄するのはやめてくれ。さすがに頭がパンクしそうだ。
「ねえ、冗談だよね。この子、俺の子……、まさか」
ヒロコは優雅にターンし、俺に背を向ける。そして、石畳を音を鳴らしてせかせか進んだ。
「ちょ、待って、じゃあ母親は誰なんだよ。おい、笑ってないで何とか言えって」
ヒロコは俺のうろたえようを、心底あざ笑っていた。これまでの鬱憤を晴らそうとしているみたいに。
「責任取れって、このことじゃないよな、ヒロコ」
「そうだが?」
勘弁してくれよ。俺はまだ十六なのに。彼女もいるのに、子供? 一体どうして。
考えている間にもヒロコの足は早まり、水路の秘密の抜け穴を使って俺たち三人は、ハテナイの外へ出た。
未開の地への冒険が始まったのだ。
責任を伴う本当の旅がここから。
読んで頂きありがとうございます。この章はこれで終了です。
資格試験があるので一週間ほどお休みします。




