後始末
公園の事件は秘密裏に処理される手はずとなった。清掃のためと称して公園全体を封鎖し、二名の遺体を運び出し、捕縛した刺客は収容所に連行された。
収容所はかつてタロウが放り込まれた場所だ。地下三階まであり、冒険者の異能力を封じる牢まで作られている(アテナの発案)。
ヒロコは一連の事態を収拾し終えた後、叔父であるシャルルに報告に向かった。
夕刻は既に過ぎていたが、疲れを感じる暇もなく役場一階奥にある執務室に足を踏み入れる。
奥にあるシャルルの机の上には書類の束がうず高く積まれている。その向こうにきれいにそりあげられた頭部がわずかにのぞいているのがおかしかった。
「おう、ごくろう。そこらでくつろいでてくれ」
労に報いるように促されても、執務室には足の踏み場もない。ソファーにはシャルルの脱ぎ散らかしたシャツが異臭を放っている。
「ここに泊まっているんですか。洗濯ぐらいしたらどうです」
「すまんすまん。つい。お前がしてくれると助かるんだが」
ヒロコは黙ってシャツを畳み、ため息をつく。無言の抗議にシャルルは折れたかに見えた。
「王には王の、王女には王女の務めがある。ヒロコ、お前はどうだ」
鋭い問いかけに、ヒロコの手が止まる。今度は冗談ではない。ヒロコは意を決し全てを話すことにした。元よりその報告をするために来たのである。
発電所で見つけた子供のこと、タロウとのこと、包み隠さず報告した。シャルルは全く驚かず、ヒロコはやや拍子抜けした。
「……、叔父上は、イリスのことを知っていたんですか」
「”蜂”の情報網をなめるな。怪しい動きは全て俺の耳に入る」
ハテナイに居を構えるギルド、イスカの蜂は諜報活動に優れている。国はギルドに顧問料を払い、国有地も貸し与えていた。冒険者を嫌いながらもその力はなくてはならないものとなっている。
「人が悪いな。僕を見張らせていたんですね」
叔父を甘く見ていたわけではない。彼は滅亡寸前のハテナイをまがりなりにも存続させてきたのだ。情報がどれほど貴重かも理解している。彼からすればヒロコなど単なる小娘にしか過ぎず、行動は筒抜けだったと思われる。
「タロウ君の所に置いたのは悪くなかった。ヌイーダはお前に甘いから、あの子供のことも上手く隠してくれたみたいだな。荒事にしたくないからお前の方から連れて来るのを待っていた」
シャルルが信じていたのは、ヒロコ個人ではなく、ヒロコに流れる血筋、王族の覚悟のことだ。今回の件でヒロコは彼の信頼を裏切ったことも否めない。本来なら最優先で上げるべき案件だった。
「陛下、一つお訊ねしたい議がございます」
「何だ、改まって。話せ」
シャルルの顔が書類の陰になっていて幸いした。面と向かっていたらそうそう口にできない話題だ。
「あの二人の刺客、放ったのは陛下ですか」
締め切った部屋は蒸し暑く、背中に汗が垂れるほどだった。
シャルルが沈黙したまま時間が経過した。実際はそれほどでもなかったのだろうがヒロコは息苦しく、ネクタイを緩めて紛らわせた。
叔父が高笑いしだした時には、ぎょっとした。
「はははは、だとしたらどうする。軽蔑するか」
「いえ。僕が叔父上なら同じ案を検討していたかもしれませんし……」
コズウェルにしても、ユミルの企業から賄賂を受け取ったという蜂の情報が上がっている。彼の遺体は発見されていないが、従者と思しき遺体がつい先程沿岸沿いで発見された。今回の刺客の手口と、損壊の仕方が酷似している。同一犯と見て間違いない。
彼が粛正の対象になっても不思議ではないとヒロコは思っていた。上の者が汚職をすれば下の者に波及する。シャルルはそう考えている。そういった面で、シャルルはヒロコの父親だった先の王よりも遙かに潔癖だ。
「お前の悪い癖だ。お前が俺だったならなんて考えなくていい。お前はケツの青い娘。それだけだ」
「今日の叔父上は意地悪です」
「おう、だってかなり怒ってるもん。俺」
義務を怠り、あまつさえ開き直るヒロコに灸を据えようという魂胆らしい。
ヒロコからしたら、弁解の余地もない。できるのは情けなく頭を垂れることぐらいだ。
「謹慎を言い渡す。期限は特にない。花嫁修業でもしてくるんだな」
「あの、叔父上」
「何だ。俺から言うことはもう何もない」
ヒロコは立ち上がり、直角に体を折り曲げた。
「イリスのこと、くれぐれもよろしくお願いします」
手で追い払う仕草をされて、ヒロコは退出を余儀なくされた。
度重なる失態の結果だった。いくら王族とはいえ、かばい立てするとシャルルの身も危うい。ヒロコもこれで良かったと思っている。むしろこの処分は甘い部類に入る。
イリスはこれから精密な検査を受けることになる。イリスはハテナイの国民ではなく、認可された冒険者でもない。不法滞在で拘束されるのは避けられなかった。
イリスが冒険者でも見た目通りの幼子なら問題は少ない。責任能力の有無があやふやなため、すぐに解放される。その場合、ヒロコが面倒を見るつもりだ。
もし、イリスが想定外の存在だったとしたら?
悲観的観測だと自分に言い聞かせてきたが、叔父と話したことで現実味を帯びてきた。
ヒロコは悲観的になる根拠に足る、ある光景を目の当たりにしている。
タロウとジゼルが、樹上で死闘を繰り広げる様を、ヒロコは真下から見上げていた。
ジゼルの糸は、彼女を木に縛り付けていたが、五体を傷つけられることはなかった。タロウに見せつけたのは死体の血か、動物のものだったのだろう。
タロウが付け焼き刃の新手で、ジゼルを退けた後、網の目は解けるように消滅し、タロウとイリスは散り散りに落下した。
タロウは体を逆さにして落ちてきた。意識がなかったのだろう。元より助かる高さではなかった。敵もそれを狙って蜘蛛の巣を解除したと思われる。
同時にヒロコの拘束も解けていたが距離があり、二人を救うだけの方法を探るには時間が足りなさすぎた。
せめてイリスだけでもと、糸に引きづられるように落下する枝の狭間に目をこらす。
イリスは両手を広げ、タロウの近くを泳ぐように下降していた。羽根を羽ばたかせて。
そうイリスの背にはその体格の二倍はあろうという羽根がふくらんでいた。洗い清められたような純白の三対の羽根は、この世のものとも思われぬ神々しい光を放っていた。
あれは、目の錯覚だったのだろうか。
ヒロコが二人を発見した時、イリスの背に羽根はなかった。
冒険者ならどんな異形だろうとヒロコは驚かない。しかし、イリスはどこか毛色が違うと肌で感じた。
叔父もそれを見透かしていたのかもしれない。イリスの扱いは慎重に進められることだろう。そして叔父がイリスを国にとって有害だと判断すれば、あまり考えたくないが、最悪の結果もあり得る。
執務室を出たヒロコだったが、景色が左右に揺れる。足に力が入らず、壁によりかかった。
床の赤絨毯に血が垂れた。鼻から口元を伝って、落ちたのだ。疲労が岩のように肩にのしかかるのを感じた。
うんざりしたように顔を上げ、自分の体の弱さを呪う。
もし自分が男だったら、叔父にあんなことを言われずに済んだろうか。
自分を叱咤するように腿を叩く。
「僕は、この国を治めるんだ。ここで踏みとどまってなるものか」




