不始末
「お兄ちゃんってさ、どうして途中でクソゲーってわかっても投げ出さないの。それって時間の無駄じゃないの」
親父に連れられて、妹とサーフィンに出かけた。寄せては返す波は人類が生まれる前から繰り返し、存在するんだろう。もし、海自身に意識があったら飽きてしまうような気がする。
要領のいい妹に比べ、俺はいまいちこの洒落たスポーツにのめり込めなかった。野球も、サッカーも、そういえばものに出来た試しがない。根っからのインドアなんだろうきっと。
「波が来るからかな」
「なあに、それ」
妹のウェットスーツに覆われた体は、子供から少女に変わる段階で別の生き物のように豊かに見えた。俺たちは波打ち際にしゃがんでいる。
「多分、今は上手く行かなくても、次は必ず来るって思ってるんだろうよ」
「それ、ギャンブルにはまる人が使いそうな言い訳だよね」
こいつは年々、鋭いことを言うようになってきた。俺よりおつむの出来がいいし、追い抜かされるのも時間の問題だろう。
「ギャンブルじゃねえよ。波なんだよ、波。次は絶対ビックウェーブが来るんだ」
来年当たりに出る某大型RPGに俺は過大な期待を寄せていた。残念ながら、その期待は裏切られることなるのだがその時は知る由もない。
何故人間は、無駄なことをしたがるんだろう。波が絶え間なく起こるように、人間のしでかすことも長い時間の中では無駄になるんじゃないか。
波打ち際に書いた文字が洗われるように、俺や俺の知っている人たちのしてきたことも無になるんだ。いずれ。
「私も、信じてる。次の波は来るって。でもそれは悲しいことばかりじゃないよね」
「そうだな」
日が暮れる。太陽が隠れて古い世界とお別れする。
妹の背中に三対の羽が生えていた。白い大理石を削って生命を模しただけのような美しく、そして悲しい形をしていた。
「羽根くらい生えるよ。妹だもの」
俺の視線に気づいた妹が恥ずかしそうに笑う。
そういうものか。
俺たちの足下にまで海水が沁みてきた。
冷たい。もう帰らなきゃ。
次に目を開けた時誰かが俺に覆い被さっていた。顔と顔が密着しているから誰かわからない。息苦しいと思ったら、そいつが俺の唇に唇を押し当てていた。柔らかいけど、女かな。
いやらしい感じはしなかった。でも必死な気持ちだけは伝わってきた。胸を何度も両方の手のひらで押してきたので、人工呼吸だってのは理解できる。しかし胸を押さえる時に、かなりの力が加えられているから、へたすると肋骨が折れかねない。早くやめさせないと。
「も、もう平気だから……」
顔がわずかに離れた瞬間を見計らい、掠れた声でそれだけ言うことができた。
俺が意識を取り戻したことがわかると、人工呼吸をしていたヒロコが突然腕を振り下ろし、腹を殴ってきた。
「いてーよ! 殺す気か」
「……どういうつもりだ」
怒りを堪えるヒロコは取り乱すことなく厳かで、これは敵わないと思った。それでもヒロコの怒りが俺の行動を指していると言うのなら申し開きのしようはある。
「どうもこうも、俺のせいだからな。こうなったの」
「弱いくせに……、強がるな」
なじるわけではなく事実を淡々と突きつけられたような気がした。
寝心地のいい草の上に大の字になってると、本当にまだ生きてるのか不安になる。梢の間から日の光が鼻に当たってこそばゆい。
あちこちから聞こえる靴の音や人の声がやかましく感じる。
「イリスは、どうなった」
「ああ、さっきまですぐそこに……」
ヒロコに言われる前に気づいた。イリスの奴、まだ機嫌を直していないらしい。木の陰から俺を睨んでいる。悔しいから、睨み返してやる。
「いひゃ!」
驚いて尻餅ついた所を、ヒロコに捕まえられる。ざまあみろ。
「やだやあ」
「聞き分けないことを言うな。ほら、タロウが目を開けたぞ。さっきまで心配していたじゃないか」
ヒロコによると、イリスは意識を失った俺の側にずっと寄り添ってくれてたみたいだ。今、地上にいるけれど、その前後が思い出せない。
「敵は、ジゼルとか言う女はどうなった」
「ランカ=リーの協力もあって、賊二人は捕らえられた。もう心配ない。お前が倒した方はかなりの重傷だが、命に別状はないそうだ」
ランカちゃんにも迷惑をかけてしまったみたいだ。多分俺を追って巻き込まれたのだろう。また借りができてしまう。
それにしても、よくあんな博打みたいな戦いをして体が持ったものだ。へたすりゃ自滅して終わっていただろう。決死の想いが道を切り開いたのか、それとも自責の念が俺を駆り立てたのかわからないが、生き延びてしまった。
「悪い……、俺のせいで」
「何を謝る」
「お前が怒るのも無理ないよ。お前の部下が死んだのは、俺のせいなんだ」
イリスと少しでも長くいたくて嘘をついたこと、それが原因で対応が遅れたことを詫びた。詫びたってどうなるわけでもない。死んじまったらそれまでだ。
ヒロコは、取り乱すことなく黙って俺の不始末を聞いていた。そしてわずかばかりの同情を示す。
「僕もお前の立場だったら同じことをしていたかもしれん。仮にヌイーダから事前に情報を得ていたとしても対応は難しかったと思う。あの賊は相当な手だれだった。ヒトコロス教団のような異端の者だろう。それをむざむざ国の中まで侵入されて気づかなかった政府の落ち度でもある」
部下の死について責められなかったのは、きつかった。なじってくれた方が楽だ。
「そのことを怒ってるんだと思ってた。じゃあ何でさっき俺を殴ったんだ」
「お前が助かる命を捨てようとしていたのが我慢ならなくて。軽々しく命を捨てる奴を僕は軽蔑する」
俺も逆の立場だったら、こいつに逃げて欲しいと願ったかもしれない。それでも俺とヒロコじゃ天秤が釣りあわない。こいつはいつか人の上に立つべき人間だ。自分の身を省みないのは危なっかしくていけない。
「命捨てようなんて思ってねえよ。イリスとお前を助けられると思ってしたまでだ」
「どうだか」
ヒロコは鼻を鳴らす。
少しは俺に対する評価が変わるかと期待したが、それもなさそうである。まあいきなり態度が急変してもそれはそれでこいつらしくない。
ヒロコの艶っぽい唇が目に留まる。そういやあの唇と少し前まで……、やべ、意識したらまっすぐ顔を見られない。
「まだどこか痛むのか」
「い、いや」
ヒロコが俺に迫ってくる。すごい親密そうに背中に手を回してくる。涼しい目がまじまじと、俺を観察してきた。やさしい声で労ってくる。こんな時に限って女らしい格好してくるんだものな。いつもみたいにスーツ姿ならこんなに惑わされることもないだろうよ。
俺が身を縮めていると、イリスが下から俺の顔をのぞき込んでにやけていた。
「おい、見るんじゃない。あっち行ってろ」
「ママー、タロ、顔 あかい!」
イリスが密告すると、ヒロコはいよいよ事態を重く見た。
「医師に看てもらおう。ほら立てるか」
「う、うん」
ヒロコは献身的な態度で接してくる。正直に申し出ることができなくて、俺は黙って肩を借りた。高貴なプリンセスは、俺のことなんか男としてカウントしてないんだろう。野暮なことは言わないつもりだ。
「さっきのあれは忘れろ」
「え?」
耳もとで告げられた時、心臓がはねた。一拍置いてヒロコが途切れがちに言うのを黙って聞く。
「へ、変な意味はないからな。助けられたから、今度はお前の命を助けようと」
「……、わかってるよ。忘れよう、お互い」
それきりヒロコは喋らなくなり、気まずい沈黙が流れる。
俺、初めてだったんだけど、ヒロコはどうだったんだろう。さすがに訊けなかった。
それからどうやって寮に戻ったのか記憶にない。
イリスはヒロコに託したし、これで一件落着だ。俺はやれるだけのことをやったじゃないか。敵はやっつけたし、ハテナイはより警戒を強めるだろう。
でも二人の人間が死んだ。俺は聞かされてないけど、もっと死んだかもしれない。名前も知らない彼らを悼む資格は俺にはないのだろう。仮にヒロコの言うとおりどうしようもなかったにせよ、俺のついた嘘が彼らの死期を早めたのは事実だ。
今回もキリコの時も、俺は必死で、相手の生死なんて考えちゃいなかった。
ギリギリのせめぎあいに、考える余裕はない。自分の命だけが大事なんだ。それは仕方ない。
皆、そうして割り切ってるんだろう。
俺もイリスを守ると嘘をついて相手の命を奪おうとしていた。相手と何も変わらない。
イリスと俺は一緒にいない方がいい。中途半端な今の俺じゃ、今回の二の舞になる。
ハテナイから離れよう。俺はランカちゃんの誘いに乗ることに決めた。




