Rebirth
キリコと名乗った謎の刺客の背中が視界から完全に消えて、ようやく俺は次の行動を考える余裕ができた。
ジョエルたちが生きているのはわかったが、意識が回復しない。蹴ってもつねっても、彼らを起きあがらせることはできない。
オウムが動かないのは、ジョエルが覚醒しないせいだとしても、この状況は厄介だ。
指示を仰ごうにも俺の他に誰もいないし、FGの通信機能は圏外で役に立たなかった。
徒歩以外の移動手段もないため王都に戻るのは、時間がかかりすぎるし、ジョエルをここに置き去りにするわけにはいかない。
残された道は、城に向かい助力を願うことだ。多分無人じゃないだろうし、ここにこうしていても魔物の餌になるのは時間の問題だ。
「よいしょっ……」
担いでみたが、ジョエルの長身は俺の非力に堪えた。意識がない人間って余計に重たいんだ。でも、もうこいつは仲間だから捨てていっちゃいけない。
草木一本ない土地は見通しが言い分、魔物にも見つかりやすい。陽光に炙られ、肌が熱かった。
城らしき場所に辿りついた時、俺の体力は限界で意識が飛びそうだった。
城らしいって言うのは、建物そのものがなかったからだ。鉄条網に囲われた敷地には、崩れた石垣、堀の跡があるばかりで、その近くに白いドーム型の建物と、鉄塔がいくつかあった。
遠くから小山のように見えたのは、あのドームだったのだ。ドームは野球場を少し小さくした感じだ。見える範囲に入り口はない。
とりあえずドームを目指そうとした俺の胸にチクリと、針で刺したような痛みが襲う。
目を落とすと、白いシャツの左胸に赤い染みが広がっていた。
「あ……」
ジョエルを伴い、俺はその場に崩れ落ちた。その背後にはミラルゴが息を切らせ立っていた。意識を取り戻して追ってきたらしい。
「ひひひ、やってやったぞ。チクショー、あの運び屋も、小僧てめえも俺を馬鹿にしてただじゃおかねえ」
右手を動かそうとしたら、体を杭で打たれたような激痛が走った。
「おっと、動くんじゃねえぞ。てめえの心臓に根を刺した。他の冒険者と同じように干からびちまいな!」
FGに小さくウインドウが表示されていた。
スキル 吸根
エンチャント 持続二倍
想像するしかないが、赤い根が俺の心臓に深く食い込んでいる。仮に右手でひきはがすことが可能だったとしても、心臓は繊細なパーツでできていると聞いたことがある。どっちにしろ助からないんじゃないか。勝って兜の緒を締めよ。俺が得た教訓だ。もう役に立たないけど。
「てめえは念入りに殺さないと気が済まねえ。雑魚の癖に、俺をこけにしやがってこの! この!」
俺の腹が何度も蹴り上げられる。ボールになった気分だ。ミラルゴだったっけ、こいつは強い奴にはこびへつらって、弱い奴にはたかるタイプだな。分析したってしょうがねえけど。
「はあ、はあ……、じゃそろそろやるか。内蔵から干からびてよう、干物みたいになって、朽ちるんだぜ。お友達もすぐに後を追わせてやるからな」
ジョエル、お前いつまで寝てるんだよ。死んじまうぞ。くそ、やっぱり俺はどこまでいっても間が抜けていたらしい。
ミラルゴが腕を振り上げようとした時、何者かが背後からその腕を掴んだ。
「ここで何をしている」
俺からは逆光で、誰が来たのかはっきりわからないけど、いけすかない澄ました声だ。
「誰だてめえは? 俺は」
「質問しているのはこちらだ」
機械的な動作で、ミラルゴの腕にナイフが突き立てられた。火がついたような驚愕と苦痛の呻き。
「おごおお!? 俺の腕ぇええ」
「国の許可なく、この場所に立ち入ることは許されない。知っていたとは思うが」
冷気が話していると思うほど感情を排した声に、ミラルゴは狼狽えつつも虚勢を張る。
「知ってて来たのさ! ハテナイはグラナダを敵に回した。もう”あれ”をここに置いておく理由はなくなったわけだ」
「了解した。やはりお前は教団の人間か」
かちゃと、金属の動く音がし、銃声が響き渡る。ミラルゴの体が横倒しになる。あれほどうるさかった男がいなくなると静けさに耳が痛くなるほどだった。
「さて」
ミラルゴのこめかみを、打ち抜いた黒スーツの麗人は、返り血をレースのついたハンカチで拭い、眼下に注意を向けた。
無精ひげの金髪の男が大の字で倒れている。傷は見あたらない。眠っているだけのようだ。
あと一人はどこに消えた。
二
ミラルゴが第三者の対応に追われている間に、俺はドームの中に入った。
とにかく逃げるのに必死で、よく這っていけたよな。
ドームのドアは自動で左右に開いた。灰色の壁に囲まれた奥の通路には、太いパイプが縦横に走っている。
何故か平行感覚がなくて目が回る。パイプが横になったり上になったりしているのではなく、俺の体が水中にいるように宙ぶらりんになり、天井や壁にぶつかりながら移動しているのだった。
最初、俺の生命が脅かされて頭がおかしくなったのかと思ったけど、もしかして無重力なのか。でも酸素はあるようだ。
もう手足を動かすのも無理なのでこれには助けられた。逃げることは恥ではない。が、ジョエルはどうなったのか気になる。ミラルゴを刺した奴がジョエルを襲わない保証はないのだ。しかし、今の俺には、少しでも息永らえることしか頭になかった。
俺の口から溢れた血液が水滴の粒になって、空気に拾われているのを見ると、ゆっくり死んでいくのがわかる。
背中から通路の突き当たりにぶつかって止まった。
左右に道が分かれているが、どっちにしろ行ける所まで行ってやろうって気に何故かさせられた。
無意識に左の道にそれ、押し流されるようについた場所には巨大な水槽があった。機械のうなるような音が天井から鳴っている。
水槽だってわかったのは、仕切りガラスの向こうに水泡が数珠のように湧いていたためだ。水槽の中に生物はいなかった。
インクを流したよつな青い水をなみなみとたたえた水槽の用途を考える時間は残されていないらしい。
シャツの染みはかなり広がっていて、見るのが怖い。
「くそ……、ここまでか……」
ひんやりしたガラスに右手をついた。ガラスはかなり分厚い。瓦より厚い感じがした。
俺が手をついた途端、泡が粒が大きくなった。素人考えだけど、ここは発電所らしい。何かの液体を電池代わりにしているんだろうか。
泡の勢いが強まるにつれ、建物全体も揺れだした。
水槽の向こう側から誰かが俺の手に手を重ねている。目の錯覚か。姿は見えない。でも確かに温もりを感じる。
触れていられなくなるほど、水槽は熱くなり、ガラスに小さなヒビが入り、水鉄砲のような勢いで水が溢れ出す。
何か懐かしい。
そういえば、ゲームのVAFのメニュー画面も水の音が流れていたっけ。
二
ヒロコが、タロウを追って中枢部にたどり着いた時、既に水槽のガラスは割れ、液体化していた膨大な量のマテリアは雲散霧消していた。
「魔導炉が……」
わずかに床に残った水たまりをさけて、壁際にうつ伏せに倒れていた少年に近寄る。
「やってくれたな。貴様のせいで、全てご破算だ」
ヒロコは、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
水槽にあったマテリアでハテナイ一国の電力を賄っていた。非常電源に切り替わっているが、純度の低いマテリアではいずれ底をつくのは目に見えている。グラナダは報復の意味合いを込めて刺客を送り込み、結果として成功したと言えた。
腹立ち紛れに、ヒロコは黒光りする拳銃を少年の頭に狙いをつける。
「おい……、撃つな。まだ生きてる」
髪を濡らした少年が顔を上げ、青くなった唇をかすかに動かす。
ヒロコの指は、そのくらいで怯まなかった。引き金に手をかける。
「タロウ=オオツダ。貴様、やはり教団の手先だったのだな。これはどういうことだ」
「どうもこうもねえ。こっちが聞きたいくらいだよ。ここは何なんだ。あの水槽は?」
タロウは助命を乞うために無知を露呈した。ヒロコは頑として譲らない。
「知らずに魔導炉を壊したというのか。いずれにしろ、お前は立ち入ってはならない領域に足を踏み入れた。生かしておくわけにはいかない」
ヒロコの胸に憎悪の炎がともる。先王である父が命をとして成し遂げたものを、どこの馬の骨とも知らない少年がふいにしたのだ。怒らない方がどうかしている。
引き金を引こうとした手が止まる。失笑が漏れた。
「情けない奴め。泣くな」
「は? 泣いてねえよ。変なこと言うんじゃ……」
ヒロコは銃口を向けたまま、耳を澄ませた。彼女の耳には赤子の泣き声が届いていた。位置は判明したものの、その光景に目を疑う。
「何だ、あれは……」
ヒロコと同時に、タロウも異物を見つけた。
小さな泣き声の主は部屋の隅で発見されるのを待っていた。
水浸しになった床に、裸の子供が仰向けで寝ている。腰まで伸びた金髪、癇癪を起こしたように手足をばたつかせている。
ヒロコは銃口を子供に狙いをつけ、一歩近づいた。
「よせよ。あの子は関係ない」
「関係ない? じゃあ、かばいだてする必要もないだろう」
「だからって、子供を殺すのか。この人殺し!」
「僕は大義のために戦っている。貴様のような俗人には理解できんだろうが」
「あああああー!!!!」
「大義がありゃ人を殺していいのか。お前も教団と変わんねえよ。クソ野郎」
「ああああああー!!!!」
「幼稚な議論を戦わせている暇はない。貴様を黙らせてから」
「あああああああー!!!!」
タロウとヒロコは耳を塞ぎ、目を見交わした。
「ひとまず提案がある。タロウ=オオツダ」
「奇遇だな、俺も」
泣きじゃくる赤子を黙らせるまで、二人は停戦することにした。合理的な判断だと言えた。
タロウは部屋をななめに突っ切り、迷いなく赤子を抱き上げた。
ヒロコはタロウの軽挙に驚く。
「ばっ……、いきなり触る奴があるか。汚染が……」
「抱かねえと泣きやまねえだろ。あ、ち○ちんついてない。こいつ女だ」
赤子は抱き上げられると、タロウの首にしっかりしがみつく。リズムよく揺すられると、泣き声がじょじょに収まってきた。
「よしよし、いい子だ。ちょっとの間眠ってまちょうねー」
「ぷっ……、赤ちゃん言葉になってるぞ」
ヒロコが和やかに笑うと、タロウはその顔を凝視した。
「何だ? 僕の顔に何かついてるか」
「いや、ちゃんと笑えるんだ、お前。ヒロって言ったよな。その方がいいよ」
ヒロコは下を向き、笑みを消した。不覚を取った気分だ。
「ああああー!?」
今度は赤子ではなく、タロウが絶叫した。
「こいつ、おしっこした。うわー、マジか」
タロウが狼狽すると赤子に伝染し、ぐずりが再開しそうだった。
「まだ子供なんだ。仕方ないだろう、どれ僕に貸してみろ」
ヒロコはタロウから赤子を奪い、抱き抱える。ずしりとした重みが母性をくすぐる。
金糸を丁寧に編まれたような髪はやさしい光を放っている。ヒロコのささくれだった気持ちを落ち着かせた。
泣きはらしたまぶたの下から、透明感のある青い瞳がちらつく。どこか目が離せない子供だ。
「この子は、二、三歳くらいのようだな。歯も生え始めている。しかし一体どこから」
思案にくれるヒロコの胸の中で、幼女は容赦なく泣き叫ぶ。タロウは気が気でない。
「おい! 泣いてるぞ。あやさないと」
「あ、ああ。わかっている。どうどう」
「どうどうって馬じゃないんだから」
「うるさい。じゃあどうすればいい。こら、髪をひっぱるな。いたた……」
ヒロコの馬の尾のような後ろ髪はよい玩具だった。
「まー」
言語と呼ぶには拙い一声が発せられた。
幼女が初めて口を開いた時、ヒロコとタロウはそろって感銘を受けた。
「うわ、喋った! 今喋ったよな!」
「ああ! すごいすごいぞ! えらいなあ」
ヒロコは、幼女の頭を撫でながらほめそやした。その最中、かつて妹を抱きしめた時のことを思いだし、胸が痛んだ。
「……、この子、もう少し喋らないだろうか。どうしてこの場所にいるかわかるかもしれん」
タロウも子供がどこから来たか知らなかった。まるで水槽の中から生まれたようだと言った。
「水槽から、か。まさかな」
幼女はヒロコの胸で笑っている。無害な子供にしか見えない。
「ぱー」
幼女はタロウの方に丸っこい指を伸ばした。
「俺?」
再びタロウの胸に渡された幼女は、ばんざいをして喜んだ。
「ぱー!」
「ぱー、って何だ」
「パパかもしれん。頼りないパパだがな」
「じゃあ、お前は、まー。ママか?」
二人は我に返り、お互いの立場に思い巡らせたが、幼女がいるせいで振り上げた拳を下げざるを得なかった。まるで幼女に憎しみを吸い取る力が働いているようだ。
「お前、男じゃん。何でママなんだよ」
ヒロコは咳払いし、顔を少しそらした。
「別に隠し立てすることもないから話すが、僕は女だぞ」
タロウは、この世界に来て多分一番驚いた。幼女を落としそうになる。
「僕の名前はヒロコ=アイゼン。ハテナイの第一王女だ」
「だ、だって男みたいな格好してるし」
「叔父上の後に王位を継承するのは僕だ。政務に携わる以上、なめられるわけにもいかないしな。それにこの方が動きやすい」
タロウはヒロコの正体に目を見張った。
繊細な鼻梁に、やわらかな曲線を描く肩、艶めく黒髪に女性性を認めないわけにはいかない。
「僕のことより、この子供だ。正体を突き止めないことには」
ヒロコの中では、ある程度考えは固まっていたが、口に出すのをためらった。タロウは恐らく反対するだろうと予想した。
悲嘆に暮れるヒロコとは対照的に、タロウは楽観的だった。胸の傷がないことに今更ながら不思議がりながら、幼女の手首に目を留める。
その手首には、黒いベルトと共にFGがついていた。




