Lost6
山から強烈な風が吹き下ろされる。
杖を持つ男の白い長髪が忙しく揺られていた。魁偉な男の口から、愚痴のようなものが漏れたのが意外だった。
「依頼人に信用されないの堪える。私、これでもプロよ。一人でできる。城を落とスの楽しい」
乾いた風が俺の頬をぶった。喉が乾いた。昨夜から何も飲んでいないのだ。
「あいつ、今、城落とすって言わなかったか?」
ジョエルが身を堅くしながら呟いた。聞かなかった振りしようよ。逃げる術なくなったじゃん。
「トラックで忠告したネ。振り返らずに引き返せと。私同じこと二度言うの嫌い。君らもここで眠ル」
俺とジョエルは同時に唾を飲み込んだ。白い男の足元に横たわるミラルゴは物言わぬ存在となっていたからだ。
「じ、情報を整理するんだ。さっきの奴はヒトコロス教団で、こいつの手伝いをすると言っていた。そしてこいつは」
ジョエルは、非難するように男に指を突きつける。
「こいつは初めから城を襲撃する目的でミッションを受けたってことだ」
俺には、今一事態の深刻さが飲み込めない。城はもぬけの殻だと思いこんでいたし、人を殺してまで得ようとするものがあるのだろうか。
「ソう。私、運び屋。城にある”アレ”を知ってるカ? あれ可哀想。とても可哀想」
男は苦しげに胸を押さえた。よくわからないが、心が痛むらしい。
ジョエルは吹き出る汗を手の甲で拭う。
「タロウ、ピンチだから手短に言うぞ。あの城は今、ハテナイの電力施設を担っている。あそこがストップすればどうなるか、わかるな」
王都内にどのくらいの混乱が起きるかわからない。市井に回る電力は不安定だ。なくてもどうにかやっていける。 問題は国の主要な中心施設のライフラインが止まることかもしれない。
ハテナイを支えるなけなしのエネルギーが眠るあの城を俺たちは守ることができるのだろうか。
「なあ、勝算あるんかな。あいつかなり強そうじゃね」
不安に耐えきれなくなり、俺はジョエルに小声で訊ねた。ジョエルは鼻で笑う。
「勝負する前から結果を気にするのは、弱い奴のすることだよ」
自信たっぷりにジョエルは言い切る。
俺は喉を詰まらせた。頼りないと思っていたこいつにこんなこと言われるなんて。天地がひっくり返るような衝撃だ。
「準備イいか? 私急いでいル」
「焦るなよ、せっかちさん。楽しませてやるから」
ジョエルは陽気な口笛を吹いた。
鳥の羽音が聞こえたと思うと、太陽を背に何かが飛んできた。みるみる下降し、ジョエルの肩に止まる。
赤、緑、の羽をまとうオウムである。バサバサとやや耳障りな羽音を立てた後、
「キャッハハハハー! FUCK you!!」
オウムが甲高い声でわめいている。俺は唖然とした。
「お、おい、ジョエル、ふざけてる場合か」
「僕は常に大まじめさ。死ぬ気でふざけてるのさ。すぐ終わるからさ、耳塞いでろ」
オウムが羽を大きく広げ、口を縦に広げると漏斗状の金属がのぞく。俺が耳を塞ぐより早く金属を叩きつけるような不協和音が響きわたった。
そこからすさまじい音波の振動が空間を伝わり、敵の鼓膜に到達する。
これがジョエルの力。あのオウムは楽器でできた生き物みたいだ。
耳を押さえる白い男の体が傾いだ。わずかに眉間に皺が寄っている。
「……、どうなった?」
どうやら対象は一人だけのようで、俺の耳には何ら障害は残らないようだ。
調子に乗ったオウムは、地面をよちより歩きで男に近づく。
「ヘイヨー、ザコプレイヤー。俺のビート」
男は体を折って動かない。これで本当に終わったのだろうか。俺とジョエルは固唾を飲んで見守る。
突如オウムの首をむんずと掴む男。目を閉じたままでも一切無駄のない動作だ。
「なかなかイイ演奏だったヨ。でも物足りなイ」
「アア!?」
男はオウムの嘴に杖を押し当てた。すると、オウムは切れたようにぱったりと動かなくなった。
「イイ子」
ジョエルは、無表情でオウムの事切れる様を眺めていた。
「あのオウム死んだのか?」
俺はいたたまれなくなり、ジョエルの顔色を伺った。
「いや、あの魔笛の雄鳥ディスクジャッキーは魔装具。装備品みたいなものなんだ。マテリアの動きが阻害されてるらしい。あの男のスキルか、エンチャントかはわかんないけどね」
ジョエルにもわからないんじゃ俺には検討もつかない。
次の一手を考えるなんて悠長なことは実戦で通用しないって、この時知った。
男がジョエルの一メートル手前まで近づいていた。ジョエルだって警戒していたはずだ。それなのに悠々と男は間合いに踏み込んできた。
「つっ……、ヤバい! タロウ、逃げ」
ジョエルも胸を杖で突かれ、後ろに倒れた。抵抗する暇もなかった。
白い男の顔は、髪に隠れて見えない。俺には笑っているようにしか思えなかった。
三
まるで悪夢だ。
五分もしないうちに、二人と一匹が倒れた。大した労力も必要とせず、人が死んだ。
俺と白い男をのぞいて誰もいなくなった。
「君も、来る? 容赦しなイ」
こいつは本当に一人で城を落とすつもりでここに来たんだ。それだけの実力と場数を踏んでいる猛者であることは嫌というほど思い知らされた。
逃げても無駄なら戦うしかない。いついかなる時でも命を落とす覚悟はしてきたつもりだった。
ユイと戦った時も、なりふり構わずいたけれど後になってから考えたらすごいことをやっていたんだと怖くなった。
あの時は、ショータがいたから怖くなかった。でも今は俺一人だ。
妹よ、すまん。卒業証書は渡せない。今度ばかりは死ぬわ、俺。
「ああ、いいぜ。やってやるよ」
ジョエルに地獄で会った時に顔向けできるように俺は、前を向いた。
白い男は杖を地面に下ろし、閉じられた目を俺に据える。威圧感あるなあ。ユイじゃないけどドキドキするよ。
男がふいに杖を伸ばしてきた。俺は右手で杖を握りしめる。
あれ?
何だこれ。普通の木の杖だ。何かのスキルがあるのかと思っていたから拍子抜けした。
「やはり、君の手”やっかい”切り落とス」
今何って言った?
野郎の左手の刃渡り二十センチほどのナイフが陽光を反射している。
何かわからないけど、この右手は杖から外しちゃいけない気がする。でも距離を取らなければ、ナイフが俺の手を切り落とすだろう。
王手のかかった状況で、俺のできることは、
「手が駄目なら……足でえ!」
俺の取った戦術は至極単純だった。前蹴りで男の腹を蹴飛ばそうと試みたのだ。これが駄目もとながら上手くいった。俺、体術の訓練なんかしたことないから、蹴りも大したことがないんだ。にもかかわらず、鳩尾に決まったらしく男は膝を曲げ苦しんでいる。
その隙に左手でナイフを奪おうとするが、男は一気呵成に動き、ナイフを振りあげた。俺は首を反らし、ナイフをかわす。その際掠ったのか、俺の前髪が数ミリ飛んだ。
「手を離しなさ……イ……」
「やなこった!」
男は強情に杖による一撃に拘っているみたいだった。つまりこれさえ凌げば活路は開ける。
俺は、それが所詮素人考えだっていうのに気づく。
よく将棋で優勢な状況から逆転負けってあるよな。予想外の妙手は見えない。
今まさにそんな感じだった。
男はナイフを俺の顔に向かって投げてきた。目の前すれすれに切っ先が届きそうになって、ようやく動ける。
「ぐっ!」
尻餅をつく格好で何とかかわしたはいいが、額を切ったらしく、血が左目に入ってしまう。
杖を離しただけではなく、死角が増えたことで、より困難な状況に置かれた。
左側に風を感じる。多分、杖による横薙ぎの攻撃だ。かわすにしてもリーチがわからない。拭っている暇もないし、時間が経てば、右目に血が入らないとも限らない。
掴むしかない。手を闇雲に伸ばす。衝撃に震えながらもやってのける。
ところが男の攻撃は、杖じゃなかった。俺が掴んだのは、男の筋張った右手だ。
「これで、右手塞いダ。終わりネ」
野郎は杖を右から左手持ち変えていた。つまり俺の右側から杖がスイングされる寸法だ。あれを喰らったら、ジョエルみたいになるんかな。じゃあ止めるしかないじゃんか。
「……!?」
男が初めて動揺する気配を見せた。俺が塞がれていたはずの右手を出して、杖を掴んだからだ。
「杖が必殺技なら、確実に決めるために何かしてくるって思ってたよ。何か飛び道具が来るんじゃないかってビビってたけどなんとかなったみたいだ。あんたは目が見えないから、どうなってるか教えるよ」
俺の左腕から、蛇腹に伸びた白いマジックハンドが男の右手を止めていた。
それはジョエルがくれたエンチャントの一つだった。俺は攻防の隙を縫い、FGに指示を出しておいたのだ。指示は口に出さなくとも、FGは脳の電気信号を受け取ることができる。初めてやったから一か八かだった。
「どうして……、私の邪魔するカ?」
怒気はなく、純粋な好奇心からそう訊ねたように聞こえた。
改めて問われると、よくわからなかった。生き残るために戦ったのは、ユイの時と同じだけど、あの時と今回は何か違った。
ジョエルがやられたのも、あまりに突然で正直実感が湧いていない。
「仕事を、投げ出したくなかったからかもしれない。城の防衛を引き受けたからには、最後までやり遂げたい。それだけだ」
男が毒気を抜かれたようにふっ、と笑った。
「君も私と同じ穴の狢だったみたいネ。失敬……、君を甘く見ていタ」
俺の手から杖が消失した。男がFGに収納したのだろう。不意を突かれて焦るが、男は俺の脇を素通りした。
「自分自身の戒めと、君への賛辞としてここは退クことにスル」
「あ、おい、待て!」
呼び止めない方がいいんだろうけど、釈然とせずにそう叫んでいた。
「ああ、ソウソウ。忘れてタ」
男は思い出したようにが立ち止まり、杖を大地に突き立てた。
その途端、息を吹き返したように、ミラルゴ、インコ、そしてジョエルが同時に寝返りを打った。
「みんな、死んだはずじゃ……!?」
「ノンノン、私、人殺し嫌い。ゲームだろうと変わらないネ。教団とは違う。サヨナラ、少年。私、キリコ。人に名乗りたくなったの久しぶり。フフフ」
男は来た時と変わらず杖をついて、足下の安全を確かめながら城から離れていく。
あっけない幕切れに、俺は呆然となった。必死に押さえ込んでいた手の震えが押さえ込めなくなる。
ジョエルが屁をこいた。
臭え。生きててよかった。




