それでも僕はヤってない!
「あー! アテナのこと、くんくんしてるー!
」
アテナと密着していたからか、甘ったるい声が脳髄に浸透する勢いも凄まじかった。
俺はまずいことをしている気がしたが、急に離れるのも、「あっ、こいつ女慣れしてないな」と、見くびられて面白くない。
「くんくんしたままでいいから、アテナのお願い聞いてくれる?」
断れないのを知っていて、無茶な要求を平気でする。相変わらずの厚顔である。
「お願いって何?」
俺はアテナのむき出しの胸の谷間に鼻を埋めたまま訊ねた。
「アテナに、ぱふぱふしてくれないかな? 最近肩こっちやってさ」
妥当な要求に拍子抜けした。
何だ、お安いご用だ。この仕事続けててよかったって腹の底から思ったね。
「このままで平気? タロウ」
「いや、うつ伏せになってくれる? やりづらい」
「はーい」
アテナは用意周到に、ふかふかのダブルベッドを部屋に用意していた。絹かな。こんなさわり心地のいい布がこの世界にあるなんて信じがたい。実は全て幻なのかもしれなかった。
「あのさ」
「なあに? 早く来てぇ、タロウ」
甘えるような声で誘われ、俺はふらふらとベッドに近寄る。
「何で服着てないの、お前」
壁にかけられた燭台の火が、形のいいヒップに影を落とす。
「本場のぱふぱふって裸でしないと駄目なんだゾ☆ 男の人と女の人がする楽しいことなんだから」
そうなんだ。俺は無条件に納得した。
一糸まとわぬ女が寝そべるベッドに、靴を脱いで上がる。
吹き出物一つないまっさらな白い肌に、震える指を伸ばす。思い出せ、修行の日々を。裸の女が相手でも要領は変わらないはずだ。
「ふぁぁっ!」
アテナが突然、あくびをした。
俺は手をひっこめ、中腰の姿勢で固まってしまう。
「なんか眠くなっちゃうね。タロウも寝てもいいよ」
「ぱふぱふするんじゃなかったのかよ」
「あ、やっぱりしたいんだ! ふふ、タロウのエッチ」
俺は逆に冷静になる。アテナの牽制とも取れる一言で、日常の業務を思い出したのだ。童貞がびびったと思わないでもらいたい。
「おほん! ぱふぱふは、医療行為ですよ、神官殿」
「そうそう、気持ちいいことだよね。二人で気持ちよくなろうね、タロウ♪」
アテナの足が、俺の太股に触れるかふれないの距離でかすめる。偶然か。いや、わざとに違いない。
「し、失礼します」
「はーい、失礼されちゃいまーす♪」
平常心、平常心。
俺は、アテナの肩胛骨の上に手を置いた。うわ、柔らかい。肌がどこまでも沈み込みそうな気がするけど、ある程度力を込めると、ちゃんと押し返してくる。やっぱり女性の方が、男性より脂肪が多いって本当なのかも。解剖学の観点からも勉強になるぜ。
「あ、今、タロウ、アテナが太ったって思ったでしょ?」
「そ、そんなことないって。卵肌だって褒めようとしたんだよ」
何で俺の考えてたことがわかるんだろう。女の勘って奴かな。
「ね、早く、アテナを気持ちよくして?」
湿った声が、俺の頭の中をぐるぐるかきまわす。冷静でいるのは無理だった。
気づけば俺は、大将の言いつけを守らず、力任せにアテナの体をまさぐっていた。
「やあん! タロウ、いきなりそんな、激しいのダメぇ……」
「お前がやれって言ったんだろうが! このビッチ! この体でどれだけ男を誘惑した。答えろ!」
「ひどーい、アテナ、そんな子じゃないもん」
辛抱たまらなくなった俺は、アテナの体を鉄板焼のようにひっくり返す。料理してやるよ、女体盛り。
お椀のように盛り上がった、二つの胸の間に汗が溜まって光っていた。
「タロウ、怒ってるの? 全然連絡しなかったこと」
この数ヶ月、俺の方が気をつかった感じだった。アテナは忙しいし、俺とは責任の重みが違うんだろうと察していたので、非難する気は元よりなかった。
「忘れた頃に呼ぶなよな」
「ごめーん。タロウにぱふぱふして欲しくて。結構評判みたいだよ」
リップサービスだろうけど、嬉しかった。でもそのためだけに俺を呼んだんだろうか。さっき助けてって言わなかったか。
「ねえ、タロウ、続き」
「あ、ごめん」
急かされて我に返ったけど、これからどうすればいいんだ。あ、なんかさくらんぼみたいな突起が上を向いてる。
「タロウ、見すぎ。他のお客さんにもこんな乱暴なことするの?」
「しねえよ。つい、これはだな」
あー、もう限界みたいだ。すまんな、読者のみんな。
俺、野獣になります。
アテナの顔の横に手を置き、覆い被さる。
「タロウ、目が点になってるよ。だいじょですか?」
俺の鼻息荒くなってる。自分でわかる。
「ぱ、ぱふぱふするぞ、俺は」
どもりながら言うと、アテナはくすっと口の端から、息を漏らした。
「どんなことされちゃうのかわかんないけど、プロにお任せするね。でもその前に約束して」
アテナは恥らうように俺から目をそらす。
「アテナのために、死んでくれる?」
こっちはもう社会的に死んでるんだよ、お前のせいで。今更怖いものなんかない。
「魔王が襲ってきても君を守るよ」
「やーん、嬉しい。アテナ、タロウのこと大好き♡」
俺は服を乱雑にベッドから放り投げる。アテナは寝そべったまま足を組んで、にやにや笑っている。
「ねえ、タロウ。この国の強姦罪ってどのくらいの重さか知ってる?」
あとはトランクスを脱ぐばかりだ。トランクスは継ぎはぎがしてあって、みっともないから早く脱いでしまいたかった。
「最低でも十年以上。悪質な場合は、極刑もあるんだゾ☆」
「へー、そうなの。でも俺ら同意の上だから……」
アテナはシーツを胸に巻いて、首を傾げている。おい、こいつ、まさか……
楽器を吹くときみたいに大きく肺をふくらますアテナ。
「いやあああああ、出張ぱふぱふ師が、アテナに乱暴しようとしているわあああああ、誰か来てー!」
舞台女優のようなわざとらしい悲鳴に、負けず劣らずの騒がしい足音が殺到したと思うと、鎧姿の近衛兵が、部屋になだれ込んできた。部屋が途端に男臭くなる。
あれあれ? 俺、ハメラレタ。
「そのとーり☆」
呆然とする俺の背後で、アテナがステッキを振りかぶっていた。振り向きざま、こめかみに重い衝撃を受ける。髑髏の一杯ついた凶々しいステッキなんてどこに隠してやがったんだ。
で、意識を失った俺はクジンスキーの牢に運ばれたわけ。ひどい話だ。




