とある日の舞踏会3
レイル「お前なーーっ!!俺が踊れないの知ってんだろ!?」
後ろでにゃーにゃーと煩い彼。
多くの男女が、身を寄せ合ってダンスを楽しんでいる中。
男性の誘導で、女性がクルリと軽やかにターンすると、ドレスの裾が華が咲くようにフワッと広がる。
ダンスなんていつ振りだろうと考えながら、私はせっせと歩いた。
フロアの隅の方で足を止め、レイルに向き直る。
エマ「知っているわよ」
見た目からしてそうだろう。
逆に私より上手ければ、それはそれでびっくりだ。
レイル「なら、なんで連れて来たんだよ」
エマ「私が教えてあげるわよ。それに、女の誘いを断るつもり?」
小さい頃から、こう言う場には慣れていた。
レイルの手を取ると、躊躇なくその手を自分の腰に回させた。
そして、もう片方の手を優しく握る。
レイル「なっ!!?」
エマ「ほら、ちゃんと音楽を聴いて。まずは右足からね」
彼の肩に手を当てがい、私はゆっくりと足を踏み出す。
レイルがついてこられるようにと、音楽に合わせつつ、そして優しく声を掛けた。
エマ「そう、その動きよ。なんだ、やれば出来るじゃない」
元々、彼はとても器用な猫だ。
私が少し教えてやれば、すぐにその動きを習得していた。
けれど、その表情は何故か固い。
レイル「なんで俺がこんな事を...っ!!」
こんなつもりじゃなかったのに。
そう言いたいのがひしひしと伝わってくる。
エマ「たまには良いじゃない。それに、あんたを放っておいたら、また騒ぎになっちゃう」
レイル「エマはムカつかないのかよ、あんな事を言われて」
下品な言い方ではあるが、ムカつくに決まっている。
けれど、レイルが怒る必要はない。
エマ「レイルが代わりに怒ってくれているから、そこまで怒っていないわ」
おかしな猫だ。
彼は短気だが、他人の為に感情を露わにするような奴でもない。
いつも他人の事には興味を示さないし、ましてや誰かの為に怒るなんて有り得ない。
レイル「なんだよ、それ?」
エマ「ふふっ。ありがとね、レイル」
それに彼を見ていると、なんだかどうでも良くなってくる。
私の中で渦巻いていたわだかまりも、いつの間にか消えていた。
私達は、バイオリンの音に体を預けながら、ステップを踏み続けた。
レイル「...って言うか、エマって踊れたんだな」
ポツリと漏らされた言葉。
二色の瞳が、ジッと私を見つめている。
宝石のように、大きくて綺麗な瞳の色。
私が感じている彼の魅力の一つだ。
エマ「えぇ。小さい時から、こういう場には連れてきて貰っていたから」
母がまだ健在だった頃だ。
あの頃は、父も今みたいに家にこもりきりではなかった。
笑顔の時が多く、とても仲の良い夫婦だったと思う。
子供の私でも、その関係は羨ましいと感じた程だった。
レイル「そうなのか?じゃぁ、他の奴と踊ったりしたのか?」
エマ「まぁね。子供の頃だから、ダンスって言うよりお遊びみたいなものね」
私がそう言うと、握られていたレイルの手に、少し力が入ったのが分かった。
エマ「レイル?」
不思議に思い、レイルを見上げる。
レイル「なんか、ムカつく」
ムスッとするレイルは、眉間に皺を寄せていた。
なんだその態度はと、私は目を丸くした。
エマ「どうして怒るのよ?」
レイル「男とこうやってくっついてたって事だろ」
エマ「当たり前でしょ、踊るんだから」
レイル「俺からすれば、当たり前じゃないんだよ」
何を心配しているんだろう。
たかがダンスだ。
距離なんか気にしていては踊れない。
エマ「それに子供の頃の話よ。お父さんが家にこもるようになってからは踊っていないわ」
レイル「どうだか」
エマ「言ったでしょ?用事が済んだら、さっさと帰ってるの。今日はあんたに引き止められたせいで、予定が狂っているのよ」
と、レイルに冷たく言った。
帰っていたら、もう家に着いている筈だ。
何を心配しているのか分からないが、そこまで言われる筋合いはない。
エマ「あっ、でもエリックとピーターとなら踊った事があるわ。まぁ、それも結構前の話で...」
レイル「はぁっ!!?」
急に大きな声を出され、私の肩が飛び上がった。
それでもダンスを続けているのだから、私のダンスの腕も上出来だと言える。
エマ「な、なによ?急に大声を出さないで」
レイル「やっぱり踊ってんじゃねぇか!しかもおっさんとピーターって...趣味悪過ぎ」
なんて失礼な事を言っているんだ。
しかも、私の趣味にまで口を出してくるなんて...
そもそも、誘われたから踊っただけだ。
私の趣味で踊った訳ではない(これも酷い言い草だが)。
エマ「あんたね!そんなに私が他の人と踊るのが嫌なら、毎年来て見張っていれば良かったでしょ。あんただって友達なんだから、踊ってあげるわよ」
レイル「まさかエマが踊るなんて思ってなかったんだ!なんだよ、それ...マジで有り得ない」
怒っていると言うより、どこか寂しげに見えた。
耳や尻尾がシュンっと下がり、綺麗な色の瞳が下を向いてしまっている。
その表情は、曇が掛かったように暗い。
楽しそうにしていたり、怒っていたり寂しそうだったりと、彼はとても忙しそうだ。
コロコロと感情が変えていく様に、私はクスッと笑った。
レイル「何笑ってんだよ?」
エマ「本当、レイルって面白いわね」
短気な所が厄介だが、自分が持っていないものを彼はたくさん持っている。
気分屋なところも、ポジティブなところも。
言い出せば、キリがないだろう。
私は、ぎゅっとレイルの手を握り返した。
エマ「もうダンスは覚えたわね。これで、レイルはいつでも踊れるわ」
すると、レイルは不機嫌そうに口を開いた。
レイル「踊らないっての。それに、もうここには来ないつもりだからな」
エマ「私は来年も来るわ」
レイル「まさか、踊りたい相手でもいるのかよ」
まだ気にしているらしい。
少し怖い言い方だったが、嫌な気分にはならなかった。
私は、彼に優しく笑った。
エマ「馬鹿ね。あんたがダンスを覚えていてくれたら、また来年の舞踏会でも、レイルに相手を頼めるもの」
アルコールが回ったおかげか、その時の私の口から出た言葉は素直な気持ちだった。
とても楽しい。
舞踏会に来て良かったと感じたのは、何年振りの事だろう。
彼の手の温もりは、とても確かなもので、それでいて優しく感じる。
レイル「そ、それって、今俺に約束させようとしてるのか?」
エマ「違うわよ。あんたは気分屋だから、まともな約束なんて出来ないでしょ。たまたま会えたらで良いの。でも...」
笑っている私とは違い、レイルは表情を引き攣らせながらうろたえていた。
とても分かりやすい猫。
エマ「...会いに来てよ。それで、今度はレイルが私をダンスに誘って、ちゃんとエスコートしてよね」
鳴り止まないバイオリンの演奏。
猫の青年を優しく誘導するように踊る。
彼のはにかんだ姿に、自然と笑みが漏れたのだった。
レイル「......っ」
レイルが目を覚ますと、そこはいつものガラクタ置き場だった。
目の前には、直したてのステレオが置いてある。
それを見て、ハッとなった。
そうだ、自分はつい寝てしまっていたのか。
さっきまで、変な夢を見ていたような気がした。
思い出そうとしたが、とても朧げで、霧のかかった迷路を辿るような感覚が邪魔をする。
確か、舞踏会の夢を見ていたような気がするが、それ以上は思い出せない。
照明を消して外へと出ると、既に空は暗くなっていた。
そんな暗い森の中からでも、一際明るく光っている建物が見えた。
レイル「そうか、今日は舞踏会だったな...」
いつも以上に明るい照明が、アルムヘイム城を照らしている。
もともと目立つお城だったので、余計に目がいってしまう。
レイルは気にせず、拳銃取り出して発砲した。
出来上がった魔法陣を潜り抜け、我が家へと帰ってくる。
しかし、レイルは眉をひそめた。
バスの明かりが消えている。
念の為に中に入り確認するが、そこに彼女の姿はない。
その理由は、すぐにピンと来た。
レイル「アマキの奴〜っ!あれだけ俺は行かないって言ったのに!」
もぬけの殻のバス。
自分と一緒に過ごすと約束したのに(押し付け)、彼女は舞踏会へ出向いた事を悟った。
すぐさま拳銃を取り出す。
もしや、変な男に絡まれているかもしれない。
そんな心配を抱えながら、レイルは撃ち出した魔法陣を潜り抜け、すぐさまお城へと向かった。




