笛吹の旅人
ピノキオゲートを出るのは、とても容易い事だった。
何故かと言うと、嘘で塗り固められた私の能力を信じきった彼は、私が拳銃を向けるだけで通してくれたからだ。
少し快感を得てしまい、とても面白い。
ある意味、顔パスだ。
いや、この場合、能力パスと言った方が正しいのかもしれない(私に能力はない)。
そこを通り過ぎると、今度は広大な草原を越えなければならなかった。
この場所に癒され続けていたのが遠い昔のようだった。
レイルやドロシーと歩いた時は長く感じたが、1人で歩くと余計に長く感じてしまう。
歩く事しばらく、やっとの事で草原を抜け、山に続く道に出ることが出来た。
ここからは一本道だ。
まだ鏡の城と呼ばれるものは見えないが、ここを歩いていれば、いずれ見えてくるだろう。
急がなければならない。
すでにあと6日。
一刻を争うのだ。
木々に囲まれた平坦な道を歩いていく。
とても平凡で平和な世界。
何もなければ、散歩感覚で楽しめただろう。
レイルが元気になったら、また一緒にツーリングを楽しみたい。
あれは私にとっても良い思い出だった。
お願いしたら、きっと喜んで連れて行ってくれるだろう。
海希「......!」
道の先に、誰かが倒れている。
近付いて行くと、それが男性だと分かった。
ボロボロの変な帽子をかぶり、マントのようなもので身を包んでいる。
地面に倒れた怪しげな男は、ただそこで倒れているだけだった。
...怪しい。
とても怪し過ぎる。
海希「......」
知らない人に声を掛けてはいけない。
昔、そう親に教えられた。
何度も自分に言い聞かせたが、失敗に終わっている。
ごめんなさい、そこの人。
私は急いでいるの。
と、心の中で謝りながら、素通りした。
海希「......」
サクサクと進んで行く。
しかし、後ろから声はしない。
立ち止まり、ちらりと見てみる。
彼に動きはない。
そして、また歩き出す。
......。
............。
駄目だ。
私は振り返り、元来た道を戻った。
私は、自分が思っていた以上に良い人間だったらしい。
きっと、その辺は親も褒めてくれるだろう。
海希「あの...大丈夫ですか?」
恐る恐る、倒れている男に声を掛けてみる。
海希「あの〜....」
もう一度声を掛ける。
返事はない。
ただの屍のようだ。
なんて思ってしまった。
もう一度声を掛けてみて、応答がなければ本物の屍と判断し、先へ進む事にする。
何しろ、私も急いでいるのだから。
男「うぅっ....」
3度目の声を掛ける前に、男が反応した。
地面に顔を伏せたまま、小さな声を漏らす。
男「な...何か食べ物を....」
そう言われ、私はリュックから適当に食べ物を取り出した。
私にとっても貴重な食料だ。
パンが一つと、そして水。
彼の前に差し出すと、彼はすぐさま起き上がり、すかさずそれを口にした。
とても勢いの良い食べっぷり。
私は固唾をのんで、その光景を見ている事しか出来なかった。
男「いや〜、助かったぜ!」
満足そうに笑っている。
顎に、少し髭を生やした男。
顔はとても優しそうだが、何となくアホそうにも見える(失礼だが)。
男「お嬢ちゃん、あんたのお陰で助かったよ。いや〜、このご時勢にまだ良い奴がいるもんなんだな〜」
私の肩を、ポンポンッと軽く叩く。
とても呑気な男だ。
お腹を空かせて道端で倒れているなんて、そちらの方がこのご時勢になかなかいない。
海希「そう、良かったわ。じゃぁ、私はこれで....」
男「いや、待て待て待て!まだお礼をしていないだろ?何かお礼をさせてくれ」
男に腕を掴まれてしまった。
そこまでして、お礼を貰う気もない。
海希「お礼なんて良いわ。そんなつもりで助けたつもりもないし」
とにかく先へ進みたい。
そうしたいのだ。
頼むからそうさせてくれ。
男「おじさんの気が済まないの!お嬢ちゃんに助けて貰って何も返さないなんて、情けない話だぜ」
おじさんの気なんてどうでも良かった。
道端で倒れている事自体が情けない気もする。
しかし、それを口には出さない。
男「何か困っている事はないか?おじさんにできる事があったら、なんでも聞いてあげちゃうぜ」
とても胡散臭い男だ。
困っている事....それならたくさんある。
まず、こいつが今すぐ解放してくれない事だ。
海希「魔女を探しているの。あなた、見た事ない?」
正直な事は言えないので、とりあえずそっちを訊いてみた。
それも重要な事だ。
男「魔女〜?お嬢ちゃんも悪趣味だな〜....魔女なんて、もう居ないんじゃないか?魔女狩りが流行ってから、そんな奴らは1人も見ないぜ?」
やはりそうか。
期待外れだったが、これも想定内だ。
男「あ、でも待てよ。魔女に会いたいなら、鏡の城に行ってみると良い。噂じゃ、あそこに魔女達が集められているって聞いだぜ。なんでも、あんたみたいなお嬢ちゃんが、あそこに引き連れていったって話だ」
海希「お嬢ちゃん?」
私みたいな...という事は、若い女性だろうか。
彼女も魔女なのかと、少し考えた。
海希「ありがとう。じゃぁ、私はそろそろ...」
男「待て待て待て!そんなに急ぐなよ。まだお礼はしていないだろ?」
....は?
お礼ならさっきの情報で十分だ。
と言うか、既に知っていた事だった。
何より、早く解放されたいだけだ。
海希「お礼なら良いって。って言うか、さっきの情報を教えて貰ったでしょ」
男「いいや!おじさん的にはまだ気が収まらないんだ!それに、こんな若い子と話せるなんて久々で嬉しいんだ。ここは一つ、何かもっと凄い事を...」
海希「けっこうよ」
ぴしゃりと遮る。
とてもしつこいおじさんだ。
ただの暇潰しにされている気がする。
なんだか、とても面倒な感じに絡まれているのは確かだ。
やはり助けたのは失敗だったようだ。
男「そんな冷たい事を言うなよ...そんな事言われたらおじさん、悲しくって泣いちゃうぜ」
海希「気持ちが悪いからやめて」
そんな事をされたら、すかさず逃げる。
何しろ、私は急いでいるのだ。
こうしている間に、時間はどんどん過ぎていく。
男「そうだ!じゃぁ、おじさんの能力を見せてやろう!なに、とっても楽しいもんだから元気になるぞ?とくにお嬢ちゃんみたいな女の子が喜びそうなものを選曲してあげよう!」
能力?!
私は後退った。
こんなに簡単に能力を見せられて、果たして危険はないのだろうか。
身の危険が、とても心配だ。
海希「いい!無理しなくていいから!そんなの見せてくれなくてもいい!能力はもっと大事にした方がいいわ!」
男「は?何遠慮してんだ?そんなに出し惜しみするもんじゃないさ。じゃぁ、よーく見ててくれよ」
ぎゃぁぁぁぁあ!!!
私の言葉なんて、まるで通じない。
ここの人達は、どうしてこんな人達ばかりなんだろう。
男は懐から何かを取り出した。
とても古い感じの横笛。
彼はそれを口に当てると、美しい音色を奏でた。
聞いた事のないメロディー。
確かに楽しい感じのメロディーだが、今の私が明るくなるとまではならない。
やはり胡散臭い男。
ただ、自分の演奏を披露したいだけではないか。
海希「....え?」
茂みから出てきた小動物。
ウサギ、リス、ネズミ、サル。
その他多数が、どんどん目の前に集まってくる。
列をなして、踊っているのだ。
小さな手足を器用に動かし、とても楽しそうに輪を作る。
男のメロディーに合わせながら、キャッキャと弾むように踊っている。
そして、男も楽しそうに演奏を続ける。
なんて不思議な光景なんだ。
まるで、森の動物達の学芸会。
なんだか気分がほんわかとする。
動物達は踊り続ける。
私に笑顔を向けながら、とても楽しそうに。
男が最後のパートを吹き終わった。
すると、動物達も最後のフィニッシュを飾る。
学芸会が終わると、私は盛大な拍手を贈った。
海希「凄い!なんでこんな事が出来るの?」
何事もなかったかのように去っていく動物達。
その背中がなんだか少し寂しかったが、私は男に訊いた。
男「これがおじさんの能力なんだ。動物だけじゃない。音色によっちゃ、大人や子供だって操れる。ただ、音が聞こえる奴限定だがな」
これを悪用されたら、最悪の展開になるだろう。
この人が悪いおじさんじゃなくて良かったと、心底思った。
男「そうだ、お嬢ちゃんの名前を聞いてなかったな。でも女の子から名乗らせるなんて、男のやる事じゃない」
何処かで似たようなセリフを聞いた事がある。
けれど、この男の方がよっぽど信用出来そうだ(アホ面だが)。
男「おじさんはエリック。エリック・ハールメン。旅をしている笛吹だ。どうぞ、よろしく」
海希「私は稲川海希よ」
握手を交わす。
ゴツゴツした男らしい手だった。
でも、やはり笛吹だけあって指はとても綺麗な形をしている。
エリック「へぇ!あんた、違う世界の人間か!?珍しいね!お嬢ちゃんも旅をしているのか?」
やはり、名前を言っただけでバレてしまう。
このシステム、なんとか出来ないものだろうか。
海希「旅じゃないわ。目的があって、鏡の城へ向かっているの」
エリック「そうか...それは大変だな。やっぱり魔女に会いに行くつもりか?」
眉間に皺を寄せながら、エリックは私に訊く。
答えは一つだ。
海希「えぇ。どうしても、魔女さんにお願いしたい事があって。急がなくちゃいけない」
エリック「そうか。なら、止めて悪かったな。城までは少し遠いが、お嬢ちゃんはまだ若い。3日くらいでなんとか着くだろう」
優しく笑ってくれる彼に背中を押され、私も俄然、やる気が出てくる。
エリック「おじさんの友達の1人に、お嬢ちゃんみたいに魔女に興味を持つ奴がいたよ。まだ魔女狩りが流行っていた頃だったが、あいつも確か城へ足を運んでいたな....」
海希「友達?」
エリック「そう。おじさんみたいに汚いおじさんじゃないぞ?そいつは男爵で、ボンボンなんだ」
その言葉に、私の体が反応する。
私の知っている男爵は1人しかいない。
思い浮かぶ、あの男性の顔。
海希「それって....レオナードさん?」
エリック「そう!お嬢ちゃんも知っているのか。そう言えばここ最近、全く顔を見ていないな。今度、会いに行ってみるか」
この人は知らない。
彼が、既にこの世にはいない事を。
私の口から教えて良いものか悩む。
エリック「そうだ!この先まだまだ長くなるだろうから、おじさんから良いものをあげよう」
ゴソゴソとポケットの中を探っている。
何を取り出すのか見ていると、彼が出した手の上には大きなビー玉が乗っていた。
その大きなビー玉に穴が開けられ紐が通されており、まるでペンダントのようだった。
海希「綺麗...」
薄い黄色のビー玉。
キラキラとしている。
ただのビー玉なのに、目が惹かれた。
エド「旅の御守りだ。良かったら持って行ってくれ」
私はそれを受け取り、ポケットにしまった。
なんだか彼にお礼をされすぎた気もしたが、これはこれで良いのかもしれない。
エド「じゃぁ、気を付けて行くんだぞ?また縁があれば何処かで会おう」
私は彼に別れを告げ、旅を再開した。
結局、彼に男爵が亡くなった事を言いそびれてしまった。
男爵は魔女の事を気にしていたと聞いてしまった。
そんな事を聞いてしまい、歩きながら何気なく考える。
彼は一体、鏡の城に何しに行ったのだろうか。




