今時、姫は呪われない
木々を避けながら、森の中を進んで行く。
背中に背負うリュックを揺らしながら、来た道を戻っているのだ。
先程まで、土砂降りのように降っていた雨がやみ、嘘のように晴れ渡っている。
まるで、私の行く道を明るく照らしてくれているように思えた。
絶対に助ける。
昔、コロと約束した事を思い出す。
私は、あなたを助ける。
絶対に、私はあなたの味方だと。
見殺しなどにはしない。
大学でボロボロに傷付いていた猫を、私はもう一度救う。
何度だって救ってやる。
そう決めたのだ。
ハリー「呪い...か」
フムフムと考え込む男性。
優しそうな顔が、ドロシーにそっくりだ。
分厚い本のページをめくりながら、彼は顎に生えた髭に手を伸ばした。
彼の名前はハリー・ブレイズ。
ドロシーの実の父親だ。
私がシャワーを借りた後、ドロシーと2人で今後どうしていくかを話し合っていたら、彼が帰って来たのだ。
もちろん、彼は寝かされていた青年2人を見て驚いていた。
事情を話すと、とても気持ちよく承諾してくれたのだ。
青年2人をベッドへ移した後、私はこうしてハリーさんと向かい合わせにテーブルに座り、話を聞いているところだ。
ドロシー「これ、飲んで」
温かいコーヒー。
私はドロシーにお礼を言って、それを一口飲んだ。
ハリー「魔女の存在は僕も知っているよ。呪いは彼女達の特権だ。それは恐ろしいと言われていた存在だったけど、まさか赤の裁判所の女王が魔女だったとは...なんとなく分かる気はするけど」
と、苦い表情を浮かべている。
威厳があり、とても冷ややかな微笑み。
確かに彼女は魔女だ。
私が想像する魔女、そのものだ。
海希「その呪いを解く方法はないんですか?」
問題はそこだ。
もしもそれがないのなら、レイルが悶え苦しみ、そして死んでいくさまを7日間も見ていなければならない。
そんなのは一番の拷問だ。
私には耐えられない。
ハリー「そうだね...魔女の呪いは、魔女の力で解く事しか出来ないんだ。僕たち普通の人間が、太刀打ち出来るものじゃない」
海希「じゃぁ、イザベラに頼み込んで呪いを解いて貰うって事?」
それは不可能かもしれない。
あの女の恐ろしさは、既に分かっている。
私が土下座して謝ったところで、また変な能力で跪かされるだけだ。
地面に頭がめり込んでしまう。
ハリー「そう言う事になる。でも、彼女が許してくれるかどうか...彼女も呪いを受けたんだろう?」
あの時の事を思い出してみる。
彼女が私に言った言葉。
呪いは、術者をも呪う。
自分は後悔していない、と。
まさに、人を呪わば穴二つ状態だ。
そして、気になる事はまだある。
林檎の正体。
彼女達の恨み。
彼女達の魂。
一体、何の話をしていたんだろう。
海希「はい...彼女も、苦しんでいるんでしょうか?」
そこまでして、レイルを裁く必要はあるのだろうか。
不思議でならない。
だいたい、魔女が呪う相手は大半がお姫様に対してだ。
どうして、何の関係もない猫を呪い殺そうとするのか理解に苦しむ。
と言うか、魔女と猫はセットのイメージだ。
このままでは、そんなイメージを壊してしまうどころか、話までめちゃくちゃになってしまうではないか。
と、おとぎ話事情が少し心配になってしまった。
ハリー「分からないな...とにかく、7日と言ったんだろう?それまでになんとかしなくちゃね。大丈夫、まだ方法はある」
パタンっと本を閉じたハリーさんに、私は期待の眼差しを向けた。
まだ方法があるのなら、それが希望だ。
ハリー「他の魔女を探すのはどうだろう。ただ...まだ存在するかどうかだけど」
海希「それ、どう言う意味ですか?」
ハリー「少し前にね、魔女達が消えていくって言う不思議な事件が流行ったんだ。昔はたくさんいたんだよ、魔女なんて」
全員、何処かに引っ越したとか?
もしくは、どこかのお姫様達が仕返しに彼女達を八つ裂きにしたかのどちらかだ。
...いや、あの凶悪双子のヘンゼルとグレーテルだって、魔女には強い恨みを持っている筈だ(私が知っている兄妹なら)。
あの2人が彼女達を血祭りに上げたのかもしれない。
なにせ、あの2人は銃と毒を使い熟す。
可愛らしい子供ではないので、十分に有り得る。
...なんて、自分なりに考えてみた。
ハリー「僕達には何の被害も無かったけど。魔女達の間では大事件だっただろうね。同じ魔女だけがどんどん消えていくんだから。悪い魔女も、優しい魔女も...全員だ」
まるで、魔女狩りだ。
ふと、ある事を思い出す。
セリウスとのやり取りに、そんな話があった。
未解決の事件。
魔女狩り事件。
ハリー「そう言えば、これは噂だけど鏡の城って知ってるかい?ここからゲートを出て、反対側にあるお城なんだけど」
海希「それならレイルに教えて貰いました。場所ならなんとなく分かります」
もちろん、方角だけだ。
道なんて方角さえ分かっていれば、なんとかなる。
セリウスみたいに、見境なしに進んだりはしない。
ハリー「あそこに魔女が入っていくのを目撃したと言っている人も多いんだ。ただ、あそこは誰も近寄らない。一度入ると、戻ってこられないって話もあるし....」
ハリーさんは顔を顰めている。
そんなに危険な場所なのだろうか。
もしその噂が本当なら、行って損はない。
いや、行くべきなのだ。
ハリー「あと、もう一つ手はある。これは不確かな情報だけど...」
海希「なんですか?」
ハリー「人魚の涙」
人魚?
私の頭の中にエリーゼの姿が浮かぶ。
美しい人魚。
笑顔が素敵な、キラキラした女性だった。
海希「涙...ですか?」
ハリー「人魚の涙はね、どんな傷でも癒す事が出来るんだ。その力は清らかで、もしかすると呪いを払ってくれる効果があるかもしれない」
それならなんとかなるかもしれない。
エリーゼとは友達だ。
また会えるか分からないが、まだあの湖にいるかもしれない。
その2つの希望が見えただけで、少しだけ気持ちが軽くなったような気する。
じっとしていられない。
私は、咄嗟に立ち上がった。
ドロシー「アマキ?」
海希「私、行ってくる」
ドロシーの入れてくれたコーヒーを、一気に飲み干した。
おかげで目が覚めた。
体も軽い。
ハリー「え?どこに?」
海希「もちろん鏡の城にです。あと、エリーゼを探しに」
ドロシー「エリーゼ?」
おっと、これは誰にも言っていない事だ。
私は口を噤んだ。
海希「とにかく、レイルを助けるにはそれしかないんですよね?なら行くしかない」
私は、レイルが眠る部屋に足を運んだ。
ベッドに横になる彼の手を握る。
呼吸をするのも辛そうだ。
額に汗をかいている。
海希「ちょっと出掛けてくるね。私が帰ってくるまで、ちゃんと頑張んなさいよ」
ギュっと握る。
いつも、レイルが握ってくれたように心を込めて。
ピーターの方をちらりと見る。
まだ目は覚まさないが、だいぶ元に戻ってきている。
...目が覚めたら、絶対に年齢を聞いてやる。
私はレイルの手を布団の中にしまい、部屋を出た。
そんな私に、おどおどとしながらドロシーが声を掛けてきた。
ドロシー「アマキ、あたしも...」
海希「ドロシーは2人を見ていて」
きっぱりと言った。
今、頼りになるのは彼女しかいない。
私はニコッと笑ってみせた。
海希「大丈夫!危なくなったらすぐに逃げて帰ってくるし!私、臆病だからね!レイルの為だけに、命なんてかけられないわよ!」
不安そうに私を見るドロシー。
私は彼女の肩を軽く叩いた。
海希「ハリーさん、ありがとうございました!どうか、2人をよろしくお願いします!」
ぺこりと、深く頭を下げる。
貴重な情報をくれた人だ。
さすが、ドロシーのお父様。
感謝の気持ちでいっぱいだ。
ハリー「本当に大丈夫かい?僕達はこんな事しかしてあげられないけど...」
海希「これ以上頼るなんて無理です!それにコロは...じゃなくて、レイルは私の家族ですから。家族を助けるのは、家族の役目です」
本当は不安だった。
知らない世界で、そんな噂だらけの場所に行くのは誰だって不安になる。
私は臆病なのだ。
頼りになる能力だってない。
しかし、行かなければならない。
ドロシー「じゃぁ、これを持って行って....」
海希「いらないわ!」
ドロシーがバスケットから取り出した銃。
レイルが持っているような拳銃ではなく、なかなか大きめの銃だ。
見ているだけで怖い。
私は即答で拒否した。
海希「ありがたいけどね!でも私、銃は嫌いなの」
と、言い訳をしておく。
そんなものをブチかます勇気はない。
ドロシー「そう....じゃぁ、これを」
と、また銃を取り出すのかと思えば、彼女の手に握られていた物は私もよく知る物だった。
海希「...マッチ?」
小さな小箱。
彼女は、私の手の上にそれを置いた。
ドロシー「そう。前のは雨で湿気っているだろうから。ライターやジッポなんかより、ずっと役に立つわ」
....。
......夜になれば何かと役に立つだろう。
ドロシー「迷った時は、火を灯してみて。きっと役に立つから」
それは、暗がりの夜道でって事だろうか。
いや、火はとても必要不可欠なものだ。
獣を寄せ付けない効果だってあるのだから。
けれど、どうせならチャッカマンなどが良かったかもしれない。
だが、そんな贅沢は言わない。
友達の気持ちを踏みにじってはいけない。
海希「ありがとう。大事に使うわね」
私はドロシーの家を出て、森の中にあるバスに向かった。
雨は小雨になっていた。
傘なんて必要もないくらいにだ。
目的地に到着すると、その辺にあったリュックに必要な食量や役に立ちそうな物を詰め込んだ。
赤い頭巾をかぶり、ブーツの紐を結び直す。
これで準備は整った。
私は大きく深呼吸する。
海希「よしっ、行くわよ」
そして、バスを出た。
向かうのは、近くの湖。
まずはそこからだ。
海希「エリーゼ!」
ひとまず名前を呼びながら、歩いてみる。
岩場を確認してみるが、やはり彼女の姿はない。
人魚は滅多に人前に現れない生き物。
それは、レイルに教えて貰った事だった。
やはり、あれは奇跡だったのだ。
初めてここにやって来た時、彼女に出会った。
確か、涙がどうとか言っていた気がする。
最初は、彼女が誰かに虐められていると思っていたが、そうではなかった。
誰もが欲しがる人魚の涙。
あの時、少しでも貰っておけば良かったと後悔した。
海希「しょうがない...次に行くか」
木々を避けながら、森の中を進んで行く。
背中に背負うリュックを揺らしながら、来た道を戻った。
先程まで土砂降りのように降っていた雨がやみ、嘘のように晴れ渡っている。
まるで、私の行く道を明るく照らしてくれているように思えた。
ふと、私は何かの違和感に気が付いた。
服の中をゴソゴソと探る。
そこから出てきたのは、二丁あるレイルの白黒銃。
その一つを、自分が持ったまま出てきてしまった。
海希「...まぁ、良いか」
私はそれをしまい込む。
まるで、近くにレイルがいるかのような気持ちになった。
胸が温かい。
それだけで、心強くなれた。




