笑う猫は笑わない
サクサクと森の中を進んで行く。
薄暗くて、一人で歩くには気が引ける不気味さだ。
虫や、何の鳥か分からないような声が、物静かな空間でやけに響いて聞こえる。
ドロシー「あたいはここで帰らせて貰うよ。いつ人格が変わるか分からないからね」
自覚はあるのか...
私は少し驚いた。
海希「あ....うん、今日はありがとう」
それでも、レイルは黙々と歩き続ける。
私の手を握ったままなので、止まる事が出来ない。
海希「ごめんね、ドロシー!またね!」
私に背を向け、軽く手を振るドロシーはやはり男前だ。
ワイルド過ぎる。
海希「ねぇ、レイル....」
握られた手が痛い。
足がもつれそうになる。
それでも歩き辛い道なのだ。
余計に躓きそうになってしまう。
海希「き、聞いてる?」
レイル「......」
返事をしない。
怒っているのだ。
それも、相当。
いつものレイルじゃない。
たとえ怒っていたとしても、いつもなら私に対して、こんな冷たい態度は取らない。
けれど、乱暴に手を引っ張られ続け、私も我慢出来なくなってきていた。
海希「ちょっと...!レイルってば!」
思わず大声を出してしまった。
するとレイルは立ち止まり、私に振り返った。
レイル「あんたはあんな事されて嫌じゃないのか!?」
彼の怒声が、暗い森の中で響いた。
突然、何を言い出すんだ。
彼は本気で怒っている。
どうして私が怒られなければならないのか。
海希「....何言ってるの?」
レイル「好きでもない男にあんな事されて、あんたは嫌じゃないのかって言ってんだ!!!」
嫌に決まっている。
私は尻の軽い女ではない。
ついでに言えば、あんな女性に慣れているような男だって好きじゃない。
海希「ふーん、妬いてるのね」
なるほど、これがヤキモチか。
ヤキモチを妬かれるなど、いつ振りの話なんだろう。
レイル「当たり前だろ!?俺はあんたが好きなんだ!!!」
あまりにもストレート過ぎて、逆に恥ずかしくなった。
普通の人なら、そんな事ない!とか、そんな感じになるパターンの筈。
そう思っていた。
海希「....っ!!って言うか、私に怒らないでよ!」
負けずに言い返す。
私が好きでされた訳ではない。
してくれと頼んだ訳でもない。
レイル「じゃぁなんで止めたんだ?!俺は絶対にあいつを許さねぇ!!!」
黄色と青色の虹彩が光った。
眉を吊り上げ、尖った牙を口元から見せている。
....怖い。
レイルがとても怖く見えた。
いつもお気楽で、たまに馬鹿みたいにはしゃいで可愛いところもあった。
なのに、今ではまるで凶悪犯のようだ。
この暗さが、余計にそう見せているのかもしれない。
レイル「俺は嫌なんだよ!!!あんたが誰かに触られてるのとか、見てるだけで撃ち殺したくなる!!!」
これは狂愛の一種だろうか。
こんな愛情は求めていない。
海希「.....っ!!!」
言葉が出ない。
可愛い猫。
いつも一緒に寝ていた猫。
最初は全く懐かず、それでも諦めずに接し続けて、やっと心を開いてくれたのだ。
そんなコロが...
レイルがおかしくなってしまった。
海希「...レイル?」
私を引き寄せ、顔を近付けてくる。
そうかと思えば耳に唇を寄せ、舐め始めてきた。
海希「ちょっと、なに...!!?」
暖かい舌が、私の耳をなぞる。
クチュっと音を立て、丁寧に唇でついばんでくる。
レイル「消毒」
変な声が出そうになった。
いつもなら、この変態猫を殴っているところだ。
レイル「あんまり俺を妬かせないでくれ...じゃないと俺、きっとあんたに嫌われる」
耳を舐め回され、首筋にその舌が降りてくる。
更には私の頬にキスをしてきた。
チュウっと音を立て、何度も吸い付いてくる。
レイル「ピーターにもキスされてた...あの時は我慢したけど、俺も限界だ」
ゆっくりと体を離すレイル。
耳がシュンっと垂れ、とても悲しそうだった。
怖いと思っていた事が、嘘のように解けていく。
レイルのこんな寂しそうな顔は、見たくないと思った。
本当にズルい。
猫と言う生き物は、どうしてこうも態度をコロコロと変えるのだろう。
海希「....私は謝らないわよ」
それでも、私は謝らない。
悪い事なんてしていないし、それ以前に私はレイルの恋人ではない(前から言っているが)。
こんなに怒られる意味も分からなければ、束縛される意味も分からない。
だけど一番分からないのは、それでもレイルを嫌いにはなれない私自身だった。
海希「帰ろう?」
謝らない代わりに、私から彼の手を握った。
暗い夜道を、今度は私が前を歩く。
優しく握り返された手に、私は安堵した。
黙ったまま歩き続ける。
レイルの手をしっかり握りながら歩く夜道は、自然と怖くなくなっていた。




