闇の大空へ
三人称難しいですね
お薬のお話があります
賑やかな街の福岡市街地。
食堂に入るサラリーマンが居れば、小遣い程度の勤労手当の紙袋を片手に喫茶店に入る学生や女学生に、戦争なんてどこでやってると知らん振りに自分の楽しい生活を送っていた。
しかし、その時間は束の間。空いっぱいに高鳴る空襲警報に一般市民は雲の子を散らすように、指定の防空壕や地下鉄などに身を隠した。
「とーちゃん、ひこーきとんでるよー」
「こら、顔を出すな。危ないぞ」
防空頭巾を被った小さな少年。指差した空に、一列編隊の黒ゴマが男の子の視界には映っていた。
高度8000mの大空は雲でいっぱいで綿飴の様で厚くて、九州の大地を白く覆っていた。
エンジンを高鳴らせて雲を抜ける一つの海軍機の戦闘機隊が現れていた。その中のずんぐりと丸く、濃緑の海軍戦闘機に胴体に黄色いラインが2本。尾翼に"フ-232"の福岡海軍航空隊の232号機の識別文字が記入されていた。
機は局地戦闘機雷電二一型。
防空を目的に開発された日本海軍の新型戦闘機。
1800馬力の火星二三型甲発動機を搭載した速度と上昇力戦闘機は後の本土防空戦にも活躍することとなる。
淵田ふちだ義美よしみ大尉。飛行帽からはみ出る青黒い髪の女性は23歳のベテランパイロットだ。左瞼や頬に切り傷の後があり、その目は辛うじて見えていた。
彼女は日華事変から戦い抜き、赤城戦闘機隊の隊員として活躍したがミッドウェー海戦のたった3機の防空に専念したところ、艦上爆撃機の後部機銃の攻撃により右目を負傷した。
その後彼女は海軍の本拠点となる太平洋地域を転々とし、搭乗員育成のため福岡について教官をしている。
この日の空戦はB-29を5機連続で落すという驚異的な戦果をあげた義美だが・・・。
翌日の夜
21:00。
灯火管制もあるなかで宿所には彼女が椅子に座り、テーブルに注射器をおいて汗をながしていた。極度の緊張と疲労、目に見えるものが歪んで見え、あるはずも無い物体が見えたりと幻覚症状を起こしていた。
彼は夜に備えてある薬を服用していた。
その液体薬が注射器につまったのを震えた手で握って腕を捲くった注射跡のところに針を刺し込もうとする。
彼女は自分がこんな薬を使って情けない思いを持ちながら注射薬を体内に打ち流そうとする途端、
「た、隊長・・・!また!薬を使わないって約束したじゃないですか!!」
義美の2番機を勤める野村のむら彩さや少尉が彼女の後ろに密かに立っていた。今にも泣きそうな顔でヒロポンの注射器を取り上げると目元にクマを作った義美が、
「や、やめろ!これは暗視ホルモンなんだ!」
と言い訳しして、彩に飛び掛ると、液体薬の入った注射器は手から離れて床に割れ落ちた。
「暗視ホルモンなんてバカげたお薬、あるわけわけないじゃないですか!」
「うるさいっ!」
彩の頬を平手打ちすると彼女は倒れこんでしまいう。義美は薬品の入った箱を急いで開けて、注射器を再び注射跡が残る腕に刺した。薬に対しての安心感に心が落ち着く。
その背中を見続けていた彩は義美に失望していた。
そう、彼女が今まで投与していた薬はヒロポン、もしくは覚せい剤である。
飛行気乗りにはもってこいの薬で集中力が長時間にもわたり継続でき、恐れと言うものには支配されずに安心して戦える薬品だ。
しかしその代償として肉体負担は非常に多きく、南方帰りの義美はB-29が襲来して以来少しずつ痩せてまた栄養失調になっていた。
我に戻る義美だがすでに手遅れ。啜り泣きしていた彩にとんでもないことをしたと二重の意味で後悔。ただ「申し訳ない・・・!」の一言だけ。
「どうして義美隊長はこんなにおかしくなっちゃったんですか・・・」と彼女に問いかけるように彩は言う。
「・・・・おかしくなんて、ない・・・・。」
「でも、もう・・打たないよ・・・。絶対に」
義美はそう言った。
そして夜に空襲警報が基地と福岡市外に轟いて、夜間戦闘機隊のグループらが飛行場に飛び出し、整備士がエナーシャを回す中それぞれの戦闘機や局地戦闘機に乗り込んだ。
尾翼の否妻ノーズアート、部隊識別の"フ-232"の雷電に乗ったのは義美である。排気管からパンパンとエンジンの始動とともに音と一緒に青い炎が吹かれる。
基地中が轟々とする中で発進できる戦闘機は炎を照らしながら闇の空へと飛び立ち、戦闘機隊たちは一つの群となり集結した。
第一小隊 淵田義美 野村彩 黒田健一。
第二小隊 大島雄介 能島勝義 黒木珠子。
稼動機人数機体は少ないものの、地上や高射砲部隊にとって彼らは守護神のような存在だった。
高鳴る鼓動、目玉をギョロギョロと動かす義美の目はまるで獲物を狙う狼のように、周辺を隈なく見張りをし福岡の博多湾から東シナ海へと針路をむけていく。
高度8050m上空。
「彩。スロットルを絞れ、排気炎が見えるぞ」
『す、すみません』
上も下も真っ暗でよく分からない空間。闇の光を照らしてくれる月は今日は雲に隠れていた。
6機の機影が義美の編隊に近づいてくると青黒いジュラルミンから光が反射される。二式単座戦闘機が海軍機たちに近寄って誘導すると言う合図で先頭にたち翼を振る。
(ふむ、陸軍か・・。ただあのジュラルミンが気に食わん)
誘導する気がまったくないと判断した陸軍機たちはその場から離れて黒い空の中へ消えていく。
すると義美の目に何かが入り、即座に操縦桿を振って機体をバンクした。
と、同時に雲からつきの光が差し込むと義美の視界には無数の銀群が現れた。
「今日は大群だぞ。数は30機以上はいる」
普段は10機未満と何しに来たかというくらいの少なさで襲来することが頻繁にあったので彼らにとっては多く見えていた。
「第一小隊は私につづけ」
酸素マスク越しの無線機を使い全体に伝えた。彼女は全神経を集中させてB-29の正面から突っ込むように機体速度を上げて機銃発射ボタンに手を添えた。
8000mより下では海軍の零戦五二型と陸軍の一式戦闘機がP-51Dと交えて空戦をしていて、夜空に照らす炎上機、空に描く曳光弾、どれが敵で味方がわからない。とにかく知恵と自然環境を味方に友軍らは慣れない戦闘のなか戦っていた。
雷電の光学照準機にB-29の機影が収まらないほどはいる。
義美は機銃発射機を押した同時に、雷電の主翼の4門20mm機関砲が連発して射撃されて、狙われたB-29のキャノピーは粉々に砕かれて操縦士もろとも吹き飛ばされ、操縦不能の機は編隊からはずれ雲の中へと吸い込まれる。
レーダーで正確な射撃をするB-29の機銃を難なく避けて次の標的を義美は素早く見つけ、操縦桿を操り機体を動かした。
捻った機体を再び上げてB-29の群に突っ込み、補足した敵機をに真下から再び機銃をぶっ放すと、右翼の内側エンジンにいくつか弾痕が開かれたが火災は発生しない。しかし義美はこの防弾力はすでに知っていた。
再び先ほどの敵機から真上から攻撃を浴びせていく。曳光弾の流れを頼りに修正射撃をしながれ一撃を与えるとB-29からエンジンが燃え上がると、灯された機体を撃ちまくる彩の止めで空中で爆砕した。
敵編隊の真上から餌を求めて急降下する二式複座戦闘機が37mm砲の一撃を浴びせると、その正確な射撃で機体は瞬く間に風穴に変わり、火の玉のように空を灯火ながら落下した。
地上、海上から閃光が放たれる。陸軍の高射砲部隊と海軍の秋月型駆逐艦が防空の働きに加えられていたが8000mと高い敵機に、陸軍の75mm高射砲は当たるどころかちっとも届かず、少数配備されていた三式高射砲が僅かながらその戦果を上げていた。
周囲が砲弾で炸裂した黒雲で埋るが義美はお構いなしに突撃するが、2番機の彩と3番機の黒田はついていくのに精一杯で高射砲にやられるんじゃないかという恐怖を持っていた。
そしてその第一小隊に忍び寄る敵の影。P-51Dの光学照準機が三番機を捉えたとき、義美はB-29の攻撃をとっさにやめて左急旋回すると、2番機3番機もそれに続いて流れる。赤い曳光弾が3番機の背中からすり抜けて雷電の垂直尾翼に5発の13mm弾が火花を散らして貫通する。
(当たった!でもここで急旋回なかったら俺死んでたな・・・!)
「戦闘機がいるとなればB-29と相手に出来ないな」
「2番機、3番機は基地に戻れ!」
『え!隊長はどうするのですか!?』
「うるさい、これは命令だ。戦闘機がいればお前たちは足手まといにしかならない」
2番機の彩は少し残念な気持ちでいた。毎度戦闘機が現れればいつも基地に戻されて、義美のそばについていけないからだ。
しかし義美は部下の生命を保護する理由で離脱命令を下していた。
静かに列機らはその場から離脱する。一匹狼となった義美はオーバーブーストでエンジンの回転数と出力を上昇させる。
「長崎に侵入する。爆撃コースそのまま、編隊崩すな」
B-29のレーダー内に1つの点が浮かび上がると、
「敵1機、突入します」
とレーダー員が言うが、たった1機は彼らにとって蚊のような存在だが・・・、
「・・・・。」
その単機で突入したのは義美の機だった。B-29の腹の下の爆弾倉目がけて集中的に20mm弾を撃ちあてると義美機はすぐさま機体を捻って小さな雲の中に逃げ込むと、背後から大爆発が発生した。
「まったくB-29は硬い。20mm弾があっという間になくなった」
「陸軍の三式戦の連中に任せよう。あいつらのマウザー砲は凄まじい威力と聞いた」
かすかの軽量感を感じ取る義美だが、弾倉には残り数発分残っている。彼女はB-29の攻撃を取りやめ、暗闇の中で戦闘機と空戦すると言う無謀な手段に出ようとする。
空冷とはまた違う、水冷式エンジンの音が彼女の横耳を通ると、彼女は急旋回しながら高度を落とした。陸軍の三式戦と米軍のP-51Dと分からぬ機体を追いながら距離を詰めていく。
そして20mm発射機を押したとき、山なりのような弾道で曳光弾が撃たれて相手の主翼に炸薬弾が破裂し、大きな穴と共に錐揉み状態になりながら小さく消えていく。
「弾もないし引き上げるとしよう・・・」
サーチライトがB-29を補足すると、あちこちから同じ光が一つにまとまって夜を明るくする。
一部炎上している長崎市街地を横目に福岡の海軍航空隊基地に帰還すると、彼女は機内からでて指揮所へ向かい「大型機3機撃墜、小型機1機撃墜です」と飛行隊長に報告。
「ご苦労。今日は休め・・」
「私はもう休められませんよ。寝ることもできません。では」
と言い残して宿所で待っていた列機の二人に「お疲れさん」と言って、基地のそばにある山の方へ歩いていくと彩も後から続いていく。
遠くから見えるサーチライトの光を眺めながら義美は金鵄タバコを口にしてマッチで火をつけ一服。
「暗視ホルモンは凄い。見えないところなのに敵がいるように感じ取れる。恐れることもない」
「もうそれって・・・」
「私も廃人になるかな・・・。多分お前たちに迷惑かけると思う」
「何で戦争なんだろうなぁ」
と義美は煙を吐きながら呟いた。
だがこの襲来は今日だけで終わり、九州に来ることはほとんどなくなった。
それと同時に義美に襲い掛かる後遺症と禁断症状は強烈なものであった。




