第2話「神盾」
あれから三日。
レンは相変わらず、第七小隊の物資管理要員として、倉庫の隅で在庫チェックをする日々を送っていた。
「零崎、こっちの木箱も奥に片付けとけ」
「はい」
声をかけてきたのは、小隊の先輩格にあたる男だった。レンを見る目に、特別な悪意はない。ただ、興味もない——そんな態度だった。
誰も、レンが夜な夜な何をしているかなど、知る由もなかった。
その日の作業を終え、日が落ちてから、レンはまた宿舎裏のゴミ捨て場へと向かった。手には、先日拾った、ひび割れた木製の盾。
「よし……強化」
掌から光が流れ込む。木の盾は、みるみるうちに質感を変えていった。表面に浮かび上がる紋様、金属のような光沢を帯びていく木目。まるで、ただの木片が何か別の物質へと生まれ変わっていくようだった。
(前回のナイフより、時間がかかったな……)
レンは額の汗を拭いながら、そう思った。
実は、レンは既にある一つの法則に気づき始めていた。
――強化にかかる負担や時間は、対象への「理解」の深さに左右される。
ナイフは単純な道具だった。刃の仕組みも、切れ味の理屈も、直感的に理解できる。だが盾は違う。衝撃をどう受け流すか、どんな構造が「守る」ことに繋がるのか——それを頭の中で組み立てながら強化する必要があった。
だからこそ、レンは倉庫番の仕事の合間に、古い兵法書や、鍛冶の資料を読み漁るようになっていた。誰に言われたわけでもない。ただ、自分の唯一のスキルを少しでも「使える」ものにしたい、という一心だった。
完成した盾を掲げ、レンは小さく息を吐く。
「試してみるか……」
近くに転がっていた、演習用の投石器を使い、盾に向けて石を撃ち出してみる。
――カァン、と。
石は盾に触れた瞬間、まるで羽根のように弾き返された。傷一つ、つかない。
「……まさか」
レンは半信半疑のまま、今度はもっと強い衝撃を試したくなった。だが、この場でそれ以上の実験をする手段はない。
(もし本当に、これがとんでもない性能なんだとしたら……)
その時、遠くから、けたたましい怒声と悲鳴が聞こえてきた。
「魔獣だ! 東の見張り台が破られたぞ!」
レンは弾かれたように顔を上げる。
基地の東側、演習場を兼ねた見張り区画から、黒煙が上がっていた。召喚されたばかりの新人兵士たちが混乱しながら逃げ惑っている。
「くそっ、あんな上位種がなんでこんな所に……!」
誰かが叫ぶ声が聞こえた。見張り台を突き破ったのは、本来この辺境には出現しないはずの、中位級の魔獣——鱗を纏った巨躯の獣だった。
新人兵士の一人が、逃げ遅れて転倒する。魔獣の爪が、その兵士に向かって振り下ろされようとした瞬間——
「危ない!」
レンは無我夢中で、手にしていた盾を掲げ、その場に飛び出していた。
自分でも、なぜそんな行動を取ったのか分からない。ただ、目の前で誰かが傷つくのを、見過ごせなかっただけだ。
爪が盾に叩きつけられる。
――ドンッ、という重い衝撃音と共に、レンの身体は数メートル後方に吹き飛ばされた。だが。
盾は、傷一つ負っていなかった。
「な……」
魔獣の爪の方が、むしろ根元から欠けている。
周囲の兵士たちが、呆然とその光景を見つめていた。
「い、今の、何が起きたんだ……?」
「あの盾……あいつ、確か第七小隊の……」
レンは地面に倒れ込みながら、荒い息のまま盾を見つめる。手が震えていた。恐怖からではない。自分の想像を遥かに超える結果に、頭が追いついていなかった。
やがて騎士団の応援が駆けつけ、魔獣は討伐された。だが、その場に残った奇妙な噂は、瞬く間に基地中へと広がっていく。
「物資管理のあいつが、爪の一撃を無傷で防いだらしいぞ」
「あの盾、いったいどうなってるんだ……」
翌朝、レティシアがレンの元へと駆け寄ってきた。
「レン! 昨日の話、本当なの? あなたが魔獣の攻撃を防いだって」
「あ、いや……その、盾がたまたま丈夫だっただけで……」
「たまたまって、そんなわけないでしょう!」
レティシアは珍しく興奮した様子で、レンの手にある盾を覗き込む。
「これ……見せて。この紋様、見たことない素材だわ」
「実は、その……夜の間に、少しずつ強化してて」
「強化って、あなたのスキル……アイテム超強化、よね?」
レンは頷いた。レティシアはしばらく盾を見つめたまま、考え込むように黙り込む。
「ねえ、レン。あなたのそのスキル……本当に、“ハズレ”なの?」
「え……」
「私、剣の稽古で色んな武具を見てきたけど、こんな性能の盾、見たことない。もしかしたら……」
レティシアの言葉は、そこで途切れた。まだ、彼女自身も確信が持てていない様子だった。
だがこの日を境に、レンの周囲を見る目に、僅かながら変化の兆しが生まれ始めていた。
もっとも――当のレン自身は、まだ気づいていない。
自分が拾い上げた「ただの道具」が、この先、大陸を、世界を、そして宇宙をも塗り替えていくことになるとは。
(第3話へ続く)




