第1話「ハズレスキル」
鑑定の間には、しんと静まり返った空気が満ちていた。
石造りの祭壇の上、淡い光を放つ水晶球——それが、異世界に召喚された者たちの運命を決める「スキル鑑定」の装置だった。
「次、零崎レン」
名を呼ばれ、レンは緊張しながら水晶球に手をかざす。周囲では、既に鑑定を終えた同期の召喚者たちが、それぞれの結果に一喜一憂していた。
「〈剣聖の加護〉だってよ、すげえ!」
「私は〈精霊魔法〉! やった、最上位スキルだわ!」
華やかな歓声が響く中、レンの番が来た。水晶球がぼんやりと光り、やがて文字が浮かび上がる。
【スキル:アイテム超強化】
その瞬間、間の空気が一変した。
「……は? なんだそれ」
鑑定官の老人が眉をひそめる。周囲の召喚者たちも、ざわめきながら顔を見合わせた。
「アイテムを強化する、だけ? 戦闘系スキルでも、魔法系でもない?」
「おいおい、ハズレじゃねえか」
誰かが小さく笑う声が聞こえた。レン自身も、水晶球に浮かんだ文字を見つめながら、内心でひどく納得していた。
(ああ、やっぱりな……)
召喚される前から、自分はどこか「特別な役割」を与えられるような人間ではないと分かっていた。だからこそ、驚きよりも「予想通りだった」という諦めの方が先に来た。
鑑定官はため息をつきながら、名簿にペンを走らせる。
「アイテム強化系は、生産職としても中の下……いや、下の下だな。戦闘には向かん。せいぜい、村の鍛冶屋の見習いにでもなるといい」
「は、はい……」
周囲の視線が、憐れみと嘲りの入り混じったものに変わっていくのを、レンは肌で感じていた。
その時、隣に立っていた少女——レティシア・ヴァンダールが、小さく声をかけてきた。
「……大丈夫? レン」
彼女は幼い頃からの数少ない顔見知りで、召喚される前、隣町に住んでいた縁で言葉を交わす仲だった。もっとも、今の彼女は既に〈剣聖の加護〉という最上位スキルを授かったばかりの、いわば「勝ち組」だ。
「ああ、大丈夫だよ。予想通りだったし」
レンは苦笑いを浮かべながら答える。だがレティシアは、なぜか納得のいかない顔で首を振った。
「予想通りって……そんな諦めたみたいな言い方、しないでよ」
「だって事実だから。剣も振れない、魔法も使えない。せめて何か、役に立つ強化スキルだったならって思うけど……」
「そんなの、これから分かることでしょ」
レティシアが何か言いかけたその時、鑑定の間の奥から、パーティ編成を仕切る騎士団長の声が響いた。
「では、これより初期パーティを編成する。各自、配属先に移動せよ」
その号令とともに、召喚者たちは次々とグループに分けられていく。レンは、当然のように「戦力外」の枠——雑用・後方支援担当として、最も人数の少ないグループへと振り分けられた。
「零崎レン、お前は第七小隊だ。……といっても、実質は物資管理要員だがな」
「分かりました」
振り分けられた小隊のメンバーは、皆一様に、レンへ興味なさげな視線を向けるだけだった。
その日の晩、宿舎の片隅で、レンは一人、荷解きをしていた。
ふと、窓の外——宿舎裏手のゴミ捨て場が目に入る。使い古された装備や、壊れた道具が無造作に積み上げられている場所だ。
(せっかくスキルがあるんだ。試してみるくらいは……)
特に期待はしていなかった。だが、何もしないまま「ハズレスキル持ち」として腐っていくよりは、まだましだと思った。
レンはゴミ捨て場に足を運び、山の中から一本の錆びついたナイフを拾い上げる。刃こぼれだらけで、とても武器と呼べる代物ではない。
「……強化」
小さく呟くと、掌からうっすらとした光がナイフへと流れ込んでいく。
最初は、何も起きないように見えた。
だが、次の瞬間——ナイフの刃が、まるで生まれ変わったかのように輝きを取り戻していく。錆が消え、刃こぼれが埋まり、刃紋が浮かび上がる。
「え……」
レンは思わず声を漏らした。
試しに、傍に転がっていた鉄くずへと、そのナイフを軽く滑らせてみる。
――スパン、と。
まるで紙を切るかのような手応えのなさで、分厚い鉄くずが真っ二つに両断された。
「な……っ」
レンは自分の手の中にあるナイフを、まじまじと見つめた。
(今の、俺がやったのか……?)
いや、正確には違う。レン自身の腕力は、召喚前とまるで変わらない、ただの一般人のそれだ。切れたのは、ナイフの「性能」そのものが、常識を超えて変質したからに他ならない。
鑑定官は言った。「ハズレスキルだ」と。周囲の誰もが、そう思って疑わなかった。
だが、レンの手の中で放たれる淡い光は、まだ誰も——レン自身すら気づいていない、途方もない可能性の入り口に過ぎなかった。
「……もう一回、試してみよう」
その夜、レンはゴミ捨て場に転がる壊れた道具を、片っ端から拾い集め始めた。
誰にも見られていない、宿舎の裏手で。
最弱と呼ばれた青年の、静かな第一歩が始まった瞬間だった。
(第2話へ続く)




