第9話 メランコリック・パーティ
その日、ハークはユノから直々に剣術を教わっていた。
ハークには不思議に思うことがある。
かつての師と剣を交えると、まるで今まで失われていた能力が次々と目覚めるかのように動くことができるのだ。
騎士団内でのユノは、いつも飄々と振る舞い上層部からの指図は受けない姿勢を貫く人物だった。
しかし、教え導く能力は誰もが認めるところであった。彼は一流の騎士として、そして一流の獣使いとして周囲から一目置かれていた。
ふたりの独自の訓練の様子を見かねたライセントが、止めさせた。
「おい、ユノ。貴殿の腕は認めるが、その独自の奇妙な構えを新入りに教えるのはやめないか。修正が利かなくなってからでは遅い」
「問題ないよ。ハークは昔からこの流儀で剣を振るってきたんだ。君もサルビヤの王宮でハークの剣舞を見ただろう。オレガノに伝わる剣技は非常に実戦的で、はじめこそ辛抱強く下積みを経なければならないが、研鑽を重ねることで驚くほど鋭利になるのだ」
ユノは、そういいながら剣をおさめた。ライセントは眉をひそめた。
「また『オレガノ』か。貴殿らの能力の高さと信仰の在り方は認める。しかし、その流行の文化をことあるごとに持ち出されてはかなわない」
「流行ではないよ。私たちは名乗りをあげるずっと昔から、この世界に生きていたのだ」
ライセントは、ううむと呻いた。話が通じないことに辟易した様子だった。
ハークは思わず、普段は虫の好かないこの上官に同情した。
折よく、話の途中で退屈したダリアが割り込んでくる。
「でもさ、ライセント隊長。ハーク、結構すごいんすよ。このところめきめきと腕を上げてて、成長速度がオカシイんだって。この前なんて、あたしの部下を何人か抜いちゃったんです」
「軟弱な奴らめ。近ごろ組織内でもゆるみが目立つ」
ダリアに、ねーと声を掛けられ、ハークは口ごもった。
彼らと剣を交えてすぐに、ここの兵士たちは実戦経験が浅いのだと気付いた。向かうところ敵なしの強力な組織のなかで、内々での模擬戦がスポーツ感覚になるのも無理はないと思われた。
旅の中で野生の獣と遭遇し、たびたび命の危機に直面していた王族のケイトの方がよほど強かったものだと思い返していた。
獣使いの里でクジャールに「戦士としての自覚」が欠けていると言われてから、常日頃から戦う覚悟について意識してきたのが良かったのだろうかと思った。
その日の夕暮れ時、鍛錬を終えたハークを同室のユージンが部屋で待っていた。
「珍しいな、ユージン。いつも帰ってくるのは夜だろ」
ハークは裾の長い団服を脱ぎ、動きやすい普段着のシャツに着替える。
「聖女様から頼まれごとをしてね。君をケイト王子のところにつれていくようにって」
「は?聖女様って?」
「オレガノの聖女様さ。ここにお帰りになるまで、君らと一緒に旅してたんだってね。直々のお願いなんだから、何がなんでも来てもらうよ」
「それ、ロゼじゃん。師匠もそうだけど、あんたらはみんな何を以てロゼのことをそう呼ぶ?ロゼは聖獣使いだ。『聖女』じゃない」
「彼女は、オレガノの獣使いの中でも特別なんだ。なんたって、神獣の御使いなんだから」
ユージンも、ユノと同じ目をしていた。彼らにとって、しごく当然のことを口にしているだけであるようだ。ロゼ自身も、そのようなことを口にしていた。そして、それらは隣国サルビヤの王女から聞いたおとぎ話のような口承と、奇妙なほどに一致している。
幾度も重ねて聞くうちに、いよいよ彼らの言葉に真実味が増すのを感じ、背筋が寒くなるのだった。ことの真偽はともかく、彼らは確実にそれらを真実にしようとしている。
「オレガノの民は、ロゼをどうするつもりなんだ?」
「ハークってばそんな顔しないでよ。ただ、原点に立ち返ってもらうだけさ」
「原点って何だよ」
「神獣を復活させて、その使いになるんだ。シンプルに言えば、人間と獣の仲介者として世を治めるってこと」
ユージンはそこまで言うと「行くよ」と黒衣を翻し、その上からさらに外套を羽織った。
西の空が赤く染まっていたのもつかの間。すぐにあたりは暗くなり、王都中に明かりが灯った。
騎士団の敷地から繋がる王宮への入り口。ふたりの兵士は、ユージンの顔を見るなり、敬礼するとすぐに門を開いた。
宮殿内の通路は、王侯貴族の往来が激しかった。ユージンは過剰に着飾った人々をよけながら、皮肉めいた笑みを浮かべていた。
「今宵は、宴があるんだよ。王位継承から外れたぼんくら王子どもが、憂さ晴らしにぱーっとやってるらしい。主君が瀕死だってのに、やつら脳みそ溶けてんじゃねーの」
「ああ。こんなだから、君らが世直ししようってわけ?」
「…勘がいいな、さすがはユノの一番弟子だ」
ユージンはハークに視線をやり、切れ長の目をさらに細めた。
王宮内の奇妙な乱痴気騒ぎは、もはや病的な様相だった。人々は広間から廊下にいたるまでをせわしなく闊歩し、狂ったように、酒色にふけるありさま。
のしかかる不安の影を振り払うように、葡萄酒を酌み交わす。口々に脈絡のない話を断続的に垂れ流す。それらはしだいに王宮中に伝染し、薄暗い部屋部屋に滞留しては、渦巻いていた。
人々がしきりに動作を繰り返す様子は、どこか獣が自身に巣食う蚤をとりのぞこうと全身をかきむしる様に似ていた。
ハークはレイチェルがいるのではと、さりげなく目で探したがいないようだった。だが、すぐに合点がいった。彼は気高い第一王子であるセシリアを推していたのだ。
たとえ彼が眠りについていようと、その誇りを傷つけるようなことは望まないのだろうと思うと、あの詩人のことが少し好きになれた気がした。
「またひとつの時代が、終わろうとしている」
ユージンの呟きには、その見た目の若さにはとうていそぐわない、憂鬱な響きがあった。




