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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第五章 砂漠の薔薇、昔噺は砂に眠る
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第17話 宝石の名

「戻ったか」

 フィルは、席を外していたロゼたちを滞在している宿に迎え入れた。

「その様子を見るに、仲直りしたのか。えらいじゃないか」

 フィルは続けて、からかいながら歯を見せた。

「喧嘩じゃないわよ。…心配かけて悪かったわ。でも、もう大丈夫よ」

 ロゼは、あなたもとハークに視線をやった。ハークは力強く頷いた。

 レイチェルは鷹揚に手を広げた。

「友情とはすばらしいものだね。今日は皆そろって、中央市場の競りや遺跡の見物などに繰り出そうじゃないか。明日の朝には行ってしまうのだろう?ならばめいっぱい楽しまなければいけない」

「なんで部外者のおまえが同行する気満々なんだ。こっちは観光どころじゃない」

 ケイトはレイチェルの誘いを制するが、フィルはいいじゃないかと賛成した。

「若者はもっと遊んでおくべきじゃ。そうして見聞を広げなければ、まことの知恵を得ることはできんて」

「それは、思った」

 ロゼは賛成した。ハークも続いた。ケイトは、しぶしぶ引き下がる。

 アルフレッドとラピスラズリは、主人に従うのみだと、同じ表情で立っていた。

 なら、決まりだとレイチェルは満足そうに笑顔を浮かべる。

「そこで例の件を話そう。ここでは、少し話しにくいからね」

 ケイトは結局行くのかと、ため息をついた。


 一同は、街に繰り出した。今日もおそろしく晴れ渡っていた。昼には、うだるような暑さが予想される。

 王立動物園のそばには、さまざまな施設が立ち並んでいた。図書館、博物館、祈りの場に、浴場まであるようだ。

 平常から営業している露店のほかには、簡易な天幕が立ち並び、朝市が開かれていることがわかった。

 川でとれた鮮魚、塩漬けにされた何かの肉、笊にうず高く盛られた小さな実。壺の口からのぞく香辛料の赤や黄色。土で焼かれた器。軒から吊り下げられた大小さまざまな絨毯。ガラス細工の香水瓶。

 客引きの声が響く。続けざまに、けたたましい鐘の音が耳をつんざく。物売りと客がどなりあい、あわや掴みかからんとしているのが目に飛び込んでくる。

 アルフレッドは突然、興味深そうに足を止めるロゼを保護しなくてはならなかった。

 ものめずらしいと感じるものを見るたびにあれは何と問うロゼに、フィルは嬉しそうに懇切丁寧な説明をした。あいつらは、意外と相性が良いみたいだとケイトは言う。ふたりとも学者脳だからね、とハークは答えた。

 ラピスラズリは、いつにもましてケイトのそばを離れない。そのわりに、口数が少ないことには皆それとなく気づいていた。


 ケイトはふと足を止める。ハークもそれにならった。人だかりができている。

 観客の注目を集めるのは獣使いであることがわかった。曲芸師のような身なりの人物が何名か見える。

 ハークは、ケイトが胡散くさいやつだと吐き捨てるのを聞いた。ひどく軽蔑しているようだった。ハークは思わず「あれ、何してんの」と聞いた。

「この国では、獣の売買も行われているらしい」

「どういう仕組みだろう。召喚主のいない野生の獣を扱うなんて不可能だと思うんだけど」

「召喚主ごと、買うんだ。獣使いと、その召喚獣を一組でな」

 ハークはぞっとした。人身売買じゃないか。

「ここはそういう国だ。昨晩、おまえも聞いただろう。あそこにいる女は、動物は人のもとで愛でるのが一番だとふざけたことを抜かしていた」

 ケイトはサルビヤの王宮へと視線を送った。

「あいつにとっては、獣も配下の人間も、もの扱いなんだ。なにが民の結束だ、あほらしい。身の回りのものはアクセサリーにすぎないと思っているくせに」

「落ち着けって」

 ハークは突如としていきり立つケイトをなだめた。みな、長旅で疲れているのだろう。自分も、ここに着いてから不安定な気持ちになっていたから、わかるのだ。


 そんなことを露ほども知らないレイチェルは、能天気にも最悪のタイミングで会話に割り込む。目当ては、ラピスラズリらしい。

「今日も麗しいことこの上ないね、宝石の乙女よ」

 ラピスラズリは、即座にケイトを盾にして身を隠した。レイチェルはかまわず口説き続ける。

「君が僕の探し求めていた詩の神、いや女神なのかもしれないと思っているよ。もういちど僕に祝福を賜ってはくれまいか?昨夜、漆黒の竜となった君は僕を背に乗せてくれただろう?君とならばさらに素晴らしい創作を、為しえることができると、そう確信しているのだよ」

「きさま、そろそろいいかげんにしろ」

 ケイトはついに、声を荒らげた。先ほどの怒りが尾を引いているのだ。間が悪すぎる。しかし、レイチェルがこたえた様子はない。

「王子さまは、何に対して不快に思うのかな?彼女を宝石ラピスと呼ぶのはなにも君だけの特権ではないと思うがね。麗しの魔獣令嬢と一言二言、言葉を交わすことで僕の霊感が刺激されて、また新たな物語が生まれるかもしれない。それを持ち帰り披露することで、我らが宮廷文化の繁栄に貢献するつもりなのだけれど」

「俺は内廷の浮付いた空気に興味はない」

「はぁ、君は外交官殿だったものねぇ。実にお堅い。セシリア王子は、そういった雅やかな文化にたいそう興味をお持ちだったのだけれど」

「今は、それどころじゃない」

 話の外へと追いやられたハークはケイトの背後に回ると、ラピスラズリに「セシリア王子って、例のケイトの兄さん?」と問うた。頷きがそっと返ってきた。

 このままあの二人が会話を続けても、きりがないと感じた。レイチェルは無意識だろうが、絶妙に癇に障ることを言うのだ。神経質で変に生真面目なケイトは受け流すことをしない。

 ハークは仕方なく「はい、そこまで」と両者の間に入った。

「レイチェル、口説くんならラピスラズリはだめだよ。潔く諦めな。ケイト、おまえもいらいらしすぎ」

 ハークは、この三人の間で色恋沙汰がこじれているだけだと思っていた。さらに複雑な事情などあっても、今は知ったことかと思った。

 ひとまず、停戦したようだ。暑さも手伝い、両者はすっかり頭に血がのぼっていたようだ。


「いつまでそんなところで立ち止まってるのよ、早く行くわよ」

 通りの先からロゼの声が響いた。フィルとアルフレッドもまた揉め事かと訝し気に振り返っている。

 ハークは改めて、レイチェルの熱烈な視線の先がロゼでなくて幸いだったと感じるのだった。激昂したアルフレッドによって、確実に血を見たことだろう。

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