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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第五章 砂漠の薔薇、昔噺は砂に眠る
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第15話 カフェの喧騒

 日が昇ると、熱気が街を包み込んだ。みるみるうちに通りが人の往来で埋め尽くされる。

 ハークらは、宿に併設されたカフェで朝食をとることにした。現地の客たちは数名で丸テーブルを囲み、幾何学模様に織り上げた絨毯の上に座っていた。

 セインベルクから外交上の客人が来ているという話はまたたく間に広まったようで、レイチェルの派手な姿に気がついたものは、ちらちらと視線をやった。

 ラピスラズリは嫌な顔を隠さない。

「あなた、いつまで一緒にいるつもり?目立って仕方ないわ」

「そんなこと言わないでおくれ、宝石の乙女よ。きみも聞きたいだろう、セインベルクの噂」

 ケイトは早く言えと、何度もうながしていたのだが、この男にはどうもそれが通じないらしい。そんなことはお構いなしに、ラピスラズリにしつこく言い寄るので冗談か本気かわかりかねてきた。

 睡眠をたっぷりとったフィルは、上機嫌で若者たちの賑やかさを楽しんでいる。

「わしの知らんあいだに、こんなに愉快な事態になっていたとは。ケイトよ。おぬしも、とんだ恋敵ができたもんじゃな」

「嗚呼、僕は王子さまが羨ましい限りだよ。こんなに美しい魔獣令嬢をつれて、諸国をめぐってきたのだろう。王族でありながら、宮廷に縛られない人生。思わず、嫉妬してしまうね」

 その一時、テーブルの空気は凍り付いたのだが、はじめに軽口をたたいたフィルはすでに会話から外れて、興味深そうに店の内装を眺めていた。間隔をあけて隣のテーブルにつくハークらはそんなことを知る由もない。


 ロゼは席に着くなり、前のめりに話し始めた。

「それでね、昨日の夕暮れ時に王宮近くでナイト様をお見かけしたのよ」

 ね、とアルフレッドに確認をとると、うなずいた。

「まちがいありません。しかし、服装が」

 アルフレッドは言いよどんだ。ローヴェラスの団服だったと言いたいのだろう。

 ハークは落ち着いて、と両手をあげた。ロゼとアルフレッドは身を引く。

「昨日の夜、俺は直接師匠に会って、少しだけど話した。ユノって名前で、例の騎士団に所属しているみたいだった」

 すべて言い切ると、小さく息を吐いた。落ち着かなくてはならないのは、自分だと思った。

 案の定、ロゼはすみれ色の瞳を見開いた。

「…ナイト様は、悪名高い騎士団の一員だったってこと?魔獣を兵器化して、獣使いをおさえつけている集団に加担している?そんなはずないわ。ナイト様は最強の聖獣使いなのよ。獣をだれよりも愛していたもの」

 ロゼは、再びテーブルに身を乗り出した。

「じゃあ、ナイト様はずっと王都にいたってこと?ならば、どうして私を聖獣使いにしたの?どうして神獣を追っているの?—それとも、変わってしまったの?」

 ロゼはすっかり混乱していた。秘密主義を貫くあの男の真意など、ハークが知るはずもないというのは心の底ではわかっていることだった。

 ハークは、机の上で組み合わせた手に力を込める。

「師匠は、変わってなかった。これだけは言いきるよ。王女様が話す神獣の伝説を熱心に聞いていた」

「ハーク、ついに聞いたのね。神獣の話」

 ハークはうなずいた。ロゼは、茫然としていた。途端にハークは申し訳ない気持ちになってくる。同じ目的を追って、常に同じものを見聞きして来た。図らずも一夜の間に、ハーク一人がずっと先を行ってしまっていたのだ。

 アルフレッドは、主人の肩に手をやった。ロゼははっとして我に返る。

「ハーク殿、わかっていますね。ここで一言一句もらさず、昨日あったことをすべて話してください」

 アルフレッドの醸し出す強い圧に気づいたケイトとレイチェルは、口添えしてやろうと隣のテーブルから助け舟を出す体勢だ。その心強さに、意を決して長い一日のことを話し始めた。


 話の最中に運ばれた食事は、すべて不思議な風味。香辛料が多用されているのだ。しかし、みなは昨晩の出来事の語りに夢中で気にならなかった。

 一段落つくと、各々の前には食後の飲み物が運び込まれていた。

 ロゼが知りたいのは、ナイトと神獣に関する情報のみだ。レイチェルが詩の披露によって、牢獄からハークたちを救出した話が長々と続いたのには、苛立ちを禁じ得なかった。ハークは、むろんその部分をすっとばすつもりでいたが、要らぬところで口を挟まれたのだ。

 すべて聞き終えると、ロゼはアルフレッドを伴い、席を立った。

 ハークが追おうとしたが、来なくていいと言い残して店を出た。フィルは放っておけと言った。

「ここのところ、嬢ちゃんも心の整理がつかず、まいっとるんじゃ。アルフレッドがついていたら大丈夫だろう」

「ハーク君。彼女ならば心配ないさ。王女のお墨付きがあるから、この地ではローヴェラス騎士団も君たちを裁けないよ。国に帰るまで、存分に羽根を伸ばしておくべきだ」

 ハークにとってレイチェルの楽観的な言葉はあまり信用ならなかったが、ケイトもその隣でうなずいていたので、ひとまず従うことにした。

 どす黒い色をした飲み物は既に冷めており、ハークの口には合わなかった。

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