第13話 不死の獣
「そなたの国で神獣と呼ぶものは、この国においてそうとは呼ばぬ。我々が崇める『神』とは程遠く、まったく畏れ多いことこのうえない。しかし、確かにその獣の話はこちらにも伝わっている」
王女は、王宮で飼っている小猫を膝の上で愛でながら、話し始めた。
毛のない不思議な猫であった。しかし、その地肌はすべすべと艶めくシルクのよう。王女の首飾りがゆらゆら揺れるのを、大きな目で追っていた。
「砂漠の薔薇」と呼ばれるサルビヤの王女は、改めて一同を見渡して、自分の名をサフィヤと名乗った。
ハークを除く面々には、既知のことであった。ラピスラズリは、たいして興味を示さない。
「これは、わたくしが幼少の頃に父から聞いた御伽噺。まだ『砂漠の薔薇の君』などと呼ばれることもなく、冒険物語に胸を躍らせる一人の娘だった頃。父は異国の伝承もこよなく愛するものだから、繰り返し聞いたものよ。そなたのいう『神獣』とやらは、こちらでは西国の有翼獣と呼びかえられる」
王女—サフィヤは、神獣と口にするとき、少し顔をしかめた。異教の信仰に、かなり抵抗があるらしかった。
ユノは気にせず、続きを促す。彼にとっては呼び名などどうでもいいことだった。
「伝説によると、西方の、つまりそなたらの祖先が住まう地において、その有翼獣が国を治めていたそうだ。そして、その獣に仕える巫女が、民との間をとりなしていたという」
ハークもユノ(これも仮の名だと思っている)から聞いたことがある。
かつて神獣の治める国があったと。どれほど昔のことかはわからない。
しかし、ユノは、まるで見てきたように話すのだ。何がそんなに彼の情熱を掻き立てるのか、理解し難かった。そのときだけ、少年のように熱心に語る師の話を半ば聞き流していたのだ。
そう思えば、不思議な縁だと思った。現在はユノと名乗る男を通して、神獣を追い求めていたのだから。そして、今まさにその伝説を同じ場で聞いている。
―その獣は、不死。代々巫女は、民の中から選ばれたらしい。生まれ落ちた瞬間から決まっているのだ。何を基準としているのかは知らない。
そしてあるとき、民は何らかの理由で巫女を差し出すことを拒んだ。不死の獣と民は、仲介者を失った。獣の意向は、人々には伝わらない。
やがて周囲の山々からおりてきた野生の獣が国を跋扈し、天災が起きた。人々は、不死の獣を崇めなくなった。殺せないなら、永久に封印してしまおうとなった。
凄惨な闘いの末、多くの血が流れた。人々は、黒い焔で焼き尽くされた。そして、あっけなく国は亡びた。それ以降、不死の獣は行方知れずになった。
不死の身体で自由の身ならば今も目撃されるはずなので、人々がその命と引き換えに、封印したと言われている。
サフィヤはこれで終わりだ、というように肩をすくめた。
「面白い噺だが、現実味がない。獣が世を治めるなどと。動物は美しく高価な宝も同然。このように人間のもとで愛でるのが正しいと思わぬか」
そうしてまどろむ飼い猫を腕に抱いたまま、目を細めた。ハークは、昼間訪れた王立動物園の様子を思い出さずにはいられなかった。
砂漠には、害獣が少ないと聞いた。そのため、生き物は愛玩動物として、人間の管理下で愛でるという文化が根付いているのだろうと感じた。王宮の守衛にあたる獣使いたちもいるようだが、あくまで権威で圧倒するためのお飾りだと感じた。
レイチェルは、伝説の内容をかみしめるようにうなずいた。
「砂漠の薔薇の君が仰せの通り、まるで絵空事。しかしこうして語り継がれているのですから、何かの寓話なのでしょうか。私が思うに、『巫女』とは『獣使い』そのものの象徴であって、獣と人間とのあいだをとりなす彼らの存在を重要視するものではなかろうかと。不死の獣は神というよりも、自然の猛威を表すもののように思いまする」
サフィヤはそれを聞き、満足げに広間を見渡した。
「レイチェルの意見はもっともじゃ。確かに、太古の昔から自然ほど恐ろしいものはない。歴史上、いくつもの都市を滅亡にまで追い込んでいる。だから、この国ではシャーマンや占星術師は重用している。むろん獣使いもな。この者たちの知恵で、自然の克服に成功したともいえる。そういえば、そなたらの国では、獣使いはもはや時代遅れとされていると聞いたことがある」
ハークは、ロゼのことを思った。旅の道中でも、時代遅れのならずものとされたり、聖獣使いとしてその力を狙われたりと、環境は常に手の平を返す。聖獣使いであるユノは、まったく気にしていない様子だった。やはり、彼の感情は読めない。
「最新科学を用いた兵器も良いが、やはり真に強いのは、王家のもとへ集う民たちの結束よ。そなたらの国の王にもよくよく伝えておくように。こちらは、要らぬ争いごとに巻き込まれるのはまっぴらごめんじゃ」
サフィヤの話が終わると、女官長が一同に退室をうながす。ユノとレイチェルは、そのまま用意された客室へと案内された。
ハーク、ケイト、ラピスラズリは、近衛兵に急かされつつ、噴水の備えられた広大な庭園を抜けた。門番が眉をひそめ、早く出ろと身振りを荒げた。王宮の門はぴっちりと閉ざされ、深夜の街へ出ることとなる。
「まだ、師匠と話があったのにな」
「まったくだ。レイチェルからセインベルクの内情を聞けていない」
ハークとケイトは同じように肩を落としたが、もう疲れ切っている。そのままラピスラズリの強い勧めで、宿への帰路につくこととなった。




