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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第五章 砂漠の薔薇、昔噺は砂に眠る
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第12話 砂に眠る伝説

 火の粉が舞い散った。弦楽器の音色も、詩人の物語も、熱をはらんで佳境へと向かう。

 ユノは弟子へと剣を向けた。ハークもそれに応える。そこから両者は剣を交え始めた。広間の者からは、演目の一部として解され、いっせいに胸を躍らせた。

 流れるような剣さばき、一進一退の攻防、決して乱れることのない動き。

 ハークは嫌と言うほど感じていた。自分が今、試されているということを。強くなったか、否か。この身で何を感じ、どのような時を経てきたか。

 その刹那、師が自分の剣身を強く打った。激しい衝撃が骨の髄まで響き渡った。指先が、びりびりとしびれた。瞬時に悟った。この男に敵うことはない。

 しかし、師の瞳はこの場において、一時でも気を乱すことを許さない。皮膚の仮面の下に隠した、強烈な意思であった。



「おい、何を考えてるあの男。相手は一般人だぞ」

 ライセントら騎士団員とケイトは、とうに感じていた。どちらも、演技ではないということに。真剣だ。特に、ユノの放つ殺気は尋常ではない。

 飛び出しかねないライセントを、ダリアはまぁまぁと抑えた。

「あの少年も、聖獣使いの一味ですよ」

「しかし、この場だぞ!俺の顔に泥を塗るつもりか。身勝手にもほどがある」

 それを聞き、意を解したダリアは「もう先輩はぁ」と薄笑いを浮かべた。

「本当に、立場のことしか考えらんないんですね。もっと純粋に楽しみません?あれが、道化の正体だったワケですよ。あたし、興奮が止まりません」

 ライセントは、その表情にぞわりとした。ダリアは戦闘民族の娘。血を好み、闘争から快感を得る。彼女は、本能でこの状況を悦んでいる。ライセントは思わず苦笑した。この娘は自分以上に戦場向きなやつだと。



 ケイトもまた、ユノとハークを止めようとし、できずにいた。

「ハーク。あいつ、さっき様子がおかしかった」

 目の前の光景を見て、ようやくわかった。既視感の正体。ハークの剣の振り方は、ユノのそれと瓜二つなのだ。軍時代に、あの男の独特な剣の構えは目にしている。まったく自己流というわけではないだろう。おそらく一つの型だ。それも、非常に実戦向きの。

 ラピスラズリは大丈夫よと繰り返し唱え、主人を落ち着かせた。

「少なくともケイトに害が及ぶことはないわ」

 ケイトは動きを止める。視線を隣へと向けた。

「何を、言う」

「やはり思った。ケイトは他の連中より能力が高いから、また居場所をつくれる。また国から必要とされる。だから、組織に戻りましょう」

「ラピスはあのとき、ハークたちに助けを求めたんじゃないのか」

「ケイトのことが一番大事なのは、あのときも今も同じよ」

 ラピスラズリの力は、これまでにないほど強く、腕にのしかかった。

「あの男、ハークと知り合いなのよ。だから、ハークも騎士団と共に王都へゆくことになるかもしれないわ」

「ロゼは、フィルはどうなる」

「そこまでは知らないわ。でも結局、みんなセインベルクには抗えないのよ。どうせ行くなら、国のやり方に従って行けばいい」

「ラピス…おまえは」

 ケイトは茫然とした。すがっていたものが、再び砂のように崩れ去る感覚に陥る。

 ラピスは覆いかぶさるように、その耳元へと囁いた。

「魔毒の小瓶がもう手元にないの、わかってるでしょ?」

 ケイトは、言葉を失った。わかっていた。わかっていることだったのに。



 剣舞は、盛大な喝采を浴びつつ、幕を閉じた。夜ももう遅い。王女を除き、王とその親族、そして来客の者たちは次々とその場を辞した。後宮の女たちは、ユノの姿を振り返り振り返り、去っていった。

 ハークの息は切れている。全身が汗だくであった。強い衝撃に、身体中が痛んだ。あまりの情報量に思考は追いつかず、動悸はまだ止まない。

 ユノは、つかつかと歩み寄り、膝をついたハークに手を差し伸べた。

「強くなったね、ハーク君」

 同じだけ動いていたにもかかわらず、それを思わせないほど涼やかな顔であった。

「師匠は、変わらないですね」

「もちろんさ。私には揺るがない信念があるからね」

 ハークが師の手を借りて、立ち上がるとともに、王女は二人のもとへ歩み寄った。

「見事であった。約束の褒美を忘れては王家の恥。なんでも言うがよいぞ」

 王女は高揚し、頬を薔薇色に染めていた。

「とくに少年。そなたの瞳と髪の色は、黒曜石のようじゃの。非常に気に入ったわ」

 ハークは、どうもありがとうございますと頭を下げた。王女は、満足そうに鈴を転がすような声で笑った。

 広間に残るは、この会話を交わす王女、ユノ、ハーク。

 そのそばには、近衛兵数人と女官長の姿が。そしてその後方に、レイチェルとケイト、ラピスラズリが控えていた。

 ユノを除く騎士団員は、王女の命により下がることとなった。ようやく解放されると安堵する騎士団員のなかで、ライセントだけは恨めしそうな表情で去っていくのを一部の者は見た。

 ユノは一礼して、厳かに褒美の内容を口にする。

「では、わたくしめにこの土地の伝説を、お聞かせくださいませ」

「よいぞ。しかし、どれをご希望か?伝説の語りなど容易いが、なにしろこの地の歴史は気が遠くなるほど。まさに砂粒か、はたまた星屑の数ほどある」

 王女は頭を押さえる仕草をしては、ため息をついた。

 レイチェルは王女の言葉ひとつひとつに耳を傾けた。この女性は、美貌だけでなく、文芸の才もあると見た。父王が授けた教育の賜物であろう。

 ユノは頭を上げぬまま、続けた。

「神獣にまつわる伝説にございます」

 ハークをはじめとする面々は、静かにその言葉を聞いていた。

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