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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第四章 聖獣の庭、追憶のしらべ
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第16話 再会のとき

 アルフレッドは、ふと顔をあげた。ハークもそれに気づき、即座に立ち上がった。

 お互いに顔を見合わせると、湖のほとりを離れた。

 アルフレッドの予感が、確信へと変わる。

 召喚獣としての、力がみなぎってくるのがわかった。今なら人間の姿に変化することもできるだろう。

 一心不乱に駆け出そうとしたが、今アルフレッドは聖獣の姿である。横にいるハークの存在を思い出し、渋々といった表情で自分の背へとうながした。

「お乗りなさい」

「わ、わかった」

 ハークが勢いをつけて飛び乗るや否や、アルフレッドは疾風のごとき速度で駆け出した。

「おいおい、嘘だろ!!」

「黙っていないと舌を噛みますよ」

 ハークは全身に風を受けながら、振り落とされまいと必死にしがみついていた。獣の背に乗るのは、生まれて初めてのことだった。

 不思議な藍の空に向かって一様に先端を尖らせた針葉樹林は、道のわきをぐんぐん過ぎてゆく。

 風の音がごうごうと鳴った。ハークは全身がばらばらになりそうだと思いながら、身をもってアルフレッドの本気を感じとった。

 なんとか顔をあげると、頭上高くにたゆたう七色のベールの光が視界いっぱいに広がっている。

 ―すごいところだな。この世界に、こんな場所があるなんて。

 ほどなくしてアルフレッドが速度をゆるめるのがわかった。

 遠くぽつんと見える人影がこちらへ向かってくる。

「アルフレッド!ハーク!」

 泥だらけになっていたが、紅茶色の髪に菫色の瞳をしたロゼの姿だった。

 アルフレッドはすかさずハークを落ろし、ロゼに歩み寄った。

「ロゼ、ここまで、よくご無事で…」

 こちらに走り寄ったロゼは大きなアルフレッドの身体に飛び込む。そのまま背伸びをして、その首に抱きついた。

「アルフレッド、よかった。また会えて、本当に!」


 ハークは少し間をおいてから、ゆっくりと両者のそばに寄った。

「よかったな、ロゼ。ちゃんと自分でここまで来れてえらいじゃん」

 ロゼは、アルフレッドの蒼い毛並みに顔をうずめながら幼い子のように泣きじゃくっていた。

 先ほどまで緊張が張り詰めていたアルフレッドも、穏やかな瞳をしているように見えた。アルフレッドは、ロゼをそのままにさせ、首をひねってハークの方に視線をやった。

「ハーク殿が、この森のそばまでロゼをつれてきてくれたのでしたね。先ほどは失礼なことを言ってしまいました」

「まぁ、そうだな。というよりケイトやフィルが協力してくれたおかげだよ」

 ハークはそこまで言うと、ようやく忘れていたこれまでの苦労を思い起こした。

「いや、本当に来るの大変だったんだからな!森に着くまでだって何日も船で移動して」

「ありがとうございます」

「…は?」

 あまりにも素直なアルフレッドの言葉に、ハークは拍子抜けした。

「いや、なんかおまえにそういわれると、何も言えないわ」

「不思議ですね。今、初めてあなたに対してそう思いました」

「初めてはないだろ…」

 ふたりの会話を聞きながら、ロゼはくすくすと笑っていた。長らく愁いに沈んでいた彼女の表情に、笑顔が戻ってきたようだ。


 ロゼ、アルフレッド、ハークは森を抜けるべく道を進んだ。

 あんなにも同じ景色が続いていた世界が、徐々にひらけてきているのがわかった。

 ロゼはアルフレッドの背に乗っている。ハークも乗せてもらっていたが、お尻の方だったために不安定なことは黙っていた。

「ここに来るまでに、あなたと初めて会ったときのことを思い出していたの」

 ロゼは上からアルフレッドを覗き込んだ。

「私、あのお屋敷を出ようか迷っていた時、あなたが『僕がいるでしょう』『なんでも力になれますよ』と言ってくれたことがすごく嬉しかったの」

「あのときは、ロゼを元気づけたくて。そのために必要なことはあとから覚えようと思いました」

 アルフレッドの声は沈んでいった。

「ですが、力及ばずこんなことに」

「そんなことないわ。私が聖獣使いとして未熟だったの。あなたの思いをもっと大事にできていたら、違っていたかもしれない」

 ロゼは悔しさをにじませた。アルフレッドと離れてから、何度無力感に打ちひしがれたことか。

「いえ、僕は契約獣失格です。多くの人間と行動するようになってから、ロゼに不信感を抱くようになっていました」

 ロゼはアルフレッドの言葉に、心がずきりと痛んだ。確かに覚えがあった。「あなたは他者と関わるのが億劫だから王都行に反対する」と言ったことだ。

 ロゼは我ながら酷いことを言ったものだと思った。アルフレッドは自分の身を案じ、警戒を怠らなかっただけだというのに。

 静かに会話を聞いていたハークは、「でもさ」とロゼの後ろから身を乗り出した。

「アルフレッドは、ずっと信じてたじゃん。ロゼならここまでたどり着けるってさ」

 その言葉は、黙ったままの二人の頭上に力強く響いた。

「ロゼも、『もうアルフレッドを召喚できないかも』って泣いてたのに、頑張ったじゃん。フィルやケイトはここまで来れなかったって言ってたぞ」

 ロゼは嬉しいやら恥ずかしいやらで赤面し、うつむいてしまった。これではまるで幼い子どもを褒めるようではないかと思ったのである。

「ハーク殿は、本当にまっすぐですね。でも、そうですね。もう大丈夫だと思います」

 アルフレッドは歩を進めながら、その一度だけ背に乗るふたりを振り返った。

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