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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第二章 太陽都市、魔獣使いの饗宴
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第12話 魔女の涙

 背丈が建物の高さほどもある魔獣は、依然地を踏み鳴らし、荒れ狂う。

 恐ろしい咆哮は、風に乗り、都市全体に響き渡るともしれない。


 ケイトの放つ矢は、風を切っては次々と魔獣の足元をかすめた。

 魔獣の動きはぐらりと鈍くなり、そう思えば、狂ったように突進してくるのだった。

 ハークはタイミングを見計らうと、弧を描くように回り込み、魔獣の背を切りつけた。

 しかし、致命的な傷をつけるには到底至らず、逆に長い尾で遠く払い飛ばされた。

 とっさの受け身で強い衝撃はまぬがれたが、魔獣の目は次にケイトをとらえている。

 ―今の状態のケイトに接近されたらかなりまずい。

 ハークは、魔獣を追う。しかし、すでに自分の息は切れていた。

 きっと今の自分では敵わない、という負の念が胸中を渦巻き始めている。


 『自然界では、手負いの獣ほど危ないものはないよ』

 ハークは、それでも必死に走りながら、師の言葉を思い返していた。

 『向こうには失うものがないからね』

 『でもね、ハーク君。真の力を発揮するのは、やはり主を持つ獣なのだよ。守るべき何かを見つけたものは、なにより強い』

 剣の師は、稽古の合間にそう教えてくれていた。

 森の孤児院を出たことのなかった当時は、まだ意味を実感していなかったが。

 旅に出て、自分にも少しは理解できた気がした。

 

 「マーティアさん!!貴女はあれを見て何も思わないんですか!!」

 気づけば、叫んでいた。

 こんなにもやるせないのに、自分でもこのような大きな声がどこから出ているのか不思議だった。

 「傷だらけのあいつが、あなたの思いを守ろうとしているのが!」

 魔獣は、先程とは比にならないほどの強烈な殺意をケイトへ向けていた。

 魔女の地位を奪った、王都唯一の魔獣使いに向けられた、主人の憎悪。

 もはやそれだけが魔獣のすべての源となっているように、ハークには思われた。

 「見えないのかよ!!」


 「黙って!!!!」

 魔女は、ついに欄干を超え、絶壁から眼下の都市へと身を投げ出した。

 ハークには、糸を引くように身体ごと落ちていく彼女の顔まではよく見えなかった。だが、泣いているようにしか思われないのだった。

 彼女は、落花のごとく崖下へと吸い込まれ、すぐに見えなくなった。

 

 魔獣は、何かが切れたように一瞬動きを止めたのだった。

 ふっと意識がそらされたのがわかった。

 「ハーク!腹の烙印だ!」

 魔獣の前足の鋭利な爪に抑えつけられていたケイトが叫ぶより早く、ハークは動いていた。

 そして、聖剣で切りつけられた魔獣は、即座に暗黒とでも形容するほかない灰の雲へと姿を変え、それでも強い風に吹かれて大気へと霧散した。

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