番外編:眼帯騎士の髪切り屋
「ディアス、出ていけ」
眼帯はハサミをディアスに突きつけた。
「断る」
「ちっ」
眼帯は舌打ちする。
「こちらにおしゅわりください」
アンジーはジャンヌの手を引いてきた。ジャンヌは嬉しそうにそれに従う。
「いらっしゃいませ。今日はどのようにお切りしますか?」
眼帯らしくなく口調で、眼帯らしくない爽やかな笑顔で、眼帯はジャンヌを接客する。有言実行、眼帯は髪切り屋を開店したのだ。窓の外には、レイとタスクがわかるように覗きこんでいる。ジャンヌは苦笑いして手を振った。
「ジャン……、お客様ご希望は?」
眼帯騎士は窓をギロリと睨んだ。あの爽やかな笑顔のままで。レイとタスクは姿を消す。二人のことだ、どこかから見ているだろうが。
「……あの日の長さまで切ってほしいの」
眼帯は少し驚いたが、穏やかな顔で頷いた。しかしディアスは顔を歪ませる。ジャンヌはそれに気づくと……
「あの日までの私の髪はアルシンド様にあげたわ。あげたと同時にその気持ちも置き去った。あの日から今日までの髪は、ゴラゾンに捧げた髪になるわ。それももう終わり。そして、今日……切った後からの髪は、ディアスのためのものよ」
鏡越しの告白に、ディアスの顔が赤くなる。
「ディアス、出ていけよ。楽しみにしとけって。絶対変に切ったりはしないから」
眼帯の言葉にディアスは『頼んだ』と呟き、顔を手で隠しながら出ていこうとしたが……
「ジャンヌ、これ」
ディアスはジャンヌに髪飾りを渡した。それから逃げるように髪切り屋を出ていった。真っ赤な顔で。
「おっ、すげえな。それさ、あの原石のやつだろ?」
「眼帯、口調」
「あっ、すまね、じゃなくて、すみません。それに似合う髪に切りましょう」
「ふふ、ありがとう」
ジャンヌの手に、濃紺の深い輝きを放った石の髪飾りがある。白銀の髪のジャンヌによく似合う髪飾りだ。
「その石、王都では愛の石と言われてますよ」
「愛の石?」
「はい。愛する者に石のついたアクセサリーを渡すのです。その愛を受け取るならそれを身につける。その愛を断るなら、衝撃を与え藍色を失わせて返すというらしいのです。ディアスは王都に行って帰ってきたレイから聞いたんでしょうね」
鏡の中のジャンヌは驚いて口を小さく開けていた。眼帯は鼻唄まじりで髪を切っていく。
「ディアスの手作りですね、それ。テツやムカデに原石磨きを教えてもらっていましたし、リャンガにこっそり行って髪飾りの土台を手に入れたんでしょう」
ジャンヌの顔はさっきのディアス同様に真っ赤になっていた。
「お客さま、髪飾りが似合うように横を結い上げます」
眼帯は器用に髪を結い上げていった。毎日アンジーの髪を結っている腕前は、確実に上がっている。
「さあ、お客さま。そちらを髪につけましょう」
ジャンヌは髪飾りを結い上げた先につけた。鏡の中のジャンヌは華が綻ぶような乙女であった。
髪切り屋は、窓の外を眺める。外の二人は初々しい。
「うん、この村は安泰だな」
そんなことを呟いた髪切り屋の開業なのであった。
***
『番外編:眼帯騎士の髪切り屋』
~終わり~
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本編、番外編ともに完結となります。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




