9.ハーレム
結局それから一ヶ月経った。僕は毎日行方不明のアンドロイドたちを探した。行きそうな場所、といっても検討がつかなかったので、普通の人間が行くような、漫画喫茶やビジネスホテルなんかを重点的に回った。が、手がかりなし。あいつらはどんな手段で姿を消してしまったのだろう。
姉貴はというと桜をすぐに改良し、前と同じように動けるようにした。今度はもちろんコードなしだ。桃や蓮のように、俊敏な動きも取れるらしい。
仲間が全員いなくなったことを告げたとき、最初は少し悲しそうな顔をした。でも、俺が「あいつらのことだから平気だよ」と声をかけてやると、若干安堵の表情を見せた。相変わらず無表情なので、顔の変化にいつも「少し」とか「若干」が付くのはしょうがない。それに最近は研究室を離れて家にまで来るようになった。姉貴の計らいだ。
「どうも研究室に一人で置いておくとかわいそうでね」
照れ笑いをしながら連れてきた時、母さんはとうとう姉貴に彼氏ができたと思い込んで赤飯を炊いた。アンドロイドだと知ったとき、驚きよりも落胆の色が濃かったことは内緒だ。
桜を連れて歩くようになってから、姉貴も変わった。どうやら道行く人たちが、姉貴と桜を見て笑うらしい。桜が美形なのに、姉貴がどうも見ても不釣合いだからだろう。それに気がついてから、わかめだった髪をさっぱりと切り、少し化粧もするようになった。だんだんと普通の十代女性に近づいていく気がした。
三人で捜索は続けた。けれども、警察を頼るわけにも行かないし、猫や犬のように張り紙をばらまくわけにもいかない。なんといってもやつらはアンドロイド。SF世界の住人なんだから。
壊れてることも一瞬頭を過ぎったが、考えないことにした。あんな腐った根性してるやつらが、そう簡単に壊れるわけない。姉貴も同じ意見だった。専門的なことはよくわからないが、耐熱・耐寒・防水・その他、よっぽどのことがない限り動力は停止しないらしい。その動力も五十年という話だし、安心してもいいだろう。だけど、絶望して、精神的に追いつめられていたら……。そう考えると恐ろしい。青ざめていると、桜が「大丈夫」と言ってくれた。
そんなある日のことだ。本日の捜索が終わり、三人で研究室へ向う途中、警備員のおじさんに呼び止められた。
「あ、博士。手紙を預かっているんですが」
「誰から?」
「さぁ……三十代くらいの、無精ひげが生えた人でしたね。結構な色男でしたよ」
三十代+無精ひげ=。三人同時にその答えが出た。
「檜!」
姉貴が急いで手紙の封を破ると、その中からきれいな二つ折りのカードが出てきた。
広げると、それは招待状だった。
「『八月二十七日十時 喫茶店ハーレム開店』」
「きっさてん」
桜が復唱した。
「ちょっと待て、アンドロイドが経営なんかできるのか? そもそも資金とかって……」
俺は軽くパニックを起こして矢継ぎ早に誰にも答えることのできない質問を繰り出した。
姉貴はそんな俺の肩を軽く叩き、意外とあっさりとした感じで言い放った。
「すべては明日になれば分かるってことよ。行ってみようじゃないの、ハーレムとやらへ」
繁華街から少し離れた地価が高そうな場所に「喫茶店ハーレム」は存在した。
俺たち三人は開店十五分前に到着したのだが、すでに店の前には女性の列。しかもおばさんから女子中・高生まで。親子連れもいる。一体何が起こったんだ。
ぽかんと口を開けて店の前に立っていた俺たちに、どういうわけか白衣を着た男が声をかけてきた。
「真実様、翔平様、桜様でよろしいでしょうか。マスターからご案内するよう託っております。どうぞ、こちらへ」
俺たちは、その男に言われるまま、裏手から店へ入った。
その瞬間。
「ようこそ! 僕たちの店へ!」
耳元でクラッカーがパンッと勢いよく鳴った。中には桃、檜、椿、蓮の他に、白衣姿の男が数人いた。
「ちょ、ちょっと待って!」
姉貴が大声を上げた。
「あんたたち、一体何やってるのよ! 毎日毎日どれだけ探したと思ってんの?」
怒る姉貴に、四体のアンドロイドと周りの白衣集団たちは目をぱちくりした。椿が白衣たちを別室へ移動させてから、桃はことの経緯を話し始めた。
「あ、あの人たちはバイトで雇ったんだ。ただの人間だよ。だから僕らがアンドロイドだってことも知らない」
姉貴は黙って腕を組んだ。珍しく履いたスカートから、脚がちらっと見えた。
「ママ……何も言わずにいなくなってしまってごめん。私たちは考えたんだ。どうしたらママのために働けるか。ママの役に立てるか」
檜が哀願するような眼差しで俺たちを見る。その間から蓮がしゃしゃり出てきた。
「桜には申し訳なかったけど、オレらがいない間、博士のお世話をしてもらいたかったのさっ!」
相変わらずな蓮に、桜はやっぱり無表情だ。戻ってきた椿が、最後の言葉を告げた。
「そこで思いついたのが『喫茶店』って訳なのだよ」
姉貴の役に立つ=喫茶店? 俺にはどうも理解できない。姉貴の顔にも大きなクエッション・マークが浮かんでいた。
「役に立つも何も、逃げ出したらどうしようもないと思う」
言葉が出なかった俺たちの代わりに、桜が話してくれた。それと同時に、桃が俺を指さした。
「翔平」
突然のことで、ただ桃を見つめることしかできないのに、本人は構わず続けた。
「『博士への愛情表現』。この店が僕らの答えだ」
俺はもう一度店内を見回した。よく見たら、ただの喫茶店じゃない。ウェイターは白衣姿。
コップの代わりにビーカーがあるし、メニューには『コーヒー』とかの横になにやら頭が痛くなりそうな科学式が書かれている。
「これはいわゆる理系喫茶?」
「うん、そうだよ。私たちも給仕するのだ」
檜はそう言って、新品の白衣を取り出した。蓮がそれを奪い、我先にと着込む。
「翔平の言った『愛情』っていうのを表現する機能が、オレたちには欠けてたんだ! でもそれは与えられるものじゃない! 自分たちで学ばなきゃいけないって、分かったんだ!」
会話しながら着替えているので、白衣のボタンがうまくとまらないらしい。その光景に、初めて桜が「ぷっ」と小さな笑い声をあげた。
「でも! 資金はどうやって?」
俺が質問しようとしたら、桃がにやりと悪い微笑みを返した。
「檜と椿はホスト、蓮はスポーツクラブの受付。みんな最初は苦労してたけど、慣れたら固定ファンがついてね。今店の前にいるのがそう」
「お前は?」
「言えない」
即答だった。野暮な詮索はよそう。どうせろくなことはしていない。
でも、たった一ヶ月しか経ってないのに、こいつらは成長したんだな。ふと姉貴を見てみると、その目にはうっすらと涙のようなものが見えた。再会できたことへの喜びか、自分への愛情表現に感極まったのかわからないが、これだけは言える。姉貴は嬉しそうだった。
壁のデジタル時計が十時に変わった。
「さ、博士。見ててよ、僕らの愛情表現を」
開店と同時に沢山の女性客たちが入ってきて、店内はお祭り状態になった。俺らは店の一番奥のテーブルに座って、その様子を見ていた。
四体のアンドロイドたちはドアの横で女性たちに挨拶して、その後アルバイトの人間がテーブルに案内していた。十分経たないうちに、テーブルは満席。大盛況だ。俺たちのテーブルには、ビーカーに入れられたコーヒーとパフェが運ばれてきた。
「私の造ったイケメンたちが、こんなにウケてるなんて……」
姉貴はうっとりしたように四体の働く姿を見つめていた。桜はそんな姉貴を見て、ちょっと寂しそうな顔をした。
「桜も頑張ってるよ。いつも姉貴のそばにいてくれてるし」
「分かってる」
桜は無表情で席を立った。
「ちょ、どうしたの?」
姉貴が慌てると、桜は言った。
「手伝ってくる」
そのまま、四体のいるところまで行ってしまった。
桜は四体がいない間よく頑張ってくれたと思う。でも、やっぱり仲間と離れていたのはつらかったのだろう。俺は連れ戻そうとする姉貴を制止し、首を振った。
「好きにさせてやろうよ」
姉貴は静かに頷いた。
お客にオーダーしたものが一通りいきわたると、突然ドラムロールが響いた。
「『これから当喫茶店名物のショータイムが始まります!』」
「ショー?」
なんだか嫌な予感がした。店内が突然暗転した。お客はキャーキャー騒いでいる。しばらくすると、店内の四隅にスポットライトがあたった。俺たちのテーブル右手前に檜、左手前に椿、右後ろに桃、左後ろに蓮が立っていた。
「これから各自、芸をしまーす。お目当ての人のところに移動してくださーい!」
桃が大声で叫ぶと、お客は一斉に立ち上がり、各々の場所へと移動した。協調性は相変わらず皆無のようだ。
「な、何が始まるの?」
「俺たちも移動してみるか」
席を立とうとしたとき、店内に大音量のカラオケが流れた。
「……桃のところは行かなくてもいいや。分かるから」
桃は流行りの曲を大声で歌っている。周りにいるのは中・高生が多く、ノリノリだ。楽しそうでなにより。
一番近くの檜から見に行くことにした。こいつのファン層はおばさんばかりだ。それもそのはず。やってることは「あやとり」だ。一列に並んで、一人ずつ順番に遊んでいる。檜も楽しそうだ。
次に椿のところをのぞいた。こいつも予想通りというか。テーブルを出してきて、タロット占いをしている。ここに集まっている女性が一番多い。占い師に見てもらえる理系喫茶店……。矛盾している気がしないでもないけど。
最後は蓮。女性をお姫様抱っこしてポラロイドを撮っている。撮影のあとも、女性を上げ下げして筋トレみたいにしているのは見なかったことにしよう。
「桜は?」
「そういやいないね。裏方で仕事してるのか?」
姉貴と顔を見合わせていると、正面にライトがポッとついた。次の瞬間、俺たちは固まった。
すぐに我に戻って、スポットライトの中を堂々と歩く桜を静止しようとした。が、すでに時遅し。四ヶ所バラバラに集まっていた女性客が、キャーキャー騒いで一斉に桜の周りへ集まった。
「ちょ、誰か、こいつを止めろ!」
「こ、これはまずいって!」
姉貴も困り果てている。バイトは何が起こっているのかわからないらしく、うろうろしている。
それもそのはずだ。あの桜が、半裸でクネクネと店内をうろつき出すなんて、誰も想像つかなかった。あいつらを除けば。
バイトが桜を力尽で止めているのを確認して、俺と姉貴は桃に詰め寄った。
「おい、桃! 何が『愛情表現』だ! これじゃただの変態パーティーじゃないか!」
歌の最中に割り込まれても、驚いた表情ひとつしない。こうなることも予想済みだったった訳だ。
「翔平」
マイクを通して声が響く。ハウリングした後、マイクのスイッチが切れる音がした。
「なんか勘違いしてない? 僕らの『愛情表現』ってものをさ」
「自分たちでお金を稼いで独立したところを見せる。しかも私の好きそうな理系喫茶で……ってことじゃなかったの?」
姉貴が桃を問い詰める。その質問に頭を左右に振って溜息をついた。
「お金? 独立? そんなんじゃない。僕らが好きなことを堂々として生きる。それが博士に対しての愛情表現だと思うけど?」
「でも、迷惑をかけたらダメだろ」
俺がキツい口調でつっこむと、少しバツの悪そうな顔をした。
「ま、それはもちろんその通り。でも、僕らは博士に迷惑はかけない。自分たちが好きなことをして失敗した尻拭いなんかさせないよ。僕だけじゃない。他のやつらも同じさ」
桃は視線を、バイトを押しのけながらモデル歩きしつづける桜に移した。桜は壊れたようにスポットライトの動く通りの道を進んでいた。
そうか。桜も姉貴の手を離れるときがきたのか。他のやつらも気にせず、好きなことを堂々とやっている。俺と姉貴は、桃に桜のことを任せ、店を出た。
姉貴の様子が変だ。存在自体がおかしいことはもうすでに承知のことだとは思う。しかし、今度は見違えるようにきれいになったのだ。桜を連れていた頃から化粧を始めてはいたが、それでもどこか垢抜けない感じがあった。それが今はどうだ。大通りを歩けばナンパされ、モデルのスカウトまでされるほどの変貌振り。何があったのか聞いてみると、「女は落ち込むだけ落ち込むと、あとはどんどん登っていくものなのよ」と意味不明な言葉を返された。俺にはわからない。
今日も念入りにメイクをして、雑誌に載っていた服を見事に着こなすと、出かける準備をしていた。
「どっか行くの?」
「ハーレムまで」
短く答えると、鼻歌交じりに家を出て行った。
あれから五体すべてのアンドロイドは、姉貴の手を離れ、例の怪しい喫茶店で働いている。姉貴は月に一度ペースでメンテナンスに通っているのだ。
窓から歩く姉貴の姿を見た。もうアンドロイドでハーレムを作りたいなんて言い出さない。あいつらは騒がしいし、自分勝手なやつらだったけど、姉貴を変えてくれた。桃は逃げ出したけど、本当の愛情表現を教えてくれた。椿の言ったとおり、姉貴がアンドロイドを造ったことは、罪だったのかもしれない。
蓮は「主人の健康を考える」と言っていたが、四体が行方不明の時は嫌というほど歩いて運動になった。檜は姉貴の母性の表れだったのかもしれない。桜はナルシストだったけど、姉貴の本来持っている美しさを外に出すきっかけを作ってくれた。
そう考えると、五体のアンドロイドは、姉貴の心の奥にある気持ち、そのものだったんじゃないだろうか。姉貴は、やつらを通して自分の心と向き合ったんだと思う。
ハーレムなんて結局、心のどこかに眠っているもんなんだ。
さぁて、俺のハーレムはどこにある?




