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ゼノスが走り去った後、広場には異様な熱気が渦巻いていた。
数百年ぶりに噴き出した水。そのしぶきが舞い、地面を濡らす様子を目の当たりにした魔族たちが、一人、また一人と足を止め、瞬く間に大きな人垣ができていたのだ。
「おい、見たか……本当に水が出ているぞ!」
「大昔に壊れて動作しないんじゃなかったのか……」
驚きと興奮が混じったざわめきの中、ケンジは周囲の喧騒を余所に、ゴーレムの冷たい表面に手を触れたまま立っていた。ノアが内部の深層回路に潜り込み、魔国の遺物技術を余すところなくデータ化している最中だからだ。
「……上手くいったわね、ケンジ。すごい人だかりよ」
隣に並んだリィザが、周囲を警戒しつつも柔らかく微笑んだ。群衆の視線は驚きと、そしてどこか希望に満ちたものに変わっている。
「ああ。これだけ注目を集めれば、ゼノス将軍の報告も無視できないものになるだろう」
「ちょっとやりすぎかもしれないけど……」
リィザが周囲を見ながら苦笑する。
(マスター、解析率88%。基本駆動系に続き、自立思考回路の断片データを回収。……あと10分ほどで完了します)
ノアの解析を待ちつつ、他愛のない会話をしていたその時、遠くから馬車の音が鳴り響いた。
広場を埋め尽くしていた群衆が、波が引くように左右へ割れていく。
現れたのは、黒檀に銀の装飾が施された、重厚にして優美な一台の馬車だった。御者台にはゼノスが自ら飛び乗っており、広場の中央、噴水の真ん前でぴたりと馬車を止めた。
周囲にいた魔族たちが、一斉に恐怖と敬意を込めて石畳に跪く。
扉が開かれ、ゼノスが恭しく手を貸す。そこから降り立ったのは、装飾を排した黒の礼装に身を包んだ、一人の男だった。
背後に揺れる圧倒的なまでの魔力の揺らぎが、その男が何者であるかを雄弁に語っている。
「陛下……ご足労頂きありがとうございます」
ケンジはゴーレムから手を離し、恭しく一礼した。隣でリィザも緊張の面持ちで膝をつく。
そこにいたのは、定期会合での「象徴」としての姿ではない。
アステリア魔国の頂点に君臨する支配者、魔王その人であった。
「堅苦しい礼は不要だ。……ケンジよ、先ほど見せた手業、ゼノスから聞き、この目で確かめに参った」
魔王は悠然とした足取りで馬車を離れると、先ほどまでケンジが触れていた噴水のゴーレムを鋭い眼光で見据えた。
「我らが長年渇望しながらできなかったことを成し遂げたのか。まずは見せてもらおうか」
ケンジが再びゴーレムに触れると、今度は最初から勢いよく水が噴き出し、群衆から地鳴りのような歓声が上がる。
しばらく噴水を見つめていた王が、ケンジの方を向く。ケンジは魔王の視線を正面から受け止めた。
「見事だ。何を望む」
「アステリア魔国の発展と、少しばかりの私的流用を」




