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第十九話 見えている側

朝いちばんにすることは、灯りを点けることではない。

受付台の角を拭くことだ。


布を固く絞り、木目に沿って一度、横に一度。指先に引っかかりがないことを確かめてから、名札を胸につける。灯りはそのあとでいい。灯りは誰でも点けられる。角を整えるほうが、今日の始まりには向いている。


ここへ来る人は、若くはない。

若さを失った、という意味ではなく、人生の大半をすでに使い終えた人たちだ。階段より手すりを先に見る年齢。朝起きると、昨日より少しだけ時間の減り方を意識する世代。


この施設は、そういう人たちのために作られた。


表向きには、交流支援と認知機能維持、孤立予防。

書類にはそう並ぶ。どれも間違いではない。

ただ、本当のところはもう少し別にある。


人生には、終わったあとに余白ができる。

仕事が終わる。子育てが終わる。配偶者を見送る。友人が減る。通う場所が減る。必要とされる回数が減る。

その余白を、人は案外うまく扱えない。


ここは、その余白へ椅子を置く場所だ。


利用には条件がある。

一定の年齢を越えていること。意思判断が保たれていること。医師から大きな制限が出ていないこと。機器の装着に耐えられること。細かな基準はいくつもあるが、要するに「まだ自分で選べる人」であることが重視される。


頭部に装着する機器は、見た目ほど大げさではない。

柔らかな素材で額と側頭部を支え、脈と反応を読み取り、感覚の入口へ信号を送る。昔の映像機器の延長だと思って来る人もいるが、体験して戻るころには、だいたい皆、言葉を失っている。


“見る”のではない。

“入る”に近い。


視界だけではなく、距離感、重さ、風の向き、椅子に腰を下ろしたときの圧、カップから立つ湯気の位置まで、脳はそこにあるものとして受け取る。没入感、という説明も使われるが、あれは外から眺める人の言葉だ。中へ行った人は、もっと単純に言う。


「いた」


それで十分なのだと思う。


向こう側での姿は、最初に設定する。

現在の写真から整える人もいれば、若いころの面影を探す人もいる。十八歳以上であれば年齢設定は自由だ。二十代へ戻る人もいる。今の皺をそのまま持っていく人もいる。亡くなった伴侶と同じ年頃に合わせる人もいる。


遠野さんは、二十八歳を選んだ。

若すぎず、けれど体の動きには迷いの少ない年齢だ。こちらで確認したとき、「そのあたりが、まだ自分で決めて歩いていた感じがするので」と答えていた。


姿だけではない。

声もまた、設定に合わせて整えられる。


今の声をそのまま若くする人もいる。

まったく別の高さを選ぶ人もいる。

長く吸っても掠れない声、電話口でよく通る声、昔カラオケで褒められた頃の声。そういう記憶から選ぶ人もいる。


話し方も同じだ。

利用者が現実の口調で話しても、向こうでは設定した年代に自然な言い回しへ補正される。十八歳の姿で、八十代の言い回しのまま話せば、会話はどうしても浮く。だから仕組みの側で整える。


二十歳前後の軽さ。

三十代の落ち着き。

四十代の間の取り方。

それぞれの年代に馴染む速度や語尾へ、相手には自然に届く。


翻訳に近い、と説明する人もいる。

私は“時代の服を着せる”ほうが近いと思っている。


もちろん、敬語の強さや距離感も調整できる。

年上として話したい人。対等でいたい人。少し砕けた口調を望む人。最初の設定でだいたい決めるが、あとから変える人も多い。


若返りたいのだろう、と外の人は簡単に言う。

そういう人もいる。

けれど多くは、若さそのものではなく、「まだ何者にも決まりきっていなかった頃の体温」を選びに行く。


向こうには住所も持てる。

部屋を借り、庭を持ち、表札を出すこともできる。郵便受けへ手紙が届く。紙の手触りまで再現されるから、初めて受け取った人はたいてい封を開ける前に少し笑う。


仕事を始める人も多い。

小さな食堂。花屋。書店。占いの店。古道具屋。喫茶店。現実ではもう体力的に難しい仕事も、向こうでは椅子に座ったままで続けられる。売上は現実の通貨と直接は結びつかないが、評価や人気はある。人は数字より先に、役割で元気になる。


友人を作る人もいる。

恋人を作る人もいる。

再婚のような約束をする人もいれば、毎週同じ時刻に同じ公園を歩くだけの関係もある。


第二の人生。

広告ではそう呼ぶ。悪い言い方ではない。

ただ、私は“二度目”というより、“残っていた時間の置き直し”に近いと思っている。


向こうには天候がある。雨も降るし、雪も積もる。風も吹く。

けれど、災害は起きない。地震も洪水も火災もない。事故は最小限に制御され、暴力は厳しく制限される。

平和すぎる、と言う人もいる。


けれど、現実で十分に揺らされてきた人にとって、揺れない世界は案外ちょうどいい。


私の仕事は、その入口に立つことだ。

利用者の体調確認。時間管理。異常時の対応。帰還後の様子を見ること。ときどき相談を受けること。


「向こうで告白されたんだけど、返事は急がなくていいかしら」

「店を始めたら忙しくて、現実の昼食を忘れそう」

「昔の姿にしたら、昔の性格まで戻ってしまって困る」


そういう相談に、私は慣れている。


遠野さんも、その一人だった。


最初に来た日は、書類の端をきっちり揃えていた。

記入欄の枠に対して、字がまっすぐ収まりすぎていた。丁寧というより、丁寧にしていないと何かが崩れる人の手つきだった。


遠野さんは、二十八歳の姿を選び、声も少しだけ高くした。

けれど、性格までは若返らなかった。そこが遠野さんらしかった。


「そのままで行かれるんですね」と私が確認すると、少し考えて言った。


「知らない人になりすぎると、戻れなくなりそうで」


私はその言葉を覚えている。


通い始めてしばらくして、遠野さんは変わった。

鍵を置く音が軽くなった。帰るときの肩の高さが違う。説明の途中でうなずけるようになった。人と会っている顔だった。


こちらでは、誰と会っているかまでは追わない。

別の拠点から入る人もいる。入口が違っても、中で同じ場所へ着くことはある。遠野さんの相手も、こちらの記録にはいなかった。


ある日、私が「ご体調は」と尋ねると、遠野さんは少し考えてから言った。


「私じゃなく、向こうが心配な日です」


それで十分だった。


しばらくして、別拠点から事務連絡が回ってきた。

利用停止。家族対応済み。必要書類送付。定型の文面だった。こういうとき、文章は驚くほど平らになる。


私は遠野さんへ封筒を渡した。

その場では開けず、胸ポケットへ入れた。入れ方だけが、少し乱れていた。


その後も何度か来館し、やがて退会の手続きに来た。


辞める人は少なくない。

向こうで十分に過ごし、現実へ戻る人。

向こうが良すぎて、現実との差に疲れる人。

体の都合で続けられなくなる人。

理由はそれぞれだ。


書類に署名する手は、初日と同じくまっすぐだった。


「差し支えなければ」と私は尋ねた。


遠野さんは少し笑った。口元に形だけ置く笑い方だった。


向こうで座る理由が一つ減ったこと。


残った理由は、家の椅子でも足りること。


言葉にすればそれだけだった。


けれど、十分だった。


私はその返答を、今でも時々思い返す



手続きが終わり、会員証を受け取り、再開可能期間と保管記録の説明をした。定型の案内だ。


遠野さんは最後まで丁寧に聞き、立ち上がる前に受付台の角を指先で一度なぞった。


初日にしたのと同じ動きだった。


「お世話になりました」


それから遠野さんは来ていない。


私は今も、朝いちばんに角を拭く。

木目に沿って一度、横に一度。引っかかりがないことを確かめる。


ここへ来る人の多くは、若さを取り戻しに来るのではない。

恋をしに来るだけでもない。

夢の続きを見るだけでもない。


散らばった時間を、一度だけ並べ直しに来る。


並べ直したあと、戻る人がいる。

戻れずに去る人もいる。

戻らないと決めて去る人もいる。


どれも間違いではない。


入口の灯りが点く。

今日の予約者が来たらしい。


私は名札の位置を直し、声をひとつ落として言う。


「おはようございます」


同じ言葉でも、今日の重さは、今日のものになる。

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