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116. 花の精霊が星降る夜に歌う時

それからの数週間。


毎朝のお粥ビュッフェには、地図や測量器具を抱えた人々が集まり、

夜のライブラリーバーでは、天球図や魔法陣の見取り図を広げて

議論を交わす光景が目立つようになった。

ユーリはその細やかな喧噪を眺めながら・・・


結果的に潤っている、と認めざるを得なかった。


もちろん、噴火を心配したキャンセルは多かった。

だがそれ以上に、研究者や行政関係者の長期滞在、

さらに流星群を観測したい物好きの予約が

売上を押し上げていたのである。


しかも彼らは、食事や酒には妙にこだわるくせに

礼儀正しく、支払いもきっちりしてくれる。

宿屋の経営者にとって、これほどありがたい客層はない。


そんなある晩、ライブラリーバーにいた天文学者のひとりが、

ウイスキーを片手にぽつりと呟いた。


「花流星群、観測条件は最高だろう。

()()()()()()

この地方の空を飾るはずだよ!」


その言葉に、たまたま同席していたマリーン先生が声をあげた。


「ほらな、私の泊まり込みは正解だっただろう!

その夜は屋根の上で望遠鏡を構えるぞ!

雨が降るようなら、ユーリエ君、私が送った書を開きなさい!

少し離れた場所で発動させれば

雲はそっちに吸収されるから!」


マリーン先生が送ってくれた、嵐を起こす秘伝の書。

ユーリはそれを厳重にしまい込むことにした。


先生はその天文学者に、相手が引くほど細かく正確な時間を聞き出していた。

おかげでユーリも予定を立てやすくなり

サムエルの提案した「演舞会」が現実味を帯びていく。


・・・ともあれ、マリーン先生の尽力で

周辺の村には対噴火物結界が施され

村民の心も幾分かは穏やかになったはずだ。


演舞会の準備は意外なほど順調に進んだ。

サムエルはすぐにクラウド、アルト、クロエへ声をかけ

即座に了承を取りつける。


「いいね! 噴火する火山の麓でライブなんて刺激的じゃないか!」

クラウドは相変わらず軽い調子で笑い、


アルトは「流星群が背景なんて、この上なくロマンチックですね。」と穏やかに微笑む。


クロエは「何なら、ここの結界が一番強いわ。」と、頼もしげだった。


一方ユーリは、サムエルの言葉どおり

ツインコルダの猛練習を余儀なくされていた。

サムエルはカリナの演奏で

この楽器の“正解”を知ってしまったがゆえに

ユーリをその水準まで引き上げるべく熱心に指導しているのだ。


練習を重ねるうちユーリとて

体は感覚を思い出し、音は次第に滑らかになっていくのがわかった。

ツインコルダも手に馴染んでいく。


サムエルも時折「よし、合格」とうなずくようになった。


サムエルにツインコルダの何がわかるんだ?

と内心思いつつも、

ユーリは素直に練習を続けた。


そして、当日が来た。

ルミナス山に、特に目立った動きはない。

ユーリはちらりちらりと山を見やりつつ

今日の準備を進めていた。


やがて夕刻。

空が深い群青に沈むころには

小羽屋の庭はすでに人で賑わっていた。


今日は、クロエの思いつきで、"紺色"がドレスコードであった。

足元を照らす証明を基調としているおかげで

満天の星空を堪能できる。


招待した村の子どもたちは走り回り

フィンガーフードを頬張る。

行政関係者は来賓席でグラスを傾け、談笑している。


研究者たちはというと

演舞会どころか空ばかり見上げ

三脚を立てて機材を構えていた。

これは、見なかったことにしている。


クロエは光沢のある紺色の美しいドレスをまとっている。


アルトは相変わらずの麗しい紺色スーツ姿。


クラウドはというと・・・

確かに紺色だが、羽根付き帽子にフリルのタイ、袖飾りまで付け、

まるで海賊船長のような派手な出で立ち。

なぜそうなる・・・

ユーリは心のツッコミを必死に押し殺した。


サムエルはお馴染みの、裾も袖も長くひらめくエルフの民族衣装。

ただし今日は珍しくシックな紺色で

ドレスコードに合わせているらしい。


そして、イーサン・イーシュトライン侯爵閣下。

なんと演奏者としても参加してくれるとのことだ。


その側近の・・・レヴィ様?は

演奏こそしないが

今日は奥方様とご令嬢まで同行している。


本当にご大層な会になってしまった。

ユーリは胸の奥がきゅっと引き締まるのを感じた。


村外からの特別ゲストも姿を見せる。

アトリエ・ヘルプスト

イーシュトライン店の店長クララ・シュトラル。

かつてユーリが王室主催オランジェリーパーティのために選んだドレスを

一緒に見立ててくれた女性だ。


「新聞で見てましたよ!

ユーリさんの宿が気になって来ちゃいました!

新作のカジュアルドレスも持ってきたので

ぜひ演奏会で着てほしいなって!」


気持ちの良い笑顔は、あの日と変わらない。

クララの見立てなら間違いない

そう思うと、自然と胸が躍った。


さらに、イーシュトライン観光ギルド受付嬢の

ルイーゼ・アルマン。

「サムエルさんにお声がけいただきまして!

いつか来てみたかったんです!」


その笑顔は、彼女らしい清々しさに満ちている。


そして、日刊多人種新聞の記者、ティエラ・ネレイド。

「こんばんは! 今日も素敵な記事になるように頑張ります!」

快活に敬礼する彼女を見て

ユーリは今度は下手な事は言うまい・・・

と心に誓ったのであった。


モーリス村長、スミス酒店の店主、チーズ工房の夫妻、ブロム、

そしてモメラスの家族・・・見知った顔も多い。


その中に、モメラスの甥メルトの姿もあった。

まだユーリの胸にも届かない背丈。

いつものように抱きついてくるかと思いきや

・・・今日はなぜか、距離を取られている。

目も合わせてくれない。


メルトは明後日の方向を向きながら

やたらと気取った口調で言う。


「ユーリも忙しいだろ? 

俺も手伝いたいからさ

この皿とか、俺が運ぶっていうか?」


・・・あからさまに格好をつけている。

ユーリは構わず、ぎゅっとメルトを抱きしめ

そこにあった大皿を手渡した。

皿の上にはチョコレートとヌガーが並んでいるのだ。


こうして、知っている顔も知らない顔も

庭に集う。


ザイカとモメラスに給仕を任せ

ユーリはいよいよ演奏へと向かう。


開演の合図は、マリーン先生の魔法花火。


夜空に金と銀の火花が咲き、観客から歓声が上がった。


糸を紡ぐように細く柔らかな音が響き始める。


ツインコルダの温かな音色に、クラウドのギターが重なる、

クロエの涼やかなハープが中を刺し

アルトの笛は、流星の尾のように細く長く伸ばし

音楽は庭全体を包み込んだ。


それに合わせ、サムエルが舞台に登場する。

本日の曲調に合わせた、しっとりとした舞。


胸の鼓動が跳ね上がるのを感じながらも、ユーリは指先に意識を集中し

旋律を紡ぐ。


観客の心が舞台に注がれているのを感じていた。




やがて、イーシュトライン侯爵の

太鼓ソロが乱れ打ちを始めたころのことであった。


空に一筋の光が走った。

花弁を散らすように砕け、夜空に消える。

続けざまに、いくつもの流星が降り注ぎ、天が舞を舞うかのよう。

これが花流星群である。


音楽と流星群が溶け合い、誰もが息を呑んだ。

庭の隅ではティエラ記者が夢中でペンを走らせ、写真を撮り続ける。


マリーン先生は望遠鏡を覗きつつ音楽に聴き入り

流星を見つけては歓声を上げていた。


演奏の終盤、サムエルが小さく頷く——それが合図だ。

最後の和音が夜空へ放たれ、観客から一斉に拍手が沸き起こる。

歓声と笑い声、そして流れ星の光が

小羽屋の夜を満たしていった。


ユーリは夜空を見上げつつ思った。

・・・私、ツインコルダ上手くなったじゃないか。


・・・


接待に追われていたユーリのもとへ

サムエルがワイングラスを二つ持って現れる。

ユーリはそれをありがたく受け取った。


「演奏良かったよ。」


サムエルにしてはストレートな褒め方であった。


「サムエルのご指導のお上げです。」

ユーリとてそんな褒め言葉には実直に返したい。


サムエルはじっとユーリを見た。


「そのドレス、歩きにくくないの?」


突然、何を言い出すのかと思えば。

そういえば今日は、クララが持ってきてくれたドレスを着ていた。

紺色のタートルネックのノースリーブワンピース。

くるぶしまで伸びるタイトなロング丈で、ややボディラインが際立つ。

足元の背面にはざっくりとスリットが入り

大人びた印象を与える一着だ。


・・・その感想は何です?


言い返そうとした、そのとき——


シューーーッ


どこからともなく、音が響いた。


「流れ星の音がした!」

「音が観測できたぞ!」

「嘘だよ、流れ星に音なんかあるもんか!」


子どもも、大人もはしゃぐ。

それほど今夜の流星群は、手が届きそうなほど近くに見えた。


だがユーリは、思わずハチを探していた。

偶然か、必然か・・・姿は見えない。





今の音は例えるならそう


巨大な猫の威嚇音であった。






花流星群は見事だった。

夜中の1時ごろ、そのピークを終えた。


観測を終えた村人たちは家へ戻り

宿泊客も客室へ引き上げていく。



噴火の予言が脳裏をよぎるユーリは眠れぬまま夜を過ごしたが、

結局、噴火は起きなかった。


そして三日後——新聞の一面を飾ったのは別の報せだった。



_______


アクラの泉枯渇!ドラゴンアイ消失か!?

ルミナス山「噴火の予言」当日を迎えるも…大規模噴火は確認されず

【ルミナス村発】

古来より豊かな水をたたえてきたアクラの泉が、xx日未明、突如として水位を大きく下げ、地元で「ドラゴンアイ」と呼ばれる湖面の神秘的な模様が姿を消した。ちょうどこの日は、預言書に記された「ルミナス山大噴火の刻」とされており、村は不安と緊張に包まれていた。


しかし、地質学調査団の最新報告によれば、大規模な噴火活動は確認されなかった。

調査団長である地質学者マルヴィン・クレイン氏は次のよう注意を促す。

「火山内部にマグマの移動は見られましたが、噴火規模は極めて小さい。アクラの泉の枯渇は火山活動による一時的な地下水路の変化と考えられます。一部地割れも発生していますので、周辺には近づかないように。」

また、泉周辺の地層では微弱な地震の痕跡が確認され、地下の熱水脈が別方向へ流れた可能性が高いとされる。

イーシュトライン観光協会(ギルド)組合長モーリス・ボーモント氏は

「ドラゴンアイの消失は残念だが、命に関わる危険はない」と言及しており

今後は泉周辺の安全性を確認しながら観光事業の促進も継続する方針だ。

一方で、地元の古老たちは「ドラゴンアイは再び姿を現す」と語っており、泉の復活を信じる声も根強い。

_______



ユーリたちの演舞会の記事は

三面にこぢんまりと載っていた。


そっと新聞を畳む。


——あとでハチに答え合わせをしに行こう。

ちゃんと答えてくれるといいのだが。


厨房へ戻ると、ヒーロが待ち構えていた。


開口一番、早口でまくしたてる。

「先日は猫王様が、ここを特別に守っていたようですわ。

白い猫の毛が無数に飛んでますの。

ハチによく言って、毛を飛ばさぬように、

改めて猫王様にお伝えいただけませんか?」


ヒーロは明らかに不機嫌だ。

差し出してきたものを見て

ユーリは眉間に皺を寄せた。


長い、白い、猫の毛。


・・・さすがにこう言うしかない。

そして、直角に頭を下げた。


「はい、すみません。猫王様には、ハチを通じて進言します。」


今のユーリにできる事は

ただ、それだけだった。


ただ、猫まっしぐらを

猫王様も気にいるのではないかと

ざっくりと考えた、ユーリなのであった。







挿絵(By みてみん)


これにて風評被害編終わりです。繁忙期にて更新頻度が下がります。何卒ご了承くださいませ。。

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