108. 予言
カリナはワイングラスをぐるぐる回しながら話し始めた。
「私たちがここへ来たのにはちょっとした理由があるのよ。
まあ勿論、あなたに会いたいってのが大きかったんだけど。」
・・・ぜったい、後者はついでだ。
と言う捻くれた感想は一旦捨てることにした。
「理由?」
「私、ミノルテ島でもあちらの王族に支えて
魔法使いやってたのは知ってるわよね?
私の得意分野って言ったことあったかしら?」
「え?なんだっけ・・・」
本心で思い出せない。
「予言と占いなの。」
ユーリはまた目を見開いた。
全く覚えがない。と言うか初耳である。
「そんな特技もあって
ミノルテでも、今の国でも
重宝していただいてるのよ。」
カリナはワインをグッと飲んだ。
ルイスがささっとワインのおかわりを注いだ。
「私占いも予言も全然できないんだけど。」
ユーリはそもそも、占いと予言というものを
ほとんど信じていなかった。
なにしろ、予言や占いが当たっているという所を
目の当たりにしたことが無かったからである。
学校でも予言、占いに関する授業があった。
それらは割と学術的な統計学、方学、文化学に基づいたもので
ユーリも案外楽しく学んでいたのだが
成績は悪かった。
占いは全く当たらないし、予言の啓示的なものを得ることが
できなかったのである。
この母なのに、子には遺伝しなかったらしい。
「まあ予言なんてね、特に悪い予言だったら
起こらないように軌道修正するに決まってるんだから
結果的に当たらないものなのよ。」
ご最もである。そうでなければ予言した意味もない。
これは、予言者の口からよく聞く言葉でもあった。
「予言てどうやるの?」
ユーリは興味を持って聞いてみた。
「私の場合は、ミノルテ伝統のやり方なんだけど・・・」
なんでも、神聖な洞窟で湧いた水から作る特別な酒を
一晩中飲んで、飲んで、早朝に、神託を得られると言う・・・
そういう儀式であるらしい。
「え・・・酔っ払いの戯言ってことなの?」
ユーリはそれを聞いてサッと血の気が引いた。
なにしろユーリは酒癖の悪さを
注意されたばかりなのであった。
変なところばかり遺伝するものだ・・・
「な!?失礼ね。歴とした伝統技法なんだから!
月一でやらされる身にもなって頂戴!
そもそも、ミノルテの洞窟の水じゃないし
精度的にはちょっと怪しいとは思ってたんだけど
でも私は上手くやっていたのよ!
自慢じゃないけど、オーガの一族がセントラルタワーに停戦の申し出に来るって
当てたんだからね!!」
カリナはぷりぷりしていた。
しかし、それが本当だったら、確かにすごいことだ。
ユーリは改めて実母をまじまじと見つめた。
カリナは続けた。
「でも、先月のやつは
多分お酒の中の酒精が足りなかったのよ。
予言の最中に
急に”あら?今月はユーリに手紙出したかしら?”
って思い出してしまって。」
ユーリは吹き出してしまった。
食べていたドライ胡桃が喉を攻撃している。
ゲホゲホとしながら呟く。
「何それ・・・」
「本当、何それ?よねえ。
・・・でもよりによって私、余計なものを見てしまったわ。
多分、リトル・ウイングに関する予言を得てしまったのよ。」
ユーリは一瞬固まってしまう。
それは予想外のことであった。
「え・・・なんて?」
「うん、だからね
リトル・ウイングに関する予言を得てしまったのよ。」
ユーリは先ほどの言葉が聞き間違いでないことを
思い知った。
カリナは持っていた小さいカバンから
紙を一枚取り出した。
ユーリにそれを渡す。
「本当はそれを言ってはいけ無いのだけれど。」
ユーリは恐る恐るその紙を見つめた。
_________
光の竜は五度閃光に打たれた後
花の精霊が星降る夜に歌う時
再び目覚める。
_________
「な、なんでこれがリトルウィングのことになるわけ?」
・・・実は、ユーリはこう言いつつも
少々閃いたものがあった。
カリナと目が合わせられない。
「光の竜は、ルミナス山のことよ。」
だと思った・・・
ルミナスとは、古代語で"光"を意味する。
「・・・ルミナスさん?が目覚めるとどうなるの?」
「正確なことは分からないけど
噴火を指してるんじゃ無いかって。
でも、うちの大臣が専門家に問い合わせたら
すぐにすぐ、どうにかなりそうな火山活動は
認められないみたいなのよね。」
それについては本当に良かった。
「それじゃ、いつ起こるの?」
200年後とかであってくれと
ユーリは願った。
「今年、雷雨が多く無かった?」
・・・多かった。
だから、ニオイムカデが大量発生したのだ。
「でも、五度って・・・」
「地学者達曰くね
この一年、この地域には五度の集中雷雨期間があった・・・
そして、"花の精霊が、星降る夜に歌う時"
これは、100年周期で初夏の時期にくる
花流星群と呼ばれる流星群のことらしいの。
今年来るって、話題になってたでしょ。」
確かに、新聞で目にしたかもしれない。
100年に一度の流星群・・・
「で、でも雷はさ
そのうちの何回かは人工的な雷だよ。」
雷のゴンゴルド、シュンテン、ザラストル
確かめたわけではないが
彼らが引き起こした雷が少なくとも3回はある。
「でも雷は雷でしょ。
有識者の数字だから間違い無いわよ。」
ユーリはここに泊まりに来ていた
地学者を思い浮かべた。
元々ここには多くいらっしゃるが
・・・どなたのことだ。
それより、初夏・・・初夏っていつだ
とユーリは思いを巡らせれば
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初夏がくれば思い出す
ルミナス山、澄んだ空
地平線に浮かぶような草木
ルミナス山、澄んだ空
白い花が咲いている。
浮かんで咲いている
輝く滸
ヒナゲシ色に黄昏る
ルミナス山、澄んだ空
_______
どなたかがルミナス地形を賛美して
作詞作曲したらしい
そんな歌の石碑を、ユーリはルミナス湖の滸に見たことがある。
昨年はゴンゴルトの件であまりパッとしなかったが
多分、とても観光には良い季節だ。
ユーリは複雑な顔でカリナを見つめる。
「ま、私も雑念多かったし!大した予言じゃないわよ!」
ホホホといいまたワインを飲み始めた。
「ユーリ、初夏の1ヶ月間くらいは宿閉じたらどう?」
ユーリは
血が、下がっていったのと同時に
上昇したのも覚えた。
不意に、控え室の扉がバン!と開いたのを聞いた!
「あ、ユーリ!聞いてよ!大陸縦断鉄道の草案が何か引き延ばしになって・・・」
サムエルが控え室の扉を勢いよく開けて現れた。
「ああ、これは失礼」
サムエルがその様子を改めると、慌てて頭を下げる。
「あら、ユーリ、こちらはどなた?
初めまして、カリナと申します。
ユーリの母です。」
サムエルは少々驚いた顔をしたが
瞬時にその顔を笑顔に戻し
握手に応じた。
「初めまして、私は小羽屋に少々アドバイスをさせていただいてます。
サムエル・ロビンズです。」
「そうなのね、いつもお世話になっております。」
「父のルイス・ローワンです。」
よろしくお願いします、と人の良い笑顔をし
サムエルに手を差し出す。
サムエルもにこやかにそれに応じていた。
互いに名を交わし、形式的な挨拶合戦が始まった。
そもそも、ユーリはサムエルに両親のことなどほとんど教えていなかった。
今日の訪問も、半ば信じたくない、と言う思いから
サムエルには伝えられずにいた。
ルイスが気を利かせるようにグラスを手に取った。
「まあまあ、せっかくだ。
サムエル君、今夜は一杯どうかな?」
ユーリはまた胃の奥がヒュン、となる感覚に見舞われた。
サムエルは一瞬、表情を止め、
それから快活に笑って首を振った。
「申し訳ありません。今日は少し、仕事を残してまして。」
「そうか、残念だな。うちのワインは旨いよ。また今度!」
良い加減にしてほしい。
いや、自分が言わないのが悪い。
ここのワインのセレクトなんて
ほとんど、サムエルだと言うのに・・・
「ありがとうございます。」
サムエルは終始丁寧で穏やかだった。
カリナはルイスに鋭い視線を向けた。
そして続けた。
「それじゃあ、私たちは部屋に戻るわね。
おやすみなさい、サムエルさん、ユーリ。」
慌ててルイスもそれに続いた。
「おやすみ!」と小さく手を挙げていた。
「おやすみなさい・・・」
サムエルもそれに続いてドアの方へ向かったが
ユーリは何も言わなかった。
・・・
控え室に戻ったユーリは
ランプの明かりを頼りに日誌を広げていた。
リネンの納品リスト、香草オイルの在庫数
修繕が必要な階段の手すり、などなど・・・
だが、筆はなかなか進まない。
"初夏の1ヶ月間、宿を閉じたらどう?"
カリナの軽いようで重たい言葉が、頭の中に反響していた。
また胸の奥がムカムカしてきた。
宿を閉じろだなんて
あんな簡単な事みたいに・・・
でも本当に・・・
いや、ばかなかしい。
ユーリは頭を振るった。
その時、転移の鏡が光った。
「サムエル。」
ユーリが呼びかけた。
サムエルが転移の鏡から出てきた。
「ご両親が来てるなんて、知らなかったんだけど?」
サムエルは早速突っ込んできた。
「すみません・・・」
「あのね!」
サムエルは、グッと
ユーリに顔を近づけた。
「周りにお客様がいるのに
急に君のお母さんが機密事項話そうとしてるから
あえて突っ込んだんだからね?
わかってる?」
ユーリはハッとした。
遅い時間だから忘れていたが
確かに、そこにはお客様もいたかもしれない。
「申し訳ありません。」
ユーリは何やら泣きそうな気分になっていた。
サムエルはスッと顔を引いた。
「で?何?予言が何だって?」
ユーリは黙って
先ほどカリナから受け取った紙をサムエルに渡した。
それをサムエルは思ったよりもじっくりと読んでいた。
しばらくその紙を見つめた後
さっくりと言う。
「ま、予言なんて当てにならないさ」
紙をぺろっと返してきた。
「僕の国じゃ、”予言を盲信する者、畑に石を撒くが如し”って
言うくらいだ。」
サムエルはにっこりと屈託のない笑顔を見せた。
もちろん、ユーリも同意見だった。
「まあ、念の為、予言に強い知人に
当たってみるよ!」
といい残し、その日は早々に帰っていった。
時計を見れば、時刻は午後10時
こんなかつてない、遅くとも早い時間があったろうか。
ユーリは余計に不安になってしまった。