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107. 両親の到着

小羽屋の扉が開く音と共に

明るく、歌うような、女性の声が大きく響いた。


いつものドアベルの音はかき消された。


「こんにちは、小羽屋さん!ユーリ!フィヨナ!」


ユーリは両親がここへ来るこの日は

何となく、チェックインカウンターにはいたくなかった。


控え室で書き物をしていたのだが

流石にあんな大声を聞いては

無視はできない。


ユーリは重い足取りで控え室を出て行った。


ザイカが忙しなく荷物を運んでいる。

荷物がなんて多いんだ・・・


あえてあまり見ないようにしていたが

チェックインカウンターに

セミロングの黒髪を内巻きにし

コーラルレッドの外套

白のワンピース

白くつばの広い帽子を被り

淡い黄緑色のスカーフを巻いた中年女性。


これは、カリナ・ローワン。

ユーリの実母である。


「見てカリナ!前来た時はあんな立派な本棚なかったね。

美味しそうなお茶とクッキーも置いてあるよ!」


呑気そうなことを言っているのは

ルイス・ローワン。

ユーリの実父である。


ユーリはできるだけ粛々と近づいて行った。


「ご到着、ありがとうございます。」


しまった、意識しすぎてしまった・・・

我ながら変な文章になってしまった。


そんなユーリの感慨を

カリナは全く感じていない様子で

ユーリを見つけると駆け寄ってきて、包容した。


「まあ、ユーリすっかり綺麗になっちゃって!

もう大人の女、って感じじゃない?

よく顔を見せて?」


カリナはユーリの頬に手を添えた。

ユーリは遠い目をしながらそれを受け入れる。


時々、猫の九やおもちも

不本意の相手に撫でられると

こんな顔をすると

ユーリは考えていた。


ルイスは、うんうん!と言いながらニコニコしているだけである。


「あらユーリ、お化粧をほとんどしてないのね。

まあ若いから良いかもしれないけど。

化粧が肌に悪いって言うのは

時代遅れの考えよ?

寧ろ美容液が多く含まれてるから

肌に良かったりするんだから。」


カリナはユーリの頬をぷにぷにと

ソフトに突いた。


ユーリは居た堪れなくなり切り出した。

「部屋にご案内します。荷物、こちらでお預かりしますか?」


「いいの、いいの。そんなに重くないわ。ルイス!」


「あ、ああ!僕が運ぶよ!」


ぎこちない笑い声と共にルイスはかばんを持ち出した。


ザイカが

「一緒に運びます!」

と言ってくれた。

ルイスは

「いいよ、女の子は重いものを持つものではないよ。」

とにっこりして断る。


ザイカがどうして良いか分からなくなっている。

ユーリは自ら、鞄をずんずん運びだす。


「お父さん、ザイカも仕事だから・・・

ここに男性の荷物運び(ポーター)なんていないんで。

私も運びます。」


と言いながら、もはや自分が魔法使いであることも忘れて

重い鞄を3階の部屋まで運んでいた。


3階の改装したばかりの部屋に入った時

カリナとルイスはさらに感動していた。


「まあ、お部屋にトイレ、キッチン、シャワー、浴槽まであるの?

快適だわ!しかもこの浴槽、琺瑯じゃない?」


カリナはベランダの浴槽に興味津々だった。


「ザイカと、ザイカのパートナーの方が

作ってくれたんです。」


ユーリは荷物運びをしてくれたザイカを紹介した。


「まあ!ザイカ!あなたって素晴らしいわ。

こんな素晴らしい技術を持っているなんて。

この滞在中に一回はお食事がしたいわ!」


カリナは、ザイカの手を取る。

ルイスもうんうん、と頷いている。


「あ、はい!嬉しいです!

ユーリ・・・エ支配人には、本当にお世話になっておりますので

楽しみです!」


ザイカも真意からの可愛らしい笑顔を返していた。


ザイカには後で色々注釈をしたい。

と、考えていた。


とりあえず、両親を宿泊の部屋に押し込めると

ザイカと一緒に一階へと向かっていた。


「ユーリのご両親の話ってほとんど聞いた事なかったから

どんなに冷たい人なのかと思ってたけど

お母さんはすごい明るくて

お父さんはすごい優しい人だね!」


ザイカは褒めてくれた・・・

ユーリは頭を抱えた。

一言だけ言うことにした。


「そう見せてるだけだよ。」


ザイカはそうなのー?と意にも介していないように見えるが

ユーリはザイカには謝罪の言葉が脳裏に浮かんでいた。


・・・まず、例の食事の件はまず実現しない。

ごめん、と。


滞在スケジュール的に、まず、無理。

でもそれを言うと、何か角が立つ気がしたので

ユーリは何も言えないでいた。


おそらく社交辞令なのだろう。

しかしユーリとしてはそれが嫌いだった。


なんで実現不可能な約束を

あの人は、自分の大切な友人にするのだろうと。

ユーリはまた絶望的な気持ちになった。


・・・


その日はフロントをザイカに任せて居住棟の方で

両親と夕食を取ることになったのだ。

もちろん、フィヨナも一緒に。


この日はすっかり定番になった鹿肉シチュー、バケット

その他副菜を用意した。


「ユーリはもう立派な宿屋の女主人!って感じじゃない?」


カリナは満足げにユーリが動いている様を見つめている。

ルイスもうんうん、とそれに答える。


「主人は、フィヨナおばあちゃんなので、私は支配人ですね。」


ユーリは全ての準備を終え自身も席に着くと

冷ややかに答えた。


それらの料理をカリナは美味しい美味しいと満足げに平らげていた。

ルイスはシチューを2回もおかわりしていた。


フィヨナは年寄りは早めに眠るわね。

と言って、夕食を終えると寝室へと引っ込んでしまった。

家族水入らずで過ごせるように気を遣ってくれたのだろう。

ユーリとしては、フィヨナに一緒にいてもらった方が良かったのだが・・・


とはいえユーリは、ここでフィヨナを騒がせても忍びないと重い。

小羽屋のライブラリラウンジ

に移動することにした。

王都では宿屋のレセプションを"ラウンジ"呼んでいると聞いたので

小羽屋食堂を改めて、そう名付けた。


時間的にまだザイカがフロントに立っている。

お客様もまばらにライブラリの本を読んでいる。

ライブラリが稼働している事はユーリとしてもとても嬉しかった。


せっかくなので両親には

小羽屋においている有料のワインを買って飲んでもらうことにした。


「厨房機材の件だけでど、概算このくらいかかったと思うんだ。

2年くらいで返済できる見込みです。」


と言って、ユーリは作った返済予定表をカリナに差し出した。


「そんな、気にしなくて良いのよ。

さっきフィヨナにも話したのだけれど。

この宿屋で役立ててくれれば十分なのよ。」


カリナはホホホと笑った。


「そう言うわけにもいかないので」


と言って、ユーリは返済予定表をグッとカリナに渡した。


カリナは、そお?と言って一応受け取って、それを眺めてていた。


「でも、あんな立派な厨房機材。高かったよね?

今そんなに稼いでるの?」


ユーリはそれもかなり気になっていた。

東大陸にいては、西大陸のことはほとんど情報として入ってこない。

ユーリは両親が西大陸の人間の自治区にて

魔法使いとしての能力を使い、仕事をしている。

と言う情報しか知らないのである。


カリナはワイングラスを傾けながら


「今はあちらの人間自治区・・・

アラミンドル(エルフ本国)の隣にあるんだけど。

そこを治めている方は

ここの人間王の親戚筋に当たるのだけれどね

その公爵様に直接雇っていただいてるわ。

言ってなかったっけ?」


ユーリは目を開いた。

・・・宮廷魔法使いと言うことだ。


「いつから?」


「ユーリが学校に入って2年くらいしてからよ。」


というと5年前から、結構前からだ。

それはさぞかし稼ぎも良いだろう。

というか、あちらではほぼ貴族扱いではないか。


ユーリはふと何かを思い出した。

両親からの手紙で

こちらで一緒に住みませんか?

と言われたことが一度だけあった。

丁度その頃だ。

ユーリは学校があったので

即答で断ったのであった。


今の状況は自ら選んでる道なのではないか。

何やら、腑に落ちたユーリは

今両親に冷たい態度を取っていることを

少々反省した。


「順調そうで良かった。・・・お父さんは?」


ユーリはルイスの方を見た。


「俺はあっちの街役場で、今は納税係をしているよ。」

チーズクッキーを頬張りながら、にっこりと答えた。


このいつもふにゃふにゃとした父親が

納税役人なんて務まるのか・・・

ユーリにはかなりの疑問であった。


しばし、ユーリと両親は

今まで起こったことの報告のような会話を続けた。


そして、今日の業務を終えたザイカが帰った時に

カリナがそういえば・・・と

今回この二人がここへ来た理由を語り始めた。

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