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105. 帰還

「ユーリ! 待ってたよ!!おかえり!!

なかなか帰ってこないから心配したんだから!!」


翌朝、朝食の準備に来てくれたザイカが

ユーリをぎゅっと抱きしめる。


「ありがとう。ちょっと想定外のことがあって。

でも、おかげさまで全部、治ったよ。」


ユーリがそう報告すると、

ザイカは完治を心底喜んでくれた。


が、何かそわそわしている。

様子がおかしい。


「何かあったの?」


「それが・・・」


ザイカは厨房の方に目をやる。

ユーリもそれを追う。

嫌な予感しかしない。


いつも綺麗な厨房が、散らかっている。

食器は洗われておらず、残り物も放置されている。

床はやはり汚れていて

パントリーの棚は開けっぱなし。


「ごめんね、昨日のお皿洗いが終わらなくて。

自分でやろうと思ってたんだけど

手際が悪くて、なかなか終わらなかったんだ。」


ザイカは申し訳なさそうに言う。

だが、これは・・・


「ヒ、ヒーロは?」


また嫌な予感。


「客室の方は、ちゃんとやってくれてるみたいなんだけど

厨房の掃除は全然で・・・

もしかして、私のお粥が不味かったのかな?」


ザイカはしゅんとしてしまった。


ユーリはザイカに、絶対にザイカのせいではないと伝え、

手伝ってくれたと言うブロムにも感謝の言葉を述べた。


そして、モメラスにも近々顔を出さなければ・・・


──そしてその夜。


「しばらく留守にしてしまって申し訳ありませんでした。」


誰もいない厨房に、ユーリは深々と頭を下げた。


ふと、ヒーロの姿が目に入った。

まるで何事もなかったかのように

粛々と厨房を片付けていた。


返事のないヒーロに、ユーリはそっと声をかける。


「あの、ヒーロ、さん?」


ヒーロは漸くお皿洗いを止め、ユーリを見た。


「体の方は、もう良くなったのですね。

コザシオダンジョンにもコボルトはおりますので

情報は共有しておりましたわ。

本当によかったです。」


ようやくヒーロは笑みを見せた。

ユーリは少し安心した。


「あの・・・」


「厨房の件ですわよね?

もちろん、ユーリには(・・)

申し訳ないと思っておりました。」


笑ってはいる、しかしどこかトゲのある口調だった。


「ザイカは、一食分、私たちの食事をお忘れになったのですわ。

私は当然、ユーリの手前

お客様を困らせるようなことは致しません。

でも、ザイカは忘れたこともお忘れになっているようで。

そういう扱いをされたのなら、厨房の掃除は、

ザイカがなさるべきだと思いましたの。」


ユーリは落ちて来そうな頭を支えるが如く手を顔に置いた。

・・・そういうことか。


ユーリは、少しホッとしたような

申し訳ないような気持ちになった。


「ヒーロ、ごめん。私の引き継ぎ不足だった。

ザイカにもっとこの件は緊張感を持って

取り組んでもらうべきだったね。」


ヒーロは驚いたように目を瞬かせた。


「なぜユーリが謝るのです? 忘れたのはザイカです。」


「それでもね、ここは私が任されてる場所だから。

ザイカのミスも

・・・殆どないけど、ヒーロのミスも

誰のミスだって。

全部、私の責任なんだよ。」


ユーリは言葉を選びながら伝えた。


「本来なら、これは“家を荒らす”ような案件だよね。

でも、私のために配慮してくれて。

ヒーロ、本当にありがとう。」


ユーリはヒーロが噂通りの

「コボルトルール」を守っているであろうことを思い出す。


ヒーロは、何と言うべきか迷っているようだった。

そして、ようやく口を開く。


「いえ、厨房の件、申し訳ありませんでした。

ザイカにも、申し訳なかったですわ。」


ヒーロは少し目を逸らしつつ、謝った。


「えっ? あ、いや、それ・・・

そんなこと言って大丈夫?」


ユーリの方が思わずキョロキョロと

周囲を見回してしまう。


ヒーロは少々考えながら言葉を続けた。


「この間のオーガの件も、グレーゾーンだったと思うのです。

どちらかといえば、黒に近いかと。

年末の大集会では“人間に肩入れしすぎ”と

叱られると思いましたが・・・

意外と皆様、オーガに一太刀入れてやったと

面白がっておられて。」


年末の大集会?

そんな行事があるとは知らなかった。

トムテになった時に要求された

あのウールの赤い帽子は

もしかしたら、そのためのドレスコードだったのかもしれない。


「私は・・・いえ、私たちは、

“見えない圧力”に縛られていると思っていました。

でも、本当はそんなもの無いのかもしれません。

私たちは、もっと自由に動ける存在なのではないかと

そう思うようになりました。」


ヒーロは優しく微笑んだ。


「とはいえ、私はコボルトであることをやめられませんので

少しずつ模索していきたいのです。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。」


そう言って、ヒーロはユーリの手を取った。


「うん、本当にありがとう。

こちらこそ、よろしくお願いします。」


ユーリにとっては

ヒーロがそう思える事

それが何よりも嬉しかった。


「・・・ところで、ヒーロ、あのね。」


ヒーロが目をぱちくりとさせる。


「食堂をライブラリーと、フリードリンクが飲める空間にしたいんだけど

3階を改装したばかりで

また掃除が増えちゃうかなって・・・

ヒーロは、どう思う?」


ユーリは、おずおずと相談を持ちかける。

ヒーロは、少し複雑な表情を見せた。


「掃除が増えるといえば、確かにそうですが

良いと思いますわ。

私たちは問題なく対応できます。

そもそも私たちは、“掃除の量”という概念には縛られておりません。」


「そうなんだ、それじゃあ・・・」


「お仕えしている家が栄えているかどうか、ですわ。

説明が難しいのですが、繁忙期と言われる時期は

私の力もみなぎるのです。

何だって出来る気がいたします。

でも、お客様が少ない時は

やはり力が落ちますの。」


何やらデジャブなお話だ。

ヒーロは続けた。


「ですから、ここが盛り上がるお手伝いをしたいのです。

ちなみに、全部無料というのは、やはり面白くないですわ。

お客様から、きちんとお金を頂戴したいものです。」


ヒーロがそんなことを言うなんて、少し意外だった。

やはり、これはアントニオの話とダブって聞こえる。

ヒーロは自分なんかより支配人に向いているのではないか。


ユーリは改めてヒーロのことを尊敬していることを

確認したのであった。


「あはは、最早私がヒーロの下で働きたいよ・・・」


と言いかけたところでヒーロの耳がパタパタとした。

そして、ちょっと怒りの顔になったのを見た。


「もちろん冗談です!!」


ユーリが慌ててそう付け加えると

ヒーロはまた、ニコニコとした

可愛らしい笑顔に戻ってくれた。


・・・これも、まさかのNGワードなのか。


ヒーロとの対話を終えて居住棟に戻ったユーリは

一人で考えていた。


ここ最近、実に様々な出来事があった。

本当に、色々あった。


宿の運営は、宿があってこそ成り立っており

お客様をお迎えするのが中心だ。

その分、支配人の自分は動きにくい立場でもある。

だからこそ色んなことを

この宿屋で"受け入れていこう"


初めはそう思っていた。


それは大切なことだが

それだけではダメだ。


自分から動かなければ、何も始まらない。


デニス、アントニオの話はとても刺激的であった。

参考になることもたくさん話してくれた。


自分がいないことによって問題が起こっても

しかし、自分がいなくても

仲間たちは独自に考えてくれた。

これはユーリにとってもありがたい発見であった。


これからは自分が思っているよりも

ここの作業を皆に任せて

自分はもっと色々なことを考えていかねばならない。

そして、外に出て色々と学ぶべきなんだろう。


・・・サムエルもそんなことを言っていたな。

ようやくその事が

自身の実感として湧いてきたのであった。


翌日、ユーリは小羽屋食堂のライブラリー化計画を始動した。

集まった本にナンバリングをしているのである。


シュンテンからも本が沢山届いていた。

彼女もオーガ秘伝の変身術の書を送ってくれたので

ケースには3つの貴重な書を陳列することになった。


今日は、珍しく連泊のお客様と若干の空き部屋

チェックインが無い日であった。

ここ数日はザイカにもお休みしてもらい

明日は朝食の準備をしてもらう。


アントニオの言う通り

自分が宿に泊まってみようと考えていたのである。

明日の朝ユーリがお客様の顔をして

朝食に現れたら

ザイカはどんな顔をするかと思うと

少々笑いが込み上げてくる。


その前に、このライブラリを整えて

稼働させるところまで持っていかなければ・・・


外出を心がけようと決意した矢先であったが

やはりユーリは出無精であり

何かと理由をつけて

家に篭ろうとする癖があった。


控え室の方からツカツカと足音がした。

もう見なくてもわかる。

サムエルである。


「ずいぶん本集まったね」


「おかげさまで、充実したライブラリになりそうです。」


サムエルはそれを手伝うでもなく

座って眺め始めた。


「なんとかこれ有料にならないかなー」


ぽそっとサムエルは言う。


「それなんですが」


ユーリは、コザシオダンジョン支配人

アントニオの言葉を思い出していた。


「ドリンク有料にしようかと。」


サムエルは真顔でこちらを見てきた。


「それ君、ずっとここにいなきゃいけなくなるだろ。」


「いえ、ドリンクビュフェとします。

朝食のビュフェみたいに

沢山のドリンク入りポットを置いておけば

お客様はお好きなだけ

ドリンクを楽しめると言う仕組みです!」


個包装されたチーズクッキーも見せた。

例のハチの子を引き取ってくれたチーズ工房に

ユーリが提案した甘くないクッキーであった。


「これも食べ放題です。

アウトレット品を安く分けてくれるんです。」


サムエルはフーンと言って

チーズクッキーを眺めていた。


「あ、そういえば王都に

ライブラリーバーとかいうのがあるんだよね。」


サムエルは思い出したようだった。


「夜はアルコールも出してみてさ!

少し高い値段にして!」


「それ、本汚されませんか?」


「高ければ、馬鹿みたいに飲まないよ!

高くて、ちょっと高級なやつにするんだ。

今日チェックインのお客様っていないんだろ?

そこ参考になると思うから行こうよ!」


「今日って、本のナンバリングが・・・」


「それじゃ、夕方までに終わらせるよ。」


そう言うや否やサムエルは

高速スピードでナンバリングのためのシートとシールを貼り始めた。


やはり、このサムエルに振り回してもらわねば

ユーリは一生

そのライブラリーバーとやらには行かないだろう。


ユーリはその点もう少し

サムエルに頼りたい物だと


密かにそう思ったのだった。





挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)

思いの外冒険が楽しくて、冒険編が長くなってしまいました・・・


挿絵は小羽屋食堂

floor plannerで作成したものを

CHATGPTで再生成しました。

何故か天井照明が電気・・・

それ以外はおおよそイメージ通りです。

大窓の前に演芸用舞台があります。


昔の名残で、チェックインカウンターは兼バーカウンターです。

奥に厨房があります。


こういう窓があるヨーロッパの田舎風のレストラン

可愛くて好きです。

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