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104. 支配人

サムエルと一緒にいると、

人生の大半を振り回されることになる。


最近も、そのことに悩んでいたばかりだ。


しかし、今の話を聞いていると

それは、エルフとか人間とか

もはや関係もない気がする。


先ほどネクタリオンの泉でも気づいたが、

最近のサムエルは、その点を反省しているように見える。

証拠に、今の彼は思った以上にしょんぼりしていた。

・・・これ以上いじけられても、正直めんどうだ。


「デュオニシウス様?

私、とても出不精でして・・・」


フォローせねばならない。


「サムエルくらいに振り回してもらわないと、

私は、何もできないんです。

本当に、感謝しています。」


ユーリがそう言うと、デニスは真顔でユーリを見返し


「君、変わってるな。」


と、一言。


・・・それはそれで、ちょっと心外だった。


「それよりですね、あの、私

途中の課金システムに感動してしまって。

“ヒントの巻物、2,000マルで購入できます”っていう販売機、

何度買おうと思ったことか!」


話題を変えよう。


「他にも、護符の自動販売機

すみません、異様に高い延泊料金にしても

どうしても買わざるを得ない

延泊せざるを得ないと言う状況。

全部感動しました!」


「だろう? 君は話がわかるな。

基本料金を安くして、オプションを高価にする。

それが稼ぐコツなんだよ!」


デニスはニヤリと笑った。

どこかサムエルに似た不遜な笑顔である。


「しかもここまで辿り着いた者には

泉の使用権と

支配人秘伝のミートボールパスタにコンソメスープが振る舞われる!

この自家製ワインもな! これが評判なんだ!」


「しかも酔っ払った爺さんがついてくるの?

それって需要ある?」


サムエルが先ほどの仕返しとばかりに

デニスに突っかかった。


「しかし、1000年以上も生きていらっしゃるエルフの方と

お話しできる機会もそうそうないので

皆様喜ばれていますよ。」


そういいながらアントニオがキッチンから

ようやくこちらに来た。


「皆優しすぎないか?」

とサムエルはつぶやいた。


「私の曾祖父は、初代のコザシオダンジョン支配人でした。

祖父も、父もそうです。

下の庭園の一角で、ワインの農園もやっております。

これは、我が家の味なんです。」


そう言って、アントニオはワインのボトルを差し出した。

ラベルには「ダンジョン・コザシオ」と書かれていた。


アントニオは、皆におかわりのワインを注いだ。


「じゃあ支配人!この新人支配人に何かアドバイスしてあげてよ!」

サムエルは先ほどのしょんぼり顔が嘘のように

元気を取り戻していた。


アントニオは少々困った顔をしたが

ユーリの前に座った。


「あまり味のある話はできませんが。」


サムエルとデニスが別の話を始めたのを見やると

アントニオはユーリの顔を見た。


「ユーリさん、支配人というのはね

ただフロントに突っ立てる人ではないのです。

お客様にとっては“顔”

スタッフにとっては“背中”なんです。」


柔らかい口調でアントニオは続ける。


「父の受け売りですが

忙しい時ほど、支配人が“動かない”

と言うことが重要になる場面もある。

お客様が一番見ているのは

支配人の“立ち方”なんです。

安全の象徴としてどっしりと立っている姿を。

そのためにはスタッフに気持ちよく

スムーズに動いてもらう必要がある。」


ユーリはその話を聞きながら

ワインをありがたく口に含んだ。

少々背筋を伸ばしている自分もいた。


「それは、本当にそうですね。

あせくせしてる支配人はお客様にとって良くないと

思い知りました。」


ユーリは先の苦い経験を思い出していた。

アントニオは少しだけ視線を落とした。


「だからね、何か問題が起きたら、

まず自分を責める前に

仕組みを見直すことが大事なんです。

スタッフは効率よく動ける環境か?

指示の意図は伝わっているか?

道具は揃っているか?」


アントニオ自身もワインを一口飲むと

続ける。


「それと、ユーリさん。

お客様が減った時ほど、施設の空気が落ち込む。

そかしそういうときも悲観することはありません。

自分で自分の宿に泊まってみると良い。

そして楽しんでみるんだ。

そうすると不思議とお客様が来る

その感想が、そのままお客様の感想になる。」


「わかりました・・・!」

ユーリは尊敬の眼差しでアントニオを見た。

その発想はなかったので

すぐにでも実践したい思いでいた。


アントニオは指を立てて続けた。


「それからもうひとつ

経営の話をさせてもらうと

“無料”や“おまけ”は、優しさではなく

戦略でなくてはならない。

無料オプションとは

お客様の感謝の気持ちが薄れる上に

スタッフの負担は増えます。

適正価格で“ありがたみ”を提供する。

それが本当のサービスです。」


そして、その指はワインボトルを指さした。


「このワインも

もとはお部屋のサービスとして

無料で置いていました。

でも、あるときから“グラス一杯、300マル”にしたのです。

そうしたら、不思議なことに

ボトルの販売量が増えたのですよ。」


ユーリは目を丸くした。


「タダより嬉しいものはないけれど、

“価値を感じさせる価格”

というのもあるんですね。」


アントニオはにっこりとうなずいた。


「その“価値”をどう伝えるか

それが、支配人の仕事でもあるんです。」


今度はアントニオは

サムエルと話し込んでいるデニスの方を見た。


「この施設だって

デュオニシウス様の好み100%でできていますでしょう?

でもそれはデュオニシウス様がここを好きだから出来る。

私もそれに共鳴してるから出来る。

それがうまくお客様に刺さって

お金を払ってまで来てくれるのです。」


そう静かに言い終わると

アントニオは声を張って

デニスに声をかけた。


「私自身も、貴方様に振り回されている身。

心より感謝しておりますよ、デュオニシウス様。」


「ふん、変わった連中め。」


そう言うデニスの顔は、その言葉に全く似合わない

穏やかな笑みを浮かべていた。


その後もデニスは、宿の経営論を熱く語り続けた。

同じ話を3回ほど繰り返したところで

ようやくこの会はお開きとなった。


ユーリもサムエルも、眠い目をこすりながら帰路につき

懐かしき小羽屋に着いた頃には

午後1時になっていた。

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