103. デニス爺さん
魔力生成装置なしでも魔法が使える
モノクルなしでも世界が見える
しかも、むしろ以前より魔力が増している感覚があり
頬が緩むのを止められなかった。
服を着終え、乾燥魔法で最後の仕上げをしていると、
廊下の奥からコツ、コツと足音が響いてきた。
現れたのは、塔の支配人アントニオと、もう一人。
人間で言えばアントニオと変わらないくらい
中年ほどの年齢に見える
痩せた長身のエルフの男性。
少しだけ眉をひそめたような表情を浮かべている。
長い耳をしているが
ハンチングハットに、ベスト、ブーツ。
猟銃を携えている。
どこか人間臭い装いをしていた。
「お、デュオニシウス爺さん!久しぶり!」
サムエルが陽気に声をかけた。
「最近ここから出てないって聞いたけど、元気にしてた?」
「相変わらずだな、サム。マリーローラは元気か?」
マリーローラ。どこかで聞いたことのある名前だった。
「元気なんじゃない?
最後に会った時にはデニス爺さんと連絡がつかないから
この塔まで来ようか迷ってたみたいだけど
・・・来てないの?」
「来とらんな。あの薄情娘が。」
ふんっと鼻を鳴らすデニス。
「ユーリ、紹介するね。母方の大伯父だよ。
娘のマリーローラとは
オランジェリーパーティで会ったよね?
デュオニシウス・・・何だっけ?」
「デュオニシウス・ラウルソン・レリーモ・ル・ロラリオン!だ!」
このやりとりで
ユーリは思い出した。
あのパーティの終盤
サムエルを会議に引きずっていったエルフの女性。
このデニスの娘なのか。
「お嬢さんは最近マリーに会ったのか。
わしが最後に会ったのはもう10年前になる。」
デニスはユーリをじっと見つめてから
それから踵を返して歩き出した。
「アントニオ、食事の準備をしてやれ。
久しぶりに来た甥と、連れのお嬢さんに
労いの一席を用意してやってくれ。」
「かしこまりました。こちらへどうぞ。
デュオニシウス様のお部屋へご案内します。」
ユーリのお腹が鳴った音が
思いの外響いてしまい
かなり恥ずかしい思いをした。
言われてみれば、この数日ろくに休憩もとらずに動きっぱなしだったのだ。
懐中時計を覗くと、もう夕方の5時。
朝から何も口にしていなかった。
デュオニシウスの部屋
正確には、作業小屋のような空間だった。
失礼ながら部屋と呼ぶのがためらわれるほど狭く
ベッド、キッチン、リビングダイニングが凝縮された、ワンルーム
壁には庭仕事の道具や猟銃が
無造作にかけられている。
だが、ここはダンジョンを囲う結界の核でもあり
魔物の侵入が一切ない安全地帯。
特別に強い防御が施されているのが分かる。
それは、塔内の宿屋にいた時も感じていた。
小さなキッチンストーブの前に立ったアントニオは
手際よくミートボール入りのパスタと
温かなスープを用意し
赤ワインを添えて配膳した。
ユーリは深く感謝しながら頂戴した。
それは、素朴ながらも冒険疲れの体に染み入る
最高の食事だった。
サムエルはワインを飲みながらデニスに聞いていた。
「このダンジョンはどんな経緯で攻略したんだっけ?
もう何十年も前の話だろ?」
「正確にいえば100年と3年前だ。
この塔が作られてからは
約1200年が経過している。」
サムエルも黙ってしまった。
そんなに前のことだなんて。
「この宮殿はな、当時ここいら一帯を収めていた
人間の王コザシオ陛下が
リリアという踊り子を寵うために
作った建物なんだよ。」
デニスはワインをグッと飲んで
遠くを見るような目で語り出した。
「わしは、コザシオ陛下から命じられていた。
『この塔に、決して他人を入れるな』とな。
リリアは、それはもう、美しい女だった。」
ん?わし、は?
「何?この塔を作った王のこと知ってるの?」
サムエルもまた驚いていた。
「わしはここの
狩猟鳥獣管理者として
・・・庭師でもあったな。
とにかく王にここの管理の勅命を賜ったのだ。」
・・・1200年前に。
ユーリは改めてデニスを見る。
エルフの年齢は本当にわからない。
「王はリリアを塔の上階に閉じ込めたのさ。
自分が都にいる間に
リリアへ他の男が通わん様にな。
だからわしはできることをした。
魔物をテイムしてこの地に定着させて
侵入者を阻んだ。」
「んで、爺さんが手ェ出したのか。」
サムエルが茶化すように尋ねる。
「んなわけあるか!!」
デニスの声が裏返る。
続けて、やや怒気を帯びた声で言った。
「わしはな、リリアがいかに傾国の美女であったとしてもだ
死んでも手出しせんと誓っていた!
最も先に死んだのはリリア
そしてコザシオ殿下だったがな。」
言葉の最後は、どこか寂しげだった。
「主人たちが亡くなったし
わしもエルフ本国に帰っていたんだがな
103年前、オセロットと言う名前のダークエルフが
この塔を乗っ取って
ダンジョン化したと聞いて
・・・まあ、怒りに任せて単身で攻略したのだ。」
デニスはワインを仰ぐ。
「ここの回復の泉は、陛下の顔を立てているが
実際は、わしが採掘したものなんだ。
リリアは常に暇していたからな。
少しでも慰めになればと。
ここには彼女の墓もあった。
聖域が汚されるのは
気に食わなかったんだ・・・」
デニスはワイングラスを置いてしばし下を向いた。
そしてユーリの方を見た。
「お嬢さんは花言葉や花に詳しかったね。
リリアもそう言ったものが好きだった。
あの花時計もリリアは気に入っていて
よく塔の上から見ていたものだ。
花時計の仕掛けはリリアが考えたようなものだ。」
その表情は優しく、当時をしみじみと思い返すものであた。
ユーリは考える。
あの花時計の仕掛け、道中の謎解き
スフィンクスの謎かけ・・・
確かにやけに乙女チックだった。
このデニスは、リリアとの思い出を懐かしみ
人々にその思い出を共有し
問答や謎解きの答えを聞くことで
その恋に折り合いをつけようとしているのではないか。
疲れた脳に沁みたワインが思考力を鈍らせていたし
そもそもユーリにはそこまで恋愛経験がないので
結局のところはよく分からない。
そこで、ふと
ユーリはスフィンクスの顔を思い出した。
とても美しい女性の顔だった。
そして、最後の問い・・・
"頭を他人と取り変えたら、それは同じ人と言えるか?"
ユーリは、ワインをグッと飲んで
今考えてしまったことも
一緒に飲み込むことにした。
「ああ、そうだ、クラウド坊は元気か?」
デニスは思い出した様に聞く。
そういえばこのエルフは
クラウドの師匠だったのだ。
「坊って、あいつももうそろそろおっさんだよ。
まあ、元気だよ。今度はクラウドも連れてくるよ。」
デニスはユーリの方ちらっと見て
またサムエルの方に向き直った。
「サムエル、お前は人間が好きだからな・・・
お前が歩む時間と、人間の歩む時間は全く違う。
それを自覚しなさい。」
サムエルはえ?と言う顔をした。
ユーリも、今の話の流れは
デニスの方が理屈が通っていなかったが
デニスも酔っているのでそこは突っ込まないでおいた。
「デュオニシウス様、それを言われてしまいますと
私たちは何もいえなくなってしまいますが・・・」
アントニオが少々寂しげな顔をして言った。
「ああ、すまない。変な意味ではない。
と言うより、こいつは人を振り回す癖がある!
エルフならいいが、人間からしてみたら
貴重な人生の大半を費やして
振り回されることになるぞ!!
クラウドも!お嬢さんも!
こいつに付き合うのは
ほどほどにした方が良いと言う意味だ!」
デニスはまたワインをグッと飲んだ。