102. 回復の泉
コザシオダンジョン最上階の扉が開かれた。
向こう側には見事な屋上庭園が広がっっていた。
その一角にライオンの口からジャボジャボと
白濁した水が出ている池があった。
その池の脇にあった表札をユーリは眺める。
”コザシオ一世と寵妃リリアが採掘したネクタリオンの泉”
先ほどスフィンクスが言っていた。
これが、回復の泉なのだ。
ユーリは馴染みのある匂いを感じた。
これは、温泉なのだろう。
手をつけてみると
温度が些か、低そうだ。
・・・
「これ飲むんですか?浸かるんですか?」
サムエルに聞いてみた。
「わかんない。なんでそこ調べてこなかったの?」
・・・なんだって?
「え?サムエルが知ってると思ってたから!!」
「僕は使ったことなんてないから!知らないよ!」
ここで言い合っていても仕方がない。
ユーリは当たりを見渡す。
サムエルも周辺探索を始めた。
池は小羽屋の露天風呂ほどの大きさで大きい。
温度は低いが、ここは大気温が高いので
入れるといえよう。
「・・・サムエル、全部やってみます。」
サムエルもめぼしいものが見つからなかったらしく
頷いた。
ユーリが池に侵入しようとすると
何故かサムエルに止められた。
「・・・な!?行儀悪!!
そのまま入るの?」
ユーリは心外に思った。
「・・・そんな、脱ぐことないんじゃないですか?
もし魔物が来たら素っ裸で戦いたくないですし。
着衣のまま入って
終わったら丸ごと乾燥の魔法かけますから。」
「そういうマナーがなってない奴がいるからダメなんだ。
小羽屋の浴場でされたらユーリだって怒るだろ!?」
何なんだその拘りは・・・
まあ、おっしゃる通りだ。
デニス爺さんが知り合いだから尚更なのだろう。
「じゃあ、目眩し魔法使って良いですか?
私だけ脱ぐの恥ずかしいんで。」
「・・・好きにして。」
サムエルは、そっぽを向き
少々離れた場所へと移動した。
ユーリは服を脱ぐ前にライオンの口から出てくる液体を
手で救って飲んでみた。
そして、リュックを脱いでみた。
あの立ちくらみは感じない。
成功はしている様子だが
完璧に治ったかと言われると
そうではない。
自身に目眩しの魔法をかけて
「見えませんね?」
と、一応尋ねてみた。
「見えないし、見ないよ。」
サムエルはドライに答えた。
服を脱ぎ、モノクルを取り
じゃぶじゃぶと泉に入っていくと
ちょうど良い緩さが
火照った体温を奪っていく様で
とても心地よかった。
ユーリはその近くに体育座りをした。
頭まで使って10秒数えてみた。
長い髪が水面に浮かぶのが見える。
ユーリは一旦頭を上げると髪の毛を上にまとめた。
「どーお?」
サムエルが向こうの方から声をかけてきた。
「回復している様な気がします。
飲んで浸かるのが良さそうです。」
正直な感想を述べた。
近くでまた、ジャブジャブと
人の気配がする。
しかし、人は見受けられない。
これはもしかすると・・・
「あの、サムエル近くにいます?」
「え?君近くにいるの?」
「います。」
「気配なさすぎ!」
「じゃあ、私あの赤い花が咲いてる岩の下に
いときますね。」
ユーリはスルスルと移動した。
サムエルは自分で目眩しの魔法をかけて
入ってきたのだろう。
しばし、体育座りで泉に浸る。
居た堪れずにサムエルに話しかけた。
「サムエル、温泉嫌いって言ってませんでした?」
「別に嫌いじゃないよ。」
そうだったのか。
それにしては普段の言動は何か釈然としない。
「ユーリさ、一つ聞きたいんだけど。」
「はい?」
「小羽屋の仕事楽しい?」
ザラストルみたいな質問であった。
「何ですか?急に。」
サムエルは急に神妙な声になる。
「僕は良かれと思って色々動いてるけど
特に最近、裏目に出ることが多いなって
君に負担になっていたら意味がないから。」
サムエルは、言葉を慎重に選んでいるようだ。
ざっくり今回のオランジェリーパーティと
ザラストルの件の事を言っているのだろう。
ユーリは目の前の自身の膝を見つめながら考えた。
「すみません、私の考えが未熟で
力不足なことが原因なんです。
サムエルにはご迷惑をおかけしますが
私はまだ、やれます。
いえ、やりたいです。」
ユーリは少々考えて続ける。
「時々もう辞めたいとか
終わりにしたいとか
そう言う気持ちになることもありますけども
人間は破滅願望が
必ずあるものじゃないですか。
でもそれは
気分のムラみたいなものです。」
ザラストルに弱音を吐いてしまったことを思い出していた。
「・・・俺、破滅したいなんて
思ったことないんだけど。」
サムエルは真剣に悩んた声を出した。
ユーリはちょっとおかしくなって
鼻から笑いが抜けていくのを感じた。
「サムエルは、さすがですね。」
何がだよ・・・とサムエルはブツブツ呟いた。
その時であった
ブーン・・・と耳障りな音が遠くから聞こえてきた。
サムエルのブツブツ音ではない。
ユーリは音のする方を凝視すると
ジャイアントモスキートが現れた!
しかも、蚊柱を形成しており
竜巻のようにこちらに向かってきている。
これにやられたら
ユーリはもちろんのこと
流石のサムエルも、死ぬと思う。
「さ、サムエル!!」
ユーリは勿論素っ裸であったが
恥を忍んで立ち上がり杖を手にとる。
どうせサムエルには見えていない。
「やばいけど、戦わないと!」
と言うサムエルが、やはりユーリには見えない。
だから言わんこっちゃない・・・
危機を感じたユーリは
とりあえず一番得意な魔法を放った。
慌てていたので、魔力の制限のことも何もかも
すっかり忘れてしまった。
詠唱が終わると想定より強力な冷風が
杖から放たれる。
ジャイアントモスキート
何十匹いただろうか。
全て一瞬でが凍りついて
ボトボトと地面に落ちていった。
そして、忘れてはいけない。
大概こういう魔物は
解凍されると蘇ったりするので
ユーリは念押しのため粉砕魔法で
粉々にしておくことにした。
一瞬のうちに粉々になる大量のジャイアントモスキート。
ふうっと一息・・・
魔力は戻ってきたと思う。
よく考えれば視力も回復している。
それにしても自分の魔力、こんなに強かったっけ?
自身の身に起こったことが理解できずにいると
サムエルが近寄ってきた。
「あんなに君の魔力って強かったけ?
助かったけど・・・」
サムエルも同じ感想であった。
飲んだのか、浸かったのか
どちらが効いたのかはよくわからなかったが
体が治った上に
しかも溢れてくる感じもする。
魔力が今までよりずっと強くなっている。
これがこのネクタリオンの泉の力なのだろう。
サムエルが不思議そうな顔をした。
「・・・僕はあまり変わらないんだけど。
まあ元々魔力量が多い訳じゃ無いから
年齢的にも僕は限界きてるのかもね。」
目があったユーリとサムエルは
あはははと笑い合った。
そこでお互い、ハタと気がつく。
なぜ、お互いを認識できているのか。
サムエルの方を見ると。
想定よりも至近距離の位置に
全裸のサムエルが立っていた。
サムエルからしたら、全裸のユーリが立っているのが
見えているはずだ。
・・・目眩し魔法が切れたのである。
「あ、すみません、こっちの魔法は切れたみたいです。
かけ直します・・・」
サムエルも今状況把握が出来たらしい。
目をカッと見開くや否や
浅黒い肌をしているので分かりずらいが
明らかに顔が真っ赤になった。
「ユーリの変態!!!」
と叫ぶと、さっさと物陰に隠れてしまった。
「この間からずっと言いたかったけど
そう言うのもっと気にしろよ!!
だからザラストルなんかに漬け込まれるんだよ!」
その話を今持ち出されるのは心外である。
・・・しかも、変態て。
それは私のセリフでは?
思い返すと、ここ最近の鬱々展開、突然の冒険
怖かったのと、頭を使って疲れたのと
今の気が抜けるサムエルの言動に
ユーリは全てがおかしくなった。
今度は、腹の底から
笑いが込み上げてきた。
ユーリは珍しく爆笑していた。
ヒーヒー良いながら石像にもたれかかって
爆笑のツボにハマっていた。
サムエルがすでに服を着た状態で現れる。
「笑い事かよ全く・・・」
「服着てから、乾燥魔法かけた方が早いから。
早く服着なよ。」
つっけんどんに服を突き出す。
服を持ってきてくれたのだ。
しかし、顔は律儀にそっぽを向いていた。