101. 最終扉の守人
ユーリとサムエルは、ついに第七階層──
最終階へと続く扉の前に辿り着いていた。
ここまで来るのに、どれほど大変だったか。
ユーリはげっそりした思いで
今までの道のりを振り返っていた。
例の「花時計」のギミックを解除してから
2、3、4、5、6階へと進み──
その間、謎解きや、ガーゴイル
小型のワイバーン等々
扉の守人等との戦いが待ち受けていた。
隠密魔法と護符は、十分に効果を発揮してくれたが、
それでも戦闘を完全には避けられなかった。
サムエルは舞踏家らしく
身のこなしは軽やかそのもの。
蹴り技や短剣を巧みに使い
まるで舞うようにして魔物を圧倒していた。
一方ユーリはというと、
「戦闘中は僕が指示出すから、勝手に魔法使わないでね。」
というサムエルの言葉を信じ、彼の指示に従って動いた。
ワイバーンの吐く炎は氷結魔法で打ち消し、
道中のゾンビの群れは吸引魔法で一掃。
サムエルはシーンを見極めながら
限られたユーリの魔力を慎重に使い切ってきた。
特筆すべきは、本日がこのダンジョンにチェックインしてから
三日目であるということだ。
サムエルは「徹夜で攻略ね!」と息巻いていたが
このダンジョンでは、午後9時から午前6時のあいだ、
ポイズンスパイダーと呼ばれる猛毒蜘蛛が
ダンジョンの隙間という隙間から現れ
無数に徘徊する仕様になっていた。
しかも彼らには、隠密魔法も護符も通用しない。
そして何より──サムエルは蜘蛛が大の苦手だった。
最初の晩に蜘蛛の大群を目にした瞬間
サムエルは失神しかけた。
ユーリは仕方なくサムエルを文字通り引きずるようにして
宿屋へ逃げ込んだのである。
しかも、チェックインの際に予約していたのは一泊分だけ。
延泊せざるを得なかった。
「もう無理だよね、帰ろうか。」
その晩、弱音を吐くサムエルを
なんとか説得して、延泊を選んだ。
最初に支配人アントニオから案内があった通り延泊料金は
ユーリの目玉が飛び出るほどの金額だった。
宿の利用をどうしても強制したい運営側の意図。
その徹底したシステムに
ユーリはまた感動を覚えていた。
そして、今、ようやく第七階層
最終階へと繋がる扉の前に立っている。
だがその扉の前には、最後の関門
そこを守る者の姿を確認すると
興奮で高鳴る鼓動と、心がポッキリ折れる音が、
同時に自分の中から響いてきた
とユーリは感じた。
ライオンの体に人間の顔を持つ巨大な存在。
スフィンクスである。
遠く離れた砂漠地帯では
墓守として神聖視されていると聞く。
獣の力と賢者の知恵を併せ持ち、その瞳は旅人の心を見透かすという。
真実を語る者にのみ道を開く、神に近い存在。
当然、戦って倒すことなど不可能。
隠密魔法も、まるで通用しなかった。
目の前のスフィンクスは、二人に気づくと、
そのアーモンド型の瞳を細め
じっと見つめてくる。
ユーリは、じわりと汗がにじむのを感じた。
すると、深く響く女性の声で
スフィンクスが語りかけてくる。
「この先には、コザシオ一世とその寵妃リリアが探し当てた
ネクタリオンの泉があります。
この泉には、あらゆる傷を癒やす力と、人に更なる力を与える力があります。
・・・泉を求めるのは、その少女ですね。」
ユーリは素直に「はい」と答えた。
スフィンクスは、ユーリを鋭く見据える。
「私は、これからあなたに十の問いを投げかけます。
あなたは、それに答えなさい。
誤った答えを言えば・・・
あなたは、二度と陽の光を浴びることは叶わない。」
そう言って、スフィンクスは扉の前に箱座りをした。
「ていうか、このスフィンクス・・・さん?
傷つけたりしたら
あのじーさんが怒り出しそうだな。」
サムエルも観念したように
ユーリの肩をバシッと叩く。
「じゃ、頑張って。」
ユーリは、目の前で箱座りするスフィンクスを見つめた。
その前足をクロスさせるようにし
尻尾がブンブン揺れている。
時々ハチもやる姿勢だ。
それにしても10問って多くないか?
こういうの普通、3問とかじゃないの?
謎かけって苦手なんだよな・・・
「スフィンクスさん?時間制限ってあります?」
「設けませんよ。」
「ヒントとか──」
「やめなよ」とサムエルに小突かれた。
スフィンクスは無言のまま、ユーリを見つめている。
ユーリは息を整え、覚悟を決めた。
「それでは、お願いします。」
一問目:増えれば増えるほど、減る物は何?
一瞬言葉の意味が理解できず頭がこんがらがる。
・・・おそらくはプラス×マイナスはマイナス
とか、反比例みたいな原理なら、何でも良いのであろう。
となると・・・
「産廃業者に出すゴミ捨て費用・・・とか?」
・・・一瞬
サムエル、スフィンクスも
??
となった。
マズイ・・・
「や、だって!宿はゴミ捨てるのにだって
お金かかるんですよ?
あれって月額固定だからたくさん捨てた方が
一つあたりのゴミを捨てるための費用は
軽減されるじゃないですか!」
強めに反論し、ゴリ押しする。
スフィンクスは少々動きを止めてからゆっくり言った。
「・・・良いでしょう、正解です・・・」
伝承では問答に答えられた時
スフィンクスは微笑むと聞いている。
しかしこのスフィンクスは
めんどくさい小娘が来たとでも思っているのか
どことなく嫌そうな顔をしている。
二問目:上に登り詰めるほど、小さくなって行くものは何?
「・・・小さくなるって何が?体積?面積?
上って、物理的な上?それとも高み的なものですか?
ちょっと抽象的すぎませんか?」
サムエルにまた、小突かれた。
「こう言うのは謎かけなんだから
全部にあってりゃそれでいいの。」
・・・そう言うものか。
上に行くと小さくなるもの
標高が高いと、植物は小さくなる傾向にあるけど
全部の種類がそうとは限ら無い・・・
あ、山自体か!
上に行けば行くほど山は尖っていくじゃないか。
「山!」
「正解。」
・・・・
第八問:燃えれば燃えるほど大きくなるものは何?
ここまで、脳みそを使って・・・
自分は天才なんじゃ無いかと
ユーリも錯覚してくる。
そろそろ頭が疲れてくるの感じる。
しかし今回の問題は・・・
・・・恋か?恋なのか?
しかし、何となくそれを口にするのは
小っ恥ずかしというか
憚られる思いがした。
単純な答えにしよう。
「炎!」
「・・・正解。」
第九問:もし誰もいない森の中で木が倒れたとしたら、それは「音がした」と言える?
今度は偉く哲学ムーブな設問がきた。
でもそれは一つしか考えられない。
「言える。」
突然、スフィンクスの雰囲気が怖くなった。
爪を出し始め、牙をガッと剥き出したのである。
サムエルもビクッと身構える。
「何故?」
「・・・あ、今回は理由が必要なんですね。」
ユーリは収穫祭で
モメラスが音響の魔法を使っていた時の話を思い出していた。
「えっと・・・音は空気の振動が我々の耳に伝わって
音として認識されます。
音がした、と言うだけなら
空気が振動した時点で音は発生していることになります。」
スフィンクスは少々考えて
「良いでしょう、正解です。」
と答えた。
もしかしたらこれは、答えはどちらでも良くて
説明が正しければ良いと言う問題なのかもしれない。
スフィンクスは、箱座りを解いて
堂々とした佇まいを見せながら
問いかけた。
「さあ、最後の質問です。
人間の頭を他人と交換しても、それは「同じ人」と言えるか?」
・・・これも多分理由付きの答えが必要なやつだ。
この世界の現在の医学では失った手を他の人の手と交換したり
見えなくなった目を取り替えたりすることは不可能である。
しかし、それが仮にできたとして、と言うことだ。
私ならどう考えるか。
「・・・サムエル、すみません
これはもしかしたらスフィンクスさんに怒られるかもです。
一応答えてみますね。
間違っていても結果は同じでしょうから。
逃げる準備を。」
サムエルは頷く。
スフィンクスは相変わらずの顔をしている。
ユーリは意を決して答えた。
「答えはどちらでも無い。同じ人とは、自己同一性と言い換えられます。
自身、又は他者が、パーツを変えた後の人を
前の状態と同じ人間と見做している限りは、同じ人であり続けます。
しかし、違うと判断された場合は別の人となります。」
所謂これはパラドックス問題というやつだ。
なんとかの船、と言う問題であったか。
正確には忘れてしまった。
この手の問題に正解は無く、持論を言う他ないのである。
もし彼女の中に明確な正解があれば別だが
そんなことはユーリが考えてもわからない。
ユーリが考えられることはこれが精一杯であった。
サムエルは少々驚いてこちらを見る。
ユーリのそういった考えに意外性を見たのかもしれない。
サムエルだったらこれをどう答えるのだろうか。
・・・スフィンクスは少々考えて
ようやく答えてくれた。
「良いでしょう、正解です。」
そして、スフィンクスは
ようやくここで、にっこりと微笑んでくれた。