100. 百合の園
目の前は一気に夜になっていた。
これはおそらく、実際に日が暮れた訳ではなく
魔法の類であるはずだ。
目の前を幻想的な百合の花畑が広がっている。
空には無数の星が見える。
ここまで美しい星空を
ユーリは見たことがなかった。
惑星の一つ一つも目視できそうな夜空である。
そして遠くに聳え立つ塔
あれが、ダンジョンであるらしい。
こおお・・・っと
広い花畑に強い風が吹く
綺麗な花畑なのだが
とにかく百合の香りが強く
風に吹かれて花がゆらゆら揺れる光景を見ると
心なしか、全員がこちらを見て笑っている様な
そんな不気味な光景にも、見えていた。
ユーリは足を踏み出せないでいた。
「行くよ。」
それだけ言うとサムエルはお構いなしに
ツカツカと進んでいく。
なんなら百合を踏ん付けている・・・
それはちょっと、どうかと思うのだが。
ユーリはそれを見て、恐怖していた自分が
何やら馬鹿馬鹿しくなって
その後に続くことにした。
途中、魔物と何体かすれ違った。
墓荒らしの悪鬼グール、弓を携えたケンタウロス
首なし騎士のデュラハン、大きな蛇・・・
しかし、ユーリの隠密魔法のおかげか
高級護符のおかげか
それらはユーリとサムエルには見向きもしなかった。
護符を持ってきておいて良かったと思いつつも
所々に現れる護符の自動販売機が
ユーリにはやはり
気になってしまうところではあった。
しばらくこの美しい百合畑を歩くと
塔へと続く道が現れる。
道の終点には大きな扉。
扉の少々手前には巨大な花時計がある。
両脇には美しく造園された池がある。
その花時計を迂回する形で
大きな鉄の扉の目の前まで
たどり着いた。
サムエルは、開錠の魔法を試してみるも
当然の様に開かない。
扉の横には小さな鉄製のプレートが貼られており
詩が書き記されてあった。
ーーーーーーーーー
今日を過ぎれば、時は彼女達のために流れる。
毒を秘めた艶やかな猛女は時を歓迎するが
昼に浮かぶ淑女は時に逆らい
腕に抱き寄せる貞女も時を許さない。
純潔の乙女が、二度の夜を歩く時
この扉が開かれるであろう。
ps.純潔の乙女は王を亡くした美女である。
ーーーーーーーーー
「何これ・・・?
てゆうか、あのデニス爺さんが
この詩考えたんだとしたら
相当笑えるんだけど!!」
サムエルはヒーヒー言いながら笑いこけ始めた。
そんなサムエルを尻目に
ユーリはこの詩の何度も反芻咀嚼した。
まあ、お約束であるが
この意味深な詩は
扉を開けるヒントなのだろう。
"時" と言うワードが多発しているから
・・・あの花時計が関係していると思う。
ユーリは戻りつつ花時計を調べ始めた。
時計盤と呼ぶべきところには美しい花が咲き乱れている。
長針と短針、化粧石でできた数字
その数字は原型がギリギリ分かる程度に複雑な
装飾文字であった。
よく見ると花の絵が捩ってある様に見える。
毒を秘めた艶やかな猛女
昼に浮かぶ淑女
腕に抱き寄せる貞女
純潔の乙女...
ユーリは閃いた。
「おお、花言葉だ!
サムエル・・・」
サムエルを呼ぼうと思ったら
すでにサムエルはユーリの後ろで
文字盤を眺めていた。
思いの他近い所にいるサムエルに驚きつつ
続ける。
「あの詩は、花言葉を指していると思うのです。
毒を秘めた艶やかな猛女は、夾竹桃
昼に浮かぶ淑女は、睡蓮
純潔の乙女は、百合...」
「腕に抱き寄せる貞女は?」
サムエルがすかさず突っ込む。
「この庭園の障害物のポイントになっていた植物の事を
指すと思うのです。
私もその花言葉は初めて聞きましたが
藤のことじゃないかと。
蔓植物ですしね。」
ユーリは更に考える。
「多分ですが、この指示に従って時計を合わせていけば
扉が開くんじゃないかと・・・
ポストのダイヤルみたいに。」
「ポストのダイヤル?」
「小羽屋の郵便受けのダイヤルがまさにそんな感じで・・・」
ロータリーダイヤル式ロックというらしい。
数字の組み合わせと、回転の方向で
鍵が開くと言う仕組みだ。
「だからと言って何時に合わせれば良いのかは何とも。」
ユーリはハッと嫌なことを思いついてしまった。
「もしかしたら今まで通った場所にヒントが?
もう一度戻らないとかも。」
ユーリは青ざめた。
サムエルはうーんと少々考えていた。
「その場のポイントの数字が鍵になってると言う可能性は?」
ユーリはその言葉の意味が理解できない。
「たとえば、あの迷路、曲がり角は11回あった
マダラ色の睡蓮の葉は6枚
藤のトンネルのアーチは9個だった。
ちょうど時計の短針っぽい数字じゃないか。」
ユーリは目を見開いた。
「なんで覚えてるんですか。」
「エルフが仕掛けるダンジョンのギミックって
こう言う伏線回収みたいなのが多いって
散々思い知ってるからね。
戻って確認させて、体力を奪って時間稼ぎするんだ。
そう言うのは注意して見ることにしてるんだよ。」
サムエルが全くめんどくさい
と言う顔をしていた。
「なんと言うか、流石ですねサムエル。
本当に凄いです。経験値が違います。」
・・・本当に斥候なのかと思ってしまって
誠に申し訳ございません。
この時ばかりはいつもの定型文とは訳が違い
心の底からの感想であった。
サムエルは、意外にもわかりやすく照れた。
しかし直ぐ問題を指摘する。
「問題は百合か。ここにヒントがあるんだろうけど。」
サムエルがウロウロし始める。
ヒントと言えばこれだろうけど。
この引っかかる追伸
"純潔の乙女は王を亡くした美女でもある。"
王を亡くした美女・・・
ユーリはだんだん思い出してきた。
古い言い伝えだ。
とある国の王様が戦で命を落とし、その妃も殉死。
その後、王様の墓に咲いた花に
妃の名前をつけたと言う・・・
その花の名前。
ヒナゲシ
ユーリは改めて花時計を見ると
時計は10時30分を指していた。
本当に様々な花が咲き乱れている。
規則性がないと思っていたが
数字の周りは種類は違えど
オレンジ色の花で囲うように統一されている。
ダリア、チューリップ 、ガーベラ・・・
丁度7の数字をびっしり囲うように咲いていたオレンジ色の花は
ヒナゲシ、ただ一種類であった。
サムエルにそのことを伝えた。
「これ、前提知識がないと難しすぎない?
てゆうかユーリなんでそんな詳しいの?」
サムエルは不思議そうにユーリを見た。
ユーリは、まあ一応女子なんで。
と適当に返しておいた。
「後は、長針のことだよね。」
ユーリはまたうーんと悩み始めた。
また花時計を眺めていると
一部禿げた空間を見つけた。
そこを見ると石板が埋め込まれていた。
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彼女らの番は全て
自惚れて入水した者が見張っている。
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自惚れて、入水した者・・・
ユーリは立ち上がり、両脇の池を調べ始めた。
サムエルも何事かと黙ってついてきた。
思っていた通り、右側の池の淵には一部
スイセンが美しく咲き乱れている部分があった。
見張っていると言うことは・・・
「お、見えた見えた。」
サムエルも納得した。
池には塔の上階が映し出されている。
普通に見ればただの模様にしか見えないだろう。
しかしそれが水面に映ることにより
解読できるのである。
15→45→20→30
これで、合わせるべき時間は分かった。
時計は、長針を動かせば、短針も一緒に動いてくる。
丁度時計を囲むように道ができていた。
「まず、今は夜ですし
午後10時30分ていう設定なんだろうから
今日を過ぎればだから、日付を超える様にして・・・」
ユーリはぶつぶつ呟きながら
あの詩と導き出した時間の通り時計のはりを合わせていく。
「時を歓迎する、だから時計回りに11:15・・・」
時に逆らう、だから反時計回りに6:45
時を許さない、だからまた反時計回りに9:20
それでも二度の夜を、歩く時・・・
あれ、昼間になりましたね?」
ユーリが気がつきあたりを見渡す。
あたり一面は先ほどまでとは打って変わって明るく
太陽が輝いていた。
「その時計とここの時間は連動しているみたいだ。」
サムエルも頷いた。
「夜が2回来るように時計を進める・・・」
と、言う事は
これを何週せねばならないと言うことだ?
ユーリはまた、長針を持ちながら
グルグルと時計の周りを回った。
最後に7:30の位置に時間を合わせた時
時計からガチャっと大きな音がした。
突然、ゴーン、ゴーンと
塔から鐘の音が鳴り響き始めた。
サムエルもユーリもピクッと
身を構えた。
今度はギギギギと言う金属が軋む音。
目の前の大きな玄関扉が開いた。
どうやら謎解きが成功した様であった。
「あああ、めんどくさ!こんなの後7回あるってこと?」
サムエルが非常に嫌そうな顔をした。
気がつけば魔法で作られた空は日の出を迎えていた。