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その22

午前9時半。

森山学園駅前。


俺は、宮本に言われた通り、待ち合わせに来ていた。


ひとり、駅前のロータリー付近にいると、嫌でも考えてしまう。


これって、デートじゃね?


いや、待て。

落ち着け。


今まで女の子と2人で会って、ちゃんとデートだった試しがあるか?


……うん、そもそも女の子と休日に2人で会うなんて初めてだわ。


俺が中学3年の時、部活を引退するタイミングで、受験前の最後の気晴らしなんて題目をつけて、当時好きだった女の子を誘ったのに、メッセージを未読無視され続けた記憶しか思い浮かばない。


それより前に女の子と2人で遊んだのなんて、小学生だ。

3年生くらいまでは、たまに遊ぶ女の子がいた。

引っ越しで会わなくなったが。


こうして考えると、やばいな、俺。

経験少なすぎか?


なんか、変に緊張してきたぞ。


スマホで何気なくネットサーフィンをしながらも、そんな考えが頭の中でぐるぐると回っていく。


「あー、やっぱり、早く来すぎたか? 気持ち悪くないか? いや、でも遅れるのはな」


なんて、ブツブツと呟く気持ち悪い奴になりかけた時、声をかけられた。


「おはよ。早いね」


その声の主は、待っていた宮本優香だったが、見慣れない私服にドキリとする。


夏らしい白のワンピースに、爽やかな緑のリボンの付いたカンカン帽。

それを纏った宮本から近くで告げられる「おはよう」は、破壊力があった。


しかし、ここで動じる訳にはいかない。


上がった動悸を抑えるように、口の端から息を吐き出しながら、軽くおはようと返す。


それを聞いた宮本は、少し不服そうに言う。


「普通の反応をするなんてつまらないわね。せっかく、休日に女の子がおしゃれして来たんだから、第一声は褒めるべきでしょ?」


なんだ、いつもの宮本だと安心した俺は、少し軽くなった心持ちで答えた。


「はいはい、似合ってるよ」


そう、これくらいがいい。

わかるか?


この、女の子と仲良くはできるんだけど、別にめっちゃ本気な訳じゃないし、こっちも相手も友人関係で満足してるんだよ。

みたいな。


そういうイケメンいるじゃん。

それみたいになりたいのだ。


俺は今それに一歩近づいた。


そんなことを思いながら、立ち上がると、宮本が言葉を返した。


「お世辞っぽいけど、一応合格にしといてあげるわ」


「言えって言われたからな」


「素直じゃないわね。でも……約束の30分前に来ているのは、少しは楽しみにしてくれたみたいで、嬉しかったよ」


そう言った時の笑顔は、なんだか、吸い込まれてしまうかと思った。


だが、次の言葉で現実に引き戻される。


「そんなに期待していてくれるなら、私は脈アリだし。完全に勝ちね。私のこと、好きでしょう? さっさと私と付き合いなさいよ」


「なんでそうなるんだよ!」


完全につっこまないといけないセリフだった。

こんなのが告白になるなんて、あっちも思ってないだろうが、軽率にこういうこと言ってくるからこいつは。


「絶対いつか、騙されて痛い目に遭うぞ」


「それはないわ。危機管理は得意だもの」


「じゃあ、騙す側になって、悪女と呼ばれるだろう。なまじ、容姿が優れているのを自覚してるのが厄介すぎる」


「褒めてくれてありがと」


「褒めてない」


「容姿が優れているって、褒め言葉よ? 知らなかった?」


なんて、小生意気な。

しかし、舌戦では負けが見えているので話題を逸らして逃げることにしよう。


「ところで、なんで今日は待ち合わせなんか」


俺が話題をかえて、質問しても、一切動じず、宮本は言った。


「水族館、行くわよ」


「は?」


「チケット、2枚もらったの。お母さんが、懸賞で当ててね。でも、うちのお母さん、懸賞すること自体が好きだから、賞品には興味ないの」


「それで?」


「丁度いいから、行こうかなって」


「なんでまた俺なんだよ」


ペアチケットなら、それこそ、三雲さんとかにあげればいいじゃないか。


「いいから。拒否権はないの。ほら、行くわよ」


半ば強引に連れてこられた俺は、ずんずんと歩いていく宮本に、戸惑いながらもついていくしかなかった。


宮本は、大体なにかをする時に理由を付けるから。

多分、後でそれを教えてもらえるんだろうなと思いつつ。


「それで、向かうのはどの水族館だ?」


「ちょっと遠いけど、新ニノ島水族館よ。海が近くにあるし、展示も綺麗。周辺も観光地だし、休日に遊ぶにはぴったり」


「さすがのリサーチ力というかなんというか」


「あら、この辺に住んでいたら、何回か遊びに行ったことくらいあるわよ」


それは、俺が田舎者だと馬鹿にしてるのかな?


心の中でピキピキしていると、表情に出ていたのだろうか。

宮本はクスクスと笑って言った。


「冗談よ。バカにしたわけじゃないわ。私が結構好きなの。1人で行ったりするくらいにはね」


「ほぉん」


少し毒気を抜かれて、気のない返事をする。


しかし、言われてみて気づいたが、東京に出てきて、付近の観光スポットとか遊びに行ったことなかったな。

この2ヶ月は、学校に馴染むのに全力だった感じもするし。


そこから、俺たちは電車に1時間半程度揺られた。


都会の電車にこうも長く乗ったのは初めてで、正直、それだけでも新鮮で面白かった。


意外だったのは、移動中の宮本だ。

いつもより、口数も多く、楽しげに見える。


おすすめのスポットなども教えてくれるし、心なしか、口調もいつもより柔らかい気がする。

もちろん、電車の中で小さな声で話していたということもあるかもしれないが。


そうしているうちに、はじめの緊張は嘘のようになくなっていた。

むしろ、休日に遊んでいる事実に楽しくなってきたような気がする。


それを証明するかのごとく、水族館に着くまではあっという間の時間だった。


水族館の正面玄関。

着いたところで、宮本が伸びをする。


「んー! 着いたー!」


その無邪気な振る舞いは、普段からは考えられない、自然な女の子のそれだった。


宮本は俺の方を向いて言う。


「ねえ、せっかくだから写真を撮らない?」


「あ、あぁ、まあいいけど、どうやって?」


「自撮りするに決まってるでしょ。遊んだときは自撮りした方がそれっぽいのよ」


「なんかそれはわからんが、わかったよ」


宮本が自撮りなんてするのかと若干驚いたが、今日の宮本ならそれもあるか、と変に納得した。


「ほら、もう少し寄らないと、水族館が入らない」


「いや、でも」


納得しても、自撮りは距離が近くて変にドキドキする。

よく考えたら女の子とツーショットなんていつぶりだ!?


そんな余裕のない俺に、宮本は全く頓着せず、カメラを構える。


「いいから! はい、撮るよ!」


カシャという音が響く。

なんだか無性に恥ずかしい。


プレビューに写る2人の顔は、いつもの、学級委員の俺たちと少しだけ別人のように見えた。


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