プロローグ 「幸せになりたい」
時に。
隣の席の良く言えば大人しめな地味なあの子に、先輩と呼んで慕ってくれるあの子に、たまに見せてくれる笑顔が可愛いあの子に、何かの拍子に触れた手が思いのほか冷たかったあの子に、共通の趣味なんてないのに積極的に話しかけてくれるあの子に、日々甘酸っぱい想いを募らせているあの子に、君は死んで欲しいと思ったことはあるだろうか?
時に。
帰り道コンビニで買い食いを共にしたあいつに、幼少の頃から喧嘩と仲直りを繰り返したあいつに、気兼ねなく馬鹿話に花を咲かせたあいつに、進む道は違えたけれどたまに会えば以前と変わらなく笑い合えるあいつに、照れ臭くて言葉になんて出来ないけれど尊敬し親愛するあいつに、君は失敗を期待したことはあるだろうか?
時に。
喧嘩した翌日には普段よりおかずが一品少ない弁当を持たせてくれたあの人に、口煩く宿題を促してくれたあの人に、解れてしまった制服のボタンを面倒くさそうにも縫い付けてくれたあの人に、居るのが当たり前過ぎて疎ましくも感謝をしても仕切れないあの人に、君は恨みの言葉を漏らしそうになったことはあるだろうか?
時に。
愛想良く挨拶をしてくれるお婆さんに、無邪気に手を振ってくれた幼子に、信号待ちで落とした財布を小走りで届けてくれたお兄さんに、気前良くサービスしてくれた魚屋のおじさんに、幸せそうに手を繋ぎ歩く夫婦に、直向きに走る運動着の少年に、悲しげに目を伏せている少女に、名前も知らぬ数多の道行く人々に、君は不幸になってしまえと祈ったことはあるだろうか?
時に。
恋が実らない自分に、表舞台に立てなかった自分に、顔色を伺う自分に、人に合わせてきた自分に、人に着いていけなかった自分に、誰も信じられなかった自分に、嫌われてる自分に、不細工な自分に、自殺する度胸もない自分に、盗み癖がある自分に、嫉妬深い自分に、自惚れてる自分に、夢見てた自分に、誰からも認められない自分に、自分に甘い自分に、長きも短きも今までの人生失敗ばかりの自分に。
お前は、僕は、君は、貴方は、自分は、幸せを願えているだろうか?
……勿論、願ったからと言って叶うわけでもないのだけど。それでも願わなければ、思わなければ、祈らなければ、始まりもしないのだから。
前置きが長くなってしまった。僕の悪い癖だ。もしこれが物語であるなら起承転結もなければ本文も後書きもありもしないのだけれど。あるとすれば後味の悪さぐらい。
ーーええと、つまりだ。自分が大好き!なハッピー野郎やそこそこ順風満帆な人生だと思えてる奴等は回れ右ってこと。
ああ、現実から逃げたいって奴も異世界にでも転生してろよ。きっと凄い能力を得られておまけに可愛い女の子もついて来るはずだぜ。
じゃあ。そうじゃない奴等は。そうじゃない君達は。そうじゃない僕達は。側から見ても不幸のどん底に居るような、常日頃から見下されている、道化を演じなければまともに相手すらされない、きっと小さな幸せすら許されない屑共だ。
だけど。たった一つ。たった一つだけ許されるとしたら。僕達が幸せ者に勝っているものがあるとしたら。
それは『諦めない』幸せになることを『諦めない』それだけだろう?
礼を言う。ありがとう。ここまで良くついて付いてきてくれた。本当に、本当に前置きが長くなってしまったけれど、もう大丈夫。もう、大丈夫だろう。安心だ。
だって、今ここまで残っているお前達はどうしようもなく負け組で、屑どもで、腐っていて、肥溜めみたいな連中なのだから。これから僕がしようとしていることを誰も咎めない筈だ。
だって、僕達。仲間だもんねっ!
――僕は。僕は幸せになりたい。片想いをしているあの娘と恋仲になりたいし、困っている時には助け合える友達が欲しい。辛い時に支え合える家族と寝食を共にしたい。裕福でなくとも、借金を返す為に借金をする生活から抜け出したい。誰とでも付き合える器量を身につけたい。普通と呼ばれる人生を送りたい。
だから僕は『諦めない』。俗に勝ち組と言われる奴。平凡で理想的な人生を謳歌している奴。くだらねー現実逃避で傷を癒せる程度の諦めた奴。そういった幸せ者を不幸にして僕は、僕達は幸せになる。それまでは。
誰かがこれを物語と言うのなら。きっと友情、努力、勝利に満ち溢れたネバーギブアップな、そんな、そんな前向きな物語だ。




