表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棘の姫は薔薇に焦がれる  作者: 碧檎
第三章 仲直り、そして
19/19

番外編 神様のいたずら

本編完結後の、いつかのお話です。

 王宮の薔薇園にある四阿へ向かったヴィンセントはわずかに眉をあげた。

 今日は午後のお茶を一緒に飲もうとステラに誘われていた。だからステラがいると思ってやってきたら、そこにいたのはディアナだった。

 もしかしてディアナとジェラルドも誘っていたのかもしれない。

 彼女はニッコリと微笑む。相変わらず大輪の薔薇のようなひとだと思った。

「ステラは少し遅れているみたいね。あのひとも」

「そう」

 椅子を勧められて、何も考えずに腰掛ける。

 するとディアナはくすくすと楽しげに笑った。どうしたの? と目で問うと、

「嬉しいの」

 と彼女は言う。

「あなたとこうしていられることが」




 四人でささやかなアフタヌーンティーの時間を過ごすはずだったのだけれど、このような組み合わせとなってしまったのは、神様のいたずらだろうか。


『あなたとこうしていられることが』


 ディアナの言葉を聞いたとたん、ステラは壁のように生い茂った薔薇の陰で立ちすくんでしまった。

 息を呑む音がどこかで聞こえた気がしてそちらを見やると、薔薇の壁の陰には大きな男が一人、足を固まらせている。王太子ジェラルドだった。

 彼もまたステラと同じ理由で留まっているのかもしれないと思う。

(こんなふうに二人きりにするつもりなどなかったのに)

 急激に上がってくる焦燥感を無理やりに押しこめる。

(いえ、二人きりになったからといって何があるとは思わないわ。わ、私は、ヴィンセントを信じているし……!)

 ただ、彼が本当にディアナを愛していたことはよく知っていた。だからこそ、彼がどのようにディアナと話をするのか、それを知るのが怖かった。

 王太子の方も同じなのだろうか。拳を握りしめて、二人の様子を静かに見つめている。

 何も聞かなかったふりをして出ていこうと思ったけれども、王太子と二人して一緒に現れたらそれこそなにか企んでいたように思われる気がした。

 まずいことに、ステラも王太子も策略家だと思われている――いや、事実だが。

 反応を試したように思われたら、ヴィンセントは怒るに違いない。

 自分だったら、愛情を試されるような真似はされたくない。ステラはそう思うからだ。

 だけど、今、ヴィンセントがディアナをどう思っているのかが気にならないと言えば、それは嘘だ。

 そんな深層心理が働かなかったと、本当に言えるのだろうか。

 心の中がもやもやと曇っていくのがわかる。

 動きが取れないでいると、ヴィンセントとディアナが立ち上がり、ステラは思わず体を薔薇の壁に隠した。

 見ると王太子も同時に体を引っ込めている。

 生い茂る葉の隙間からちらりと庭を覗き込むと、ヴィンセントとディアナは一本の薔薇の木の前で立ち止まった。

 ステラは思わず息を呑む。

 それはダイアナ――ヴィンセントがディアナに贈った薔薇だったからだ。

 ヴィンセントはディアナになにか囁いたあと、くすりと笑って言った。


「僕も、こんなふうに…………君といられるとは思いもしなかった」


 庭に響いた言葉にステラは青ざめるが、反対側の薔薇の壁からは我慢の限界といった様子で王太子が飛び出した。

 とたん、薔薇の方を向いていたはずのディアナとヴィンセントが同時に噴き出し、火の玉のように飛び出した王太子の足が止まる。

「覗き見なんて趣味が悪いわよ」

 振り向いたディアナが王太子を叱り、ヴィンセントがステラの隠れている薔薇の壁を見て優しく微笑む。

 どうやらもう隠れているわけにはいかないようだ。

「……た、試したわけじゃ……!」

 壁から出て、足を進める。そうしながら思わず言い訳したステラは慌てる。

 これではまるで自白のようだ!

 だが、ヴィンセントは怒ってはいなかった。

「いくらでも試してくれてもいいよ。なにも出てこない。君への愛以外」

 ヴィンセントがあっさり宣言する。甘い言葉の塊をぶつけられ、思わずステラが固まる隣で、王太子がげんなりとした顔をした。

「だが、今、お前は――」

 ヴィンセントは王太子の言葉を遮った。

「こんなふうに穏やかな気持ちで・・・・・・・・ディアナといられるとは思いもしなかったってこと。あ、省略した部分は、ジェラルド――君が覗き見してたからからかってやろうと思っただけ」

 そう言って楽しげに微笑むヴィンセントの笑顔は天使のようだが、中身は悪魔のようだ。

 歯ぎしりをせんばかりに悔しそうな王太子を前にディアナが噴き出すと、王太子は耳を赤くして踵を返した。そんな彼を、ヴィンセントは「しょうがないな」と呆れながら追いかける。


 二人の影が見えなくなると、ディアナが囁いた。

「ねぇ、ヴィンセントは今、この薔薇が一番好きだって、こっそり言ったのよ?」

 ディアナが指さした先はダイアナではなく、隣にあった薔薇。小ぶりだけれど、たわわに実った果実を思わせる、良い匂いのする白い薔薇だった。派手ではないけれど、可憐で、愛らしい。

(……これ)

「ヴィンセントははっきりおっしゃらなかったけれど、なんとなくあなたに似てる、と私は思うのだけれど?」

 クスクス笑うディアナを前に、ステラは赤くなる。

 そしてうつむいて小さく微笑んだ。


(『いくらでも試してくれてもいいよ。なにも出てこない。君への愛以外』……か。神様のいたずらも、そう悪くないわね)

 


いつもありがとうございます。

いよいよ5/28の発売日が近くなりました。

書籍化記念のSSを書かせていただきました。WEB版でも書籍版でも矛盾が出ないように書いたつもりですが、違和感あったら申し訳ありません! 楽しんでいただけると嬉しいです。

(書籍化の詳しい情報は活動報告にあります! どうぞよろしくお願いいたします!)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ